Episode_14.08 窮地の助け


 野盗に扮した、第三騎士団旗下の「猟兵隊」。彼等の前身は二十年前に急逝した前王ジュリアンドの近衛兵団に直属した「王の隠剣」と呼ばれる諜報と防諜、それに表に出せない裏の実力行使を受け持つ集団であった。


 さらに彼等の起源を溯ると、前王ジュリアンドの更に先々代の時代にベートから逃れてきた暗殺者集団の末裔ではないか、という噂もある。真偽のほどはさておくとして、彼等はコルサス王国が緩い中央集権体勢を整える以前から、王家の直轄領であったコルタリン山系の山間部に所領を拝していたイグル家の土地出身の者達だ。


 そして、そのイグル家の当主がレスリック・イグル。第三騎士団「王の盾」の団長である。前王ジュリアンド存命中は、近衛騎士隊を率いていた彼は、同時に「王の隠剣」と呼ばれる者達の首領でもあった。


 イグル家は、表向きは騎士の世襲が否定されているコルサス王国内にあっても特例が適用される珍しい世襲騎士の家系であった。そして、その副長ドリムはイグル家の親戚筋に当たる男で、レスリックの従弟いとこにあたる。昔から「王の隠剣」を実際に指揮する役割を担っている血筋だ。


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 そのドリムは、目の前に現れた騎兵が猟兵二人を魔術で吹き飛ばし、続く二人を斬り倒した事に驚きを覚えた。彼の部下の猟兵達は、各自の戦闘力でコルサス王国の騎士とそれほど見劣りがしない水準である。場合を限って考えれば、騎士よりも強いと言うことも出来る。しかし、そんな精鋭兵を四人も打ち倒されたのは事実であった。そのため、


(こいつがレイモンドの右腕、アーヴィルか!)


 とドリムは見当違いな見当をつけていた。彼が知っている噂では、レイモンド王子のそばに仕える異国の騎士は優れた剣の遣い手である上、魔術を自在に操ると聞いていたのだ。そして、目の前の騎兵はその噂通り、剣技に優れ魔術も使って見せた。


 しかし一方で、その解放型の兜から覗く目元は若々しい印象を与える。


(オレと同じ四十代だと聞いていたが……)


 その印象は聞いていた年齢よりもずっと若いのだが、それでも剣と魔術を両方こなす者がそうそう数多くいるはずが無い。そう断じたドリムは、王子派の重要人物を倒すことで確実に損害を与えられると考えると、残った部下に号令を発する。


「雑魚はいい、コイツを討ち取れ! 騎士アーヴィルに違いない!」

 

 そして、自らもその魔術騎士に剣を向けると駆け出していた。


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 ユーリーは敵の野盗のリーダーが放った言葉に二つの意味で驚いた。一つは自分が騎士アーヴィルと勘違いされたこと、そしてもう一つは野盗がその騎士アーヴィルを討ち取れと言ったことだ。


「ただの野盗では無いな! 王弟派か!?」


 ユーリーは大声で問い掛ける。しかし、対する敵は言葉を返す代わりに短剣を投げ付けてきた。ユーリーはそれを難なく躱すが、残り五人の敵が一気に自分へ向かってくる様子に


(分が悪い)


 と直感し、距離を取ろうと後ろへ跳び下がろうとする。しかし、その瞬間強烈な突風に横殴りにされて姿勢を崩してしまった。更に、咄嗟に顔面を庇った右手の肘から上、動き易さ重視で厚手の革鎧となっている場所がザックリと断ち切れ、血が滲み出す。


「精霊術か!」


 それは、風の精霊を用いた精霊術「鎌鼬ウィンドカッタ」の攻撃だった。ユーリーはその一撃で、魔術師だけでは無く精霊術師まで彼等の背後の枯れかやの野原に潜んでいると確信した。そうなると、


(もう、相手と距離をつめて乱戦に持ち込むしか手が無いな!)


 と覚悟を固める。距離を置いて一人ずつ対応していては、後ろに潜む精霊術師か魔術師の餌食になってしまう。投射型の術でも狙いが難しくなるように、彼等の仲間である野盗達と敢えて接近して乱戦に持ち込むしかなかった。それは危険な賭けであるが、そうするしか手段がない。それだけ魔術を使う者の存在は相手にとって重圧となるのだ。ユーリーはその事実を今更ながら身を持って実感していた。


 そんなユーリーは治癒ヒーリング止血ヘモスタッド掛ける時間の猶予もなく、ただ「蒼牙」に魔力を叩き込むと、自分へ向かってくる五人の野盗を迎え討つべく自ら距離を詰めるのだった。


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 ジェロとタリルは、ユーリーが荷馬車の荷台の上から飛び降り、その場所に威力の弱まった氷結槍アイスジャベリンが突き立つところから、戦況を見ていた。荷馬車の列の陰からである。そして、


「タリル、騎兵達を援護するぞ!」

「分かった!」


 短く声を交わすと、ジェロは長剣バスタードソードを抜き放ち、荷馬車の陰から飛び出そうとする。しかし、その背中にタリルの声が掛かった。


「やっぱり待て、魔術師以外にもう一人、草の陰に隠れている」


 タリルの注意を促す声をうけて、ジェロはもう一度戦場となった前方の枯れ茅の野原を見渡す。彼等の左手側には、騎兵五人がひと塊となって防戦を繰り広げている。その更に向こうにユーリーが飛び降りたはずだった。一方、タリルが指し示す枯れ茅の一帯は、先ほど氷の槍が飛び出してきた場所だ。パッと見では何も見えないが、時折吹く風で茅が揺れると、その隙間に二人の人影が潜んでいるのが分かった。丁度ユーリーの放った火爆矢ファイヤボルトが着弾した近くだ。


「どうする?」

「また魔術を使われると厄介だな」

「わかった、オレが行く。タリルは騎兵達を」


 結局ジェロは、戦場に飛び出すのではなく、枯れ茅の野原を迂回して、背後に潜む二人の野盗に対して更に背後から襲うことを決めると、早速行動に移る。


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 ユーリーが丁度四人目の野盗を倒したとき、ジェロは野原の中を迂回し、草陰に潜む二人の野盗の後ろ姿を視界に捉えていた。その姿は、野盗のような格好をしているが、小柄な体格で髪が長い。両方とも女性ように見えた。


(チ、女かよ……)


 ジェロは内心悪態を吐く。最近色々あって、すっかり女性不信に陥っていた彼は、嫌なものを見るような目で、その二人の様子を観察する。すると、二人の内の一人が詰めた声で何事か言う。


「風の精よ、切り裂く風で彼の者を打ち据えよ!」


 ジェロは、その命令口調の言葉が精霊術の詠唱であると察知すると、素早く草陰から飛び出し、一気に距離を詰める。既に右手には長剣バスタードソードが握られていた。


「あっ!」


 ジェロが背後から襲いかかる一瞬前、二人の内の一人がその気配に気付いて驚きの声と共に、剣を防ごうと手を上げる。その手には小杖が握られていたことから、魔術師の方だろう。


 パキィン


 ジェロの長剣バスタードソードは、その女魔術師の小杖を叩き折ると、そのまま剣の腹で女の側頭部を殴り付ける。加減されていたが、鉄の塊で頭を殴られた女はその場で崩れ落ちた。一方のジェロは、その様子を確認する暇も無く、残る一人の精霊術師へ殴りかかるが、


「風の精よ、守りの風を!」


ブァァンッ!


 一瞬女の声が早かった。ジェロは不意に発生した風の塊に自分から突っ込む格好となると、弾き飛ばされて枯れ茅の野原に突っ伏してしまった。一方精霊術師の女は、そのジェロにトドメを刺すよりも、隣に倒れ込んだ仲間の女の状態を気にする。


「姉さん! アン姉さん、しっかりして」


 その時、彼女の耳元で彼女にとって聞き慣れた男の声が響いた。


(ニーサ! どうしたんだ!?)

「ドリム! アン姉さんが、やられた!」

(なにっ、アンが? 死んだのか?)

「いや、生きてる。けど頭から血が」


 枯れ茅の野原に女の泣きそうな声が響いた。


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