Episode_14.07 殺し合い


 ヨシンは、腰の長剣「折れ丸」を右手で抜き放ち、左手で兜の面貌を下ろす。そしてセブムを斬り付け、トドメを刺そうとしていた長剣使いの野盗の前に身体を割り込ませる。


 地面に尻もちをついて後ろへ下がるセブムに、上段から剣を振り下ろした野盗は、不意に割り込んで来た者によって一撃を受け止められると、驚いたように一歩後ろへ下がった。その野盗は、自分の一撃を片手に持った長剣で受け止めて微動だにしなかった新手の存在へ観察するような視線を送る。


 他の騎兵達は軽装な革鎧ハードレザーを部分的に金属鎧で補強した装備だが、野盗の目の前に立った騎兵は、大柄な体躯を軽装板金鎧に包んでいた。肩と上腕の部分の装甲を分厚く強化した姿は独特の威圧感を持つ黒染め。一目で特注品の鎧だと分かる鎧だ。そして、頭部を覆う全閉式の兜に阻まれ表情は読み取れないが、油断ならない雰囲気、殺気を全身から吹き出している。そのため、野盗は騎兵の中に本物の騎士が混じっていると判断した。


 しかし、野盗の格好に身を纏った彼もまた、中身はコルサス王国で騎士を除けば最精鋭と言われる猟兵隊に属する兵士だ。猟兵隊の本分は一言短く「勝利」のみ。騎士のように勝ち方の貴賤や誇りの有無、名誉とは? などというぬるい問い掛けは心の中に一切存在しない。だから、


(騎士なら、反ってやり易い)


 と内心でほくそ笑む。そして、野盗は構えた長剣を一度目の前に立てて騎士流の礼の姿勢を取った。野盗の狙いは、相手が応礼した瞬間に斬り付ける、というものだ。生半可な腕の持ち主が仕掛ければ痛い目を見るだけだが、修練を極めた猟兵ならば、相手が応礼する一瞬は必殺の攻撃を叩き込む隙となる……はずだった。


 ヨシンは、対峙した野盗が不意に礼の姿勢を取ったことを見て取ると、迷いなく「折れ丸」の切っ先を突き込んでいた。無防備となった喉元へ、である。その攻撃に野盗は立てて持っていた長剣を反射的に振るうと、なんとか鋭い剣先を逸らすことに成功する。しかし、弾みで後ろに転倒してしまった。そして、


「なんで……」


 と言い掛けたところに、ヨシンの愛剣「折れ丸」が無情に振り下ろされていた。


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 ユーリーは、荷台から飛び降りると、そのまま地面を二回転がってから立ち上がる。そして左手側のヨシンとダレス達の様子を一瞬だけ視界に収めた。そこには、ダレスとドッジが二人掛りで短槍をもった敵と立ち向かう様子と、既に一人を倒したヨシンが、残り三人の敵を相手に折れ丸を振るう様子が展開されていた。


(ヨシン、頼むよ!)


 ユーリーは心の中で親友に言うと、左は大丈夫と断じて、右へ視線を向ける。


 右側では、三番隊の残り五人の騎兵が九人の野盗を相手に大苦戦を繰り広げていた。九人の敵の中にはリーダー格の男が含まれており、数でも戦闘力でも劣る騎兵達を押しまくっている。対する騎兵達は荷馬車を背に追い詰められたように固まって、馬上槍の長さだけを頼りに敵を寄せ付けないようにしている状態だった。


 その様子にユーリーは一刻の猶予も無いと判断すると、正の付与術「加護」の魔術陣を展開する。数えきれないほど行使してきた付与魔術は、手による補助動作無し、念想のみで発動すると、三番隊全員に効果を付与した。そして、自らも付与術の効果を感じ取ったユーリーは腰の「蒼牙」を抜き、左手の手甲ガントレットと一体になったミスリル製の仕掛け盾を展開すると、九人の敵目掛けて距離を詰める。


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 三番隊の騎兵達は、皆それぞれに死を覚悟していた。最初は相手の見た目に「たかが野盗」と余裕を感じていた。しかし一度戦闘に入ると、相手の強さは自分達の数段上だったのだ。そこで総崩れにならなかったのは、ユーリーが最初に放った「火爆矢ファイヤボルト」の爆風の余波を受けて、突っ込んでくる敵の集団の勢いが殺がれたからだった。


 しかし、もう長くは持たないのは全員の目に明らかだった。皆何処かしらに手傷を負っている。もっとも酷い者は、腹に槍の突きを受けて肩口を斬り付けられた者だ。その騎兵は立っている事が出来ず、立ち往生した荷馬車の車輪に背を預けるようにして、息も絶え絶えに座り込んでいる。そして、周りの騎兵がそれを守るように囲んで馬上槍で敵の接近を防いでいる状態だ。


「くそ! ジリ貧だ」

「ちくしょー!」

「もうだ――」


 誰かが絶望と共に「もう駄目だ」と口に出しかけたとき、彼等の隊長 ――しかし一番歳の若い―― ユーリーが彼等の左側から敵の横っ腹に突っ込んでいた。


「ユーリーさん!」

「たいちょー」


 ユーリーはそんな彼等の声を耳で聞きつつも、応じる暇が無い。既に意識を集中し、魔術の発動段階に至っていたのだ。そして、ユーリーは敵の中の最も左側の二人に真横から肉迫すると、既に魔力を叩き込んだ蒼い刀身を振るう。


 ゴバァンッ!


 最も端に立っていた野盗が剣を立てて「蒼牙」を防ごうとする。しかし、ユーリーの攻撃は斬撃では無く「魔力衝マナインパクト」、元々は魔術師が護身のために用いる近接戦用の攻撃術で、対魔力障壁マジックシールドの力場内でも威力を減衰する前に効力を発揮できるものだ。簡単な魔術であるから、普通は上手く相手に当ててもこん棒で殴りつけた程度の打撃しか生まない。だが、ユーリーの持つ「蒼牙」に秘められた増加インクリージョンの力を借りた近接用魔術は、渦巻く魔力の嵐を生じさせると、痛烈な打撃音と共に二人の野盗を五メートルほど後ろに跳ね飛ばした。


 跳ね飛ばされた野盗は地面に伸びて痛みに呻くか、さもなければ泡を吹いて失神している。


 その一撃に、野盗達は突然割って入ったユーリーの存在へ警戒を高める。そこへ、


「アイツをヤレ!」


 リーダー格の男が手下の野盗二人にそう指示を送る。指示を受けた野盗二人が、素早い動きでユーリーに駆け寄って来た。一人の手には片手剣、もう一人は柄の長さを短く詰めた先の鋭い戦槌を左右両手に持っている。対するユーリーは、敵の素早い反応に蒼牙へ再度魔力を籠めることを断念すると迎え撃つ体勢を取った。


 ユーリーに対して肉迫する二人の野盗は、丁度ユーリーから見て一直線に並ぶ。先頭を行く片手剣持ちの野盗の陰にもう一人が隠れた格好だ。


(目くらましか!)


 その動きの意図を見抜いたユーリーに対して、片手剣の間合い寸前まで近付いた野盗が不意の挙動を見せた。武器の間合いに入る直前に左側に跳んだのだ。


「っ!」


 ユーリーはその瞬間、何も持たない野盗の左手が風を捲くような速さで動いたのを察知する。そして、殆ど反射的に仕掛け盾で顔面を守っていた。


ガンッ、ガンッ


 その仕掛け盾に二回、重たい衝撃が加わる。それはつぶてと呼ばれる鉛の塊だった。握れば二つ三つは掌に隠すことが出来る。その上、扱う者によってはただの塊ではなく尖った角を持つように形を細工する事もあるという。熟練者が投げ付ければ、簡単な木製の扉をも貫通する威力を発揮し、一般的な木製の円形盾ラウンドシールドをも破壊する可能性のある武器だ。それを、野盗は横に跳ぶ瞬間に投げ付けたのだった。


 しかし、ユーリーの持つミスリル製の仕掛け盾は、その程度の攻撃では傷一つ付かない。燻し加工を施した銀の薄板を貼り付けた表面には、既に生々しい鉤傷が一つ付いているが、それは、中位魔神だからこそ成し得たものだ。ただの人間が扱う鉛の礫がどうこう・・・・出来る防御力では無い。


 それでも野盗の攻撃はその目的の一部を達成していた。顔面を庇った盾によってユーリーの視線が妨げられた瞬間、その後ろに付けていたもう一人の野盗が一気に間合いを詰める。そして、左右に持った戦槌というよりも、先の尖った鶴嘴ウォーピックを縦横無尽に叩き付けてくる。


 ユーリーは咄嗟に半歩後ろに下がり、最初の攻撃を躱す。しかし、反撃の体勢を取る前にその野盗はユーリーの懐に飛び込むと、短い間合いを活用して小さく戦鶴嘴ウォーピックを振るうのだ。ユーリーは逆に相手に身体を密着させると、鋭い先端が振り抜かれる空間を与えないようにする。そして同時に、飛び退いて一旦距離の離れた片手剣を持つ野盗と自分の間に戦鶴嘴ウォーピックを持った野盗を挟むように体を入れ替える。


 一方、ユーリーに密着されて鈍器を振るう隙間を得られない野盗は、戦法を変えたように、左手の戦鶴嘴ウォーピックをユーリーの持つ「蒼牙」に当てがう。その武器は鋭い先端が二股に分かれており、丁度剣の刀身を挟み込む形状になっていた。


ガキィ!


 野盗の左手の武器がユーリーの「蒼牙」を溝に食い込ませる。


「しまっ!」


 明らかに相手の武器を折るための構造。それに嵌まり込んだ事にユーリーは焦ると、力任せに左手の盾で野盗の顔面を殴る。しかし、野盗はその場に踏み止まると、右手に持ったもう一本を振り上げ、蒼味かかった「蒼牙」の刀身に叩き付ける。その瞬間、ユーリーは剣を折られることを覚悟した。しかし、


ガンッ!


 野盗が目一杯の力で振り下ろした戦鶴嘴ウォーピックは、芯で刀身を捉えていた。にもかかわらず、剣が折れるような音では無く、何か巨大な岩を叩いたような音が響いたのだ。


「なっ?」


 肉迫するユーリーと野盗、どちらが発したものか分からない驚嘆が漏れる。しかし、この瞬間にユーリーは一拍の時間を得ていた。体内の魔力を瞬時に念想すると「蒼牙」に叩き込む。そして鶴嘴つるはしの二股の先端に食い込んだままの刀身を、まるで溝をより深く切り込むように一気に振り抜いた。


シャァァンッ!


 蒼白い火花と共に「蒼牙」の刀身は戦鶴嘴ウォーピックの重厚な鉄製の先端部分を縦に切り裂き、その勢いのまま、野盗の喉まで掻き切っていた。


「なっ!」


 その様子に、片手剣を持った野盗は明らかな動揺と共に目を剥く。不用意だった。ユーリーはその野盗との距離を一気に詰める。そして、左足を大きく踏み込み、右上段から左下に掛けて袈裟懸けに剣を振るう。その動きは斬撃の定石とは逆の手足の動きである。しかし、そこまで注意を払えない野盗は、


「うわっ!」


 寸前のところで飛び退いて躱した。一方、そのまま振り抜く勢いを見せたユーリーの剣先は、何故か野盗の胸の高さでピタリと止まる。フェイントだった。ユーリーはその剣先の高さを維持しつつ、体重を残していた右足で大地を蹴りズンッと一歩踏み込む。その一撃は、右足と右手が連動し、深く伸びる刺突となる。そして蒼味掛かった切っ先は野盗の粗末な胸当てを貫くと一突きで心臓を捉えていた。


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