Episode_14.06 対抗


 ヨシンは少し遅れて、孤立したダレスと彼を助けようと駈け出したドッジとセブムに追いつく。そして、目の前の光景に驚いていた。そこには、ザックリと肩を斬られて膝を付き、それでも槍の穂先を野盗に向けるセブムの姿。そして、仰向けに地面に倒れ込んだドッジと、その横で敵に馬乗りになって顔面を殴りまくっているダレスの姿があった。しかし、無我夢中で拳に握った矢の先端を敵の顔面に叩き付けるダレスは、自分を狙う短槍を持った野盗に気付いていない。


「ダレス!」


 ヨシンはそこまで言うと、それ以上続ける時間も惜しいように手に握った斧槍「首咬み」を、短槍を振り上げる野盗目掛けて投げつけた。


ブンッ!


 幅広の刃と鋭い穂先、それに太い鉤爪が一体となった「首咬み」の穂先は唸りを上げながら宙をはしる。そして、


ガンッ


 短槍を持つ野盗は、ヨシンが投げ付けた「首咬み」を寸前のところで身を捻りながら叩き落とした。一瞬、その野盗の注意がダレスからヨシンに移る。それで充分だった。


「ダレス! そいつを任せた!」


 ヨシンは、我に返ったように腰の剣を抜くダレスに言葉を投げ付けるように言うと、言いざま・・・・に腰の「折れ丸」を抜き放つ。そして、セブムを追い詰めいていた野盗に挑みかかるのだ。


****************************************


 ユーリーは、立ち往生した荷馬車の荷台の上から周囲の状況を見渡す。


(トトマ側は四番隊、デルフィル側はゴーマスさんとバッツさん達がいるか……)


 そう状況を見て取ったユーリーは自隊である三番隊の面々と野盗十数人の戦いを見る。その様子は互角とは言い難く、完全に自隊の者達が押されている状況だ。


(タダの野盗ではない?)


 編制された昨年の秋口から、他の隊とは比較にならない訓練を行い、実戦も経験した三番隊。ユーリーもヨシンも、内心では遊撃騎兵隊の中で自隊が最も錬度が高いと思っていた。そんな彼等が、只の野盗に圧されるはずはなかった。しかし実際は、優位に押しているのはヨシンとダレスの周辺だけで、他の者は逆に小さく固まると必死に防御をしているという状況だった。


 そうやってユーリーが状況を見て取る間も、枯れかやの陰からは引っ切り無しに矢が飛んできていた。野盗の射手達はユーリーの発動した「縺れ力場エンタングルメント」の見えない力場の範囲を探るように、左右に散ると射線をずらしながら矢を射掛け続けているのだ。


「鬱陶しい!」


 ユーリーは先ず射手を潰すことを決意する。そして、自分の左手側から矢を射掛けてくる射手の隠れ場所を大まか・・・・に見当を付けて、攻撃術の発動に取り掛かる。


 ユーリーのミスリル製の手甲ガントレットを付けた右手が宙を舞う。そして次の瞬間、彼の目の前に大きな投げ槍程の炎の矢が現れる。「火爆矢ファイヤボルト」は投射型の攻撃術だ。着弾と同時に狭い範囲を炎と爆風で薙ぎ払う中級程度の術である。


 ユーリーは枯れ茅の野原の一点を指し示す。そして、燃え盛る炎の矢はその場所を目掛けて火線を引きながら宙を飛び、


ボォンッ!


 狙い通りの場所に突き立った炎の矢は、次の瞬間朱色の炎と共に爆音を上げて周囲の茅をなぎ倒す。それと同時に二人の弓を持った野盗が火達磨ひだるまになって吹き飛ばされるのが見えた。そして、巻き起こった炎は枯れ茅に燃え移る。しかし、ユーリーはその時既に反対の右側に対しても同じ術を発動していた。再び大きな炎の矢が浮き上がる。


 二発目の大きな炎の矢は、一発目同様、ユーリーの指し示す目的地へ向かい飛ぶ。しかし、その場に達する前に不意に勢いを弱めると思ったよりも数段小さい爆発と勢いの弱い炎しか上げなかった。それでも枯れ茅の陰に隠れた野盗の射手は炎の矢の直撃を受けて炎に包まれる。一方のユーリーは、自分の放った攻撃術の威力が大幅に弱まった様子に、


(敵の中にも魔術師が!)


 と内心で驚きの声を上げた。「火爆矢ファイヤボルト」がただの「火炎矢フレイムアロー」並みの威力に減衰した事実は「対魔力障壁マジックシールド」による魔力減衰力場が展開されていることの証拠であった。そして、


「不味い!」


 舌打ちするように言うと、自らも「対魔力障壁マジックシールド」の力場を前方に展開するため、魔術陣の念想に取り掛かる。その時、


ギィィンッ!


 今まで動きの無かった正面の奥の枯れ茅の陰から強い冷気を伴った巨大な氷の槍がユーリー目掛けて撃ち放たれた。それは「氷結槍アイスジャベリン」という投射型攻撃術だった。


 対するユーリーは、間一髪で魔力を減衰する力場を完成させる。ユーリーが前方に大きく展開した魔力の力場は、飛び込んでくる氷の槍が持つ魔力を急激に減衰させる。それでもユーリーが放った「火爆矢ファイヤボルト」の氷属性版ともいうべき巨大な氷の槍は完全に威力を失うことなく、小さな氷の矢となってユーリーの立つ荷馬車へ突き立った。


 バンッ!


 ユーリーは咄嗟に荷台から飛び降りる。そして背後で膨れ上がる冷気の塊を背中に感じながら地面を転がった。結局、対魔力障壁マジックシールドによって大幅に威力が減衰された「氷結槍アイスジャベリン」による冷気の爆発は、ユーリーに直接外傷を与えたり行動を妨げるようなことはなかった。しかし彼は、敵の集団に魔術師がいる、という事実に慄然とする。そして、


(見せ過ぎてしまった!)


 と後悔するのだ。敵はユーリーが魔術を使うのを見ている。そのため、ユーリーを押えれば魔術による攻撃を防げる、と考えるだろう。そして、集団戦に於いて魔術師の存在は大きな脅威、真っ先に潰すべき存在である。だから、


「アイツを狙え! 魔術師だ!」


 野盗のリーダーのような男が立派な剣を振り、荷馬車から飛び降り地面を転がるユーリーを指し示すのは当然のことであった。


****************************************


「みんな、反対側へ逃げるんだ!」

「怪我人を運んで! はやく!」


 不意の襲撃を受けた隊商の列、その最後尾であるデルフィル側の集団は混乱の一歩手前で踏み止まっていた。集団の中心は隊商の後ろに続いていた難民達と、荷馬車の馬を射殺された隊商主達だ。そんな人々に呼びかけるゴーマス隊商の護衛戦士達の声が響く。昨年のストラ陥落で暴力と混乱を経験した者が多い難民達は、恐慌状態に陥りつつも戦士達の誘導に従う。そして、街道を挟んで野盗と反対側の、東へ逃れようとする。中には指示に従わず、一目散にデルフィル側の関所を目指して走り出す者もいたが、全体としては纏まって東へ逃れている状態だ。


「野盗を近づけさせるな!」


 人々を誘導する戦士達の一方で、ゴーマスは半分ほどの戦士達を率いて矢が射掛けられた街道の西側に対峙する。対する野盗達も、枯れかやの野原から抜身の武器を携えて姿を現した。その数は二十。全員が野盗の身形みなりをしているが、野蛮な怒声を上げることは無い。何処か訓練された兵士の動きを思わせる野盗達は、楔型の陣形を作ると、立ち往生した荷馬車と難民の集団の間に割って入ろうとする。そして、ゴーマス達の護衛戦士団と真正面からぶつかった。


 ゴーマスは、短槍を巧みに操ると鋭い突きを初撃に放つ。狙いは楔型の先頭に立つ野盗だ。しかしその野盗は、いとも簡単にゴーマスの突きの軌道を剣で横に逸らせるとガッシリと槍の中程を掴んだ。そして、無言のままで片手剣ショートソードを突き込んでくる。


 並みの戦士ならば、槍を棄てて飛び退くか、あるいはそのまま突き殺されているはずである。それほど、相手の動きは洗練されていた。しかし、怒りに突き動かされたゴーマスの心は三十年前の密偵頭の時代に戻っていた。諜報、防諜、工作から時に暗殺まで、アント商会の躍進と、全盛期のウェスタ侯爵ガーランドを陰で支えてきたアント商会密偵部門の先代頭がゴーマス・・・・・・・・である。


 ゴーマスは自分の槍が躱された瞬間、左手で懐の短剣に手をやる。そこには護身の意味合いが強い護拳の大きな左手用短剣マンゴーシュがある。そして、対する野盗が片手剣を突き入れてきた瞬間、その短剣を抜き放ち、相手の剣の腹を打つ。


ジャッ!


 短く金属が擦れる音が響き、野盗の剣はゴーマスの短剣によって外へ弾かれる。そして、二人はそのまま交錯するが、


「むんっ!」


 俯き加減で歯を喰いしばった声はゴーマス。彼は野盗と交差する瞬間、相手の顔面に頭突きを見舞っていた。ミシッという音と共に、髪が薄くなった額に激痛が走る。野盗の前歯によってゴーマスは額の上の方を抉られる。しかし、相手は、


「ぐぁ!」


 と仰け反ると、反射的に左手で口と鼻を覆う。その様子を見上げるゴーマスには、自分の左手から一直線にがら空きとなった野盗の喉仏までの道が見えた。それで充分だった。


「バッツ! 手強いぞ! 一対一は避けるんだ!」


 ゴーマスは、野盗の喉元に左手用短剣マンゴーシュを突き立てながら、隣で戦斧を振るうバッツに注意を促す。そして、一度捻ってから短剣を引き抜いた。相手の野盗は硬直したまま前のめりに地面に倒れ込んでいた。


****************************************


「ジェロ! 私はいいから援護に回ってくれ!」

「しかし……」


 乗用馬車からスカースを連れ出し、野盗が現れた方向と反対の東の茅原かやはらに逃がしていたジェロ達「飛竜の尻尾団」四人は、その雇い主スカースの言葉に逡巡する。視界の先には野盗から逃れた人々の集団と、彼等と野盗の間に割って入るゴーマスとバッツら護衛戦士団の姿が見える。数の上では護衛戦士団が少しだけ優位だが、遠目で見ても二つの勢力は拮抗していた。襲い掛かる野盗達は、数の劣勢を跳ね除けるほど高い統率と個々の戦闘力を持っていたのだ。


 その様子は戦い慣れた四人の冒険者には一目瞭然だった。だから、


「わ、分かりました……よし、リコットとイデンはスカースさんを逃がしてからゴーマスのおっさんを援護だ」

「わかった!」


 ジェロの指示にリコットが応じ、イデンは強く一度頷く。そして二人は、スカースを伴い難民達の集団に合流しようと野原を駆け出した。一方残ったジェロとタリムは、


「タリム、悪いが……」

「分かっている。ユーリー達を援護しよう!」


 と短く言葉を交わすと、街道へ向かって駈け出していた。


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