Episode_14.05 街道の戦い


 すれ違う隊商の隊列の後ろ側で、ゴーマスは護衛の戦士団と共に独自に周辺を警戒していた。長年アント商会の密偵部門を率い、引退後はこれも長く隊商をしているゴーマスには独特の「虫の報せ」があったのだろうか? とにかく、彼の目の前には、一列に成り切れていない最後尾の荷馬車とその後ろに固まっている難民達、そして逆方向のデルフィルを目指す隊商の先頭集団がいた。


 ゴーマスは自分の荷馬車の護衛である護衛戦士団三十人を散らばらせると、自らも周辺を警戒するように見渡していた。その時、


「あ! ゴーマスさん!」


 緊張しながら周囲を見渡していたゴーマスは不意に自分の名を呼んだ若い女、いや、少女と言ってもいい声にギョッとして声の主を探す。そして、


「ああ、アリサだったか? トトマへ戻るのか?」


 そこには、デルフィルの宿屋兼食堂「海の金魚亭」で働いていた給仕の娘アリサの姿があった。彼女の後ろには、まだ小さな二人の男の子が彼女の服の裾を掴んで立っている。三人とも、あるだけの荷物を抱えてきた、という格好をしている。そして、アリサはゴーマスの声に少し笑って頷くと、


「やっぱり、父さんと母さんが生きてい居た故郷に戻りたくて……それに、デルフィルはやっぱり暮らしにくいわ」


 というのだった。ゴーマスはひょんな・・・出来事からこの少女の名前を憶えていたのだが、その詳しい背景までは知らない。しかし、


「そうか、しばらくトトマで暮らすのな――」


 しばらくトトマで暮らすのならば知り合いの働き口を世話してやろうか、ゴーマスはそう言い掛けた。その時、二十本の矢が丁度ゴーマスの横を進んでいた荷馬車に降り注いだ。


 突如上がる馬の嘶き。驚きと傷の痛みで暴れる馬は、列の最後尾に固まっていた難民の集団目掛けて暴走を始める。それを慌てて追い掛ける御者達の後ろ姿。しかし、ゴーマスの目は一つの光景を捉えて固まっていた。


 矢が射掛けられた瞬間、馬車馬を狙った矢の一本が馬の背で跳ねると軌道を変えて飛び込んできた。ゴーマスの目の前で、故郷に戻った後の生活に不安と希望を浮かべる少女目掛けて。


「キャッ!」


 無情の矢が、ゴーマスの目の前で少女の肩口に突き立つ。その反動でアリサは横に少し飛ばされて倒れ込む。


「おねぇちゃん!」

「ねぇちゃーん」


 二人の男の子は、不意に倒れ込んだ姉の姿に茫然とするばかり。そして、ゴーマスは、


「早く伏せなさい! バッツ! 敵襲だ! バッツッゥ!」


 そう叫ぶゴーマスは、立ちすくむ幼い男の子二人を左手で抱え込むようにして、倒れ込んだアリサの上に覆いかぶさる。そこへ第二射の矢が降り注いだ。第二射の矢はもう荷馬車だけを狙ったものでは無かった。二本の矢がアリサを庇うゴーマスの背中に突き立つ。その内一本は革製の上着ソフトレザーに仕込んだ鉄板に受け止められるが、もう一本は肩に突き立った。


「ぐぅ……」

「ご、ゴーマス様!」


 バッツの悲鳴のような声は、難民達の上げる悲鳴と馬車馬の嘶きによって掻き消される。一方、第二射を文字通り体で防いだゴーマスは、下に庇ったアリサの状態を診る。


「おい、しっかりしろ!」

「い、痛い……よ……」

「駄目だ、腕を動かしてはいけない!」


 ゴーマスは自分の肩に突き立った矢の事は忘れ去って、アリサに語り掛ける。アリサは呻くように痛みを訴えているが、ゴーマスの見立てでは、彼女に突き刺さったやじりは肩から肺臓に近くにまで達している。少しでも動かせば鋭いやじりが太い血管を傷付け、アッと言う間に彼女の命を奪うだろう。


「お、お、おねぇ……ちゃ」


 ぐったりと倒れ込むアリサを覗き込む弟達は、震える声を漏らす。そんな二人の男の子にゴーマスは強い言葉で言う。


「いいか、お姉ちゃんを死なせたくなかったら、絶対に動かしては駄目だ。この肩と腕を押えて動かないように、矢には触ってはいけない。わかったか? 出来るか?」

「うん……」

「よし、いい子だ、ここにいて動くなよ、悪い奴はおじちゃんがやっつけてやる!」


 ゴーマスはそう言うと、慌てて駆け寄ってきたバッツに言う。


「オレの槍を持ってこい!」


 自分の肩に突き立った矢を途中で捻じり折りながら恐ろしい形相で言う、ゴーマスの様子は最早隊商主のものでは無くなっていた。


****************************************


 敵襲、と報せる声にユーリーとヨシンはサッと顔色が変わった。そして周囲を見渡すと隊商の列の前後に矢が射掛けられている様子が見て取れた。既に街道を挟んで反対側 ――矢を射掛けられた側―― に位置していた四番隊は、彼等に近いトトマ側に走り出している。


「三番隊! 隊列のデルフィル側を守るんだ!」

「オレに続け!」


 ユーリーの言葉を受けて、ヨシンがいち早く馬の鼻先をデルフィル側に向けて駈け出そうとする。しかし、それとほぼ同時に、


「殺して奪え!」

「奪えないものは燃やしてしまえ!」


 という怒号と共に、十数人の集団が枯れ茅を掻き分けて姿を現した。


「くそ!」


 ユーリーは直ぐ近くに現れた新手に対処を逡巡する。そこへ、


「ユーリー、デルフィル側にはゴーマス達が居る! まずはこの場を!」


 というスカースの言葉が飛んだ。ユーリーはその言葉を信じて自隊に号令をかける。


「先ずは目の前の敵だ! 迎え撃つぞ!」


 ヨシンを始めとした騎兵達は、その号令を受けて街道の反対側に出ようとする。しかし、間を詰めた状態で立ち往生する荷馬車の列に阻まれて思うように馬が進められなかった。一方、既に一騎だけ反対側に移動していたダレスは、突然現れた野盗の集団に立ち向かわざるを得なかった。彼の周囲には自棄やけっぱちの様子で護身用の武器を構える小規模隊商主達がいるが、その雰囲気はとても戦えそうなものでは無い。


「くそ! 来るならコイ!」


 仕方なくダレスは馬を街道から外れた草むらへ踏み出す。そこへ、


ヒュン、ヒュン、ヒュン


 まだ枯れかやの陰に隠れていた野盗の数名が矢を射掛ける。思いも掛けず狙いの鋭い矢は三本。その内一本をダレスは馬上槍で払い落すが、残りの二本が夫々彼の太腿と、彼が乗る馬を射抜いた。


「うわっ!」

「ダレス!」

「ちくしょう!」


 ダレスが悲鳴と共に落馬する。その様子に付き合いの長いドッジとセブムが声を上げる。そして、元白銀党の二人はダレスの窮地を救うべく馬の鞍から荷馬車へ飛び移ると、そのまま街道の反対側へ転がるように飛び降りる。


「ユーリー! 飛び道具だ!」

「分かった!」


 ダレスを射抜いた矢の攻撃を見て、ユーリーは「縺れ力場エンタングルメント」の力場術を発動する。一方ヨシンは、ドッジとセブムを見習うと、自分も馬の鞍から飛び降り徒歩で街道の反対側に出た。その後には、力場術の発動を終えたユーリーや他の騎兵達が続くのだった。


「やっちまえ!」

「殺せぇ!」


 という野盗の怒号と、


「ダレスを後ろに下げろ!」

「掛かってこいやー!」


 という、騎兵達の怒号が細い街道で交差した。


****************************************


 落馬してうずくまるダレスを庇うように立つドッジとセブムに対して、三人の野盗が殺到する。野盗の姿は革鎧ハードレザーを着込んだり、上だけの胸甲を着けたり、所々壊れた小札鎧スケールメイルだったりと粗末な上に纏まりが無い。一方、手に持つ武器もバラバラなのだが、此方は手入れが行き届いているようで、霞みかかった春の日差しを受けてギラリと光る。


 そして、駆け寄ってくる野盗達の内、先ず大振りな長剣バスタードソードを持った一人が、鋭くセブムに切りかかる。


「うわっ!」


 セブムはそれを手に持った馬上槍で受け止めようとするが、とても野盗風情のものとは思えない鋭い一撃に馬上槍ごと横へ跳ね飛ばされてしまう。セブムは転倒一歩手前という状態まで体勢を崩され、追い討ちをかけてきた野盗に対し防戦一方、釘付けとなった。


 一方、ダレスを背中に庇うように立つドッジには、二人の野盗が向かった。その内、短槍を持った方が、鋭い穂先を鋭く突き込む。ドッジはその一撃を辛くも自分の槍で横に逸らせる。そして、その野盗とドッジは力比べをするような格好になるのだが、


「――ッ」


 敵の短槍の一撃を受け止めたドッジに、もう一人の野盗が飛び掛かった。野盗はガラ空きとなったドッジの胴部に体当たりすると、そのまま彼を地面に突き倒す。そして、


「死ね!」


 その野盗は倒れたドッジを馬乗りで地面に圧し付けると、いつの間にか右手に握られていた薄い刀身を持つ鋭い短剣を押し当てる。狙いはドッジの鎧の隙間、丁度胸甲ブレストプレート首当てネックガードの隙間だ。その流れるような動作は、野盗と言うよりも暗殺者のわざだった。


 ドッジは、冷たい刃が鎧下の綿入れを切り裂きあばらの隙間から心臓をえぐる通す様子を想像し、必死にもがく。しかし、ガッチリと抑え込まれた体は動かない。


「やめろ! 退け!」


 ドッジの必死の声に、野盗は酷薄というよりも無表情のまま、右手にグイッと力を籠めようとする。その時、


「うらぁぁ!」


 獣のような雄叫びを上げ、手負いのダレスがドッジに圧し掛かっていた野盗に突っ込む。ドッジの胸に押し当てられていた短剣が反射的に振り上げられ、ダレスの頬がザックリと割れると赤い血がほとばしった。しかし、怯むことの無いダレスは、数少ない親友を守るため、野盗を体当たりで弾き飛ばすと、逆に馬乗りとなる。そして、腿に突き立ったままの矢を力任せに引き抜き、鋭い鏃を滅茶苦茶な勢いで何度もその野盗の顔面に突き立てていた。


 固い頭蓋に邪魔された鏃は、無我夢中でそれを振るうダレスの手に硬い感触を返すが、何度か柔らかい感触もあった。そして一呼吸後、ダレスは強く自分の名を呼ぶ声に我に返ると、真っ赤な血と何故か灰色っぽいものに塗れた野盗の顔を見下ろしていた。しかし、直ぐに自分の前に立ちはだかる別の野盗の気配を感じて顔を上げるのだ。


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