Episode_14.04 街道交錯


 三月の中旬の日中は、うららかな春の日、と言えない事もないが、街道に吹く風にはまだ冬の残渣が潜んでいた。午前から続く霞がかかった晴れとも曇りとも付かない空の下で、遥か北の天山山脈から吹き下ろす風は、ザワザワと一面に広がる枯れ茅野かやのを揺らせていた。


 そんな原野を北西から南東に向けてスパッと割るように続く街道は、これまで述べた通り、整備が行き届いていない。荷馬車ならば三台横に並んで進むことは難しい道幅しかないのだ。そこを、合計二百台近い荷馬車と多くの人々がすれ違おうとしていた。お互い、縦に間延びした隊列を組んでいたが、それは交差する場所で更に長い列となる。


 しかも、街道の両脇には枯れた茅野かやのが迫って来ている。枯れても尚背の高い草は、馬に乗ったユーリーのくるぶしの高さ。道幅にして五メートルも無い街道の両脇十メートルにまで迫る、そんな茅原は街道から周囲への見通しを悪いものにしている。野盗などがその気になれば、街道を行く者に気付かれる事無く可也近距離まで接近できる危険をはらんでいた。


 そんな場所でのすれ違いであるから、ユーリーの三番隊とデルフィル側から来た四番隊は短く言葉を交わして情報を伝えあった後、すれ違う二組の隊商集団を守るように、街道の両脇に広がる枯れた茅野に注意を向ける。


「すれ違うのに一時間は掛かりそうだ」

「それにしても無防備だな、気に入らないな」

「ちゃんと見張っておこう」


 街道の東側、つまり海と反対側に自隊を展開させ、周囲を警戒するユーリーに、少し緊張した様子のダレスと、不満そうなヨシンが声を掛けてくる。彼らの言う通り、お互いに一列となって行き過ぎる隊商達の動きはどうしてもゆっくりとした動きになる。しかも、互い違いに行き過ぎる状況は無防備だった。


 ユーリーは、そう言う二人に注意して見張るように呼びかけると、デルフィル側から来た集団を見る。その隊商の集団は、これまででも類を見ない大所帯で、しかも後方には徒歩の旅人が大勢控えていた。ダレスの見立てではすれ違うのに一時間と言うことだったが、ユーリーは、下手をするともっと時間がかかるかもしれない、と危惧を強める。


 そんなユーリーは、向こうからやって来る集団に向けていた視線を、目の前に広がる枯れ茅の野原に移す。そして、不規則に風に揺れる原野を見詰めつつ「感覚敏化センシティビティ」の付与術を試そうか、又は「浮遊レビテーション」の術を使って高い所から遠くまで見渡せるようにしようか、などと思案していた。「感覚敏化センシティビティ」は五感の知覚を鋭敏化する付与術である。確かに周囲の索敵には有効な気がするが、背後を行き過ぎる大勢の人や荷馬車の気配が強すぎて上手く働かないかもしれない。また、「浮遊レビテーション」はその名の通り体を上空へ浮遊させて見通しの悪い茅原を見渡すことが出来る。しかし、草の下に潜んだ存在を見抜くことは難しい。


 結局、この場に適した魔術が思い浮かばないユーリーは他の者達と同じように、目視で周囲を警戒する。そうやって、隊商の集団が行き過ぎる様子に気を揉みながら、目の前の原野を眺めるだけの時間がしばらく過ぎた。その時、


「あれ!? ユーリー? ユーリーじゃないか!」

「どこ、どこ? あっ、ヨシンもいるぞ」

「おーい!」


 という声が聞こえてきた、ユーリーは自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声に街道の方を振り返る。そして、ジェロ、リコット、タリム、イデンの四人組み「飛竜の尻尾団」の姿を見つけたのだった。更に、


「やぁ! 久しぶりだな、元気にしていたか?」


 というアント商会のスカース・アントの声も聞こえてきた。スカースは乗用馬車の小窓から一度見たらなかなか忘れられない魁偉かいいな顔を覗かせている。スカースの乗る馬車の隣を四人組の冒険者が歩いている格好だった。


「ジェロさん達……それにスカースさんも」

「お、ジェロさん達だ!」


 彼等の声に気付いたユーリーとヨシンは、向こうからゆっくり近づいて来る一行に声を掛ける。


「スカースさん、ゴーマスさん達と?」

「そうだ、ゴーマスはもっと後ろの方にいるかな?」


 そんな言葉を交わすのはユーリーとスカース。スカースは凡そ一年振りとなるユーリーとヨシンの姿を眩しそうに眺めている。一方、ヨシンは冒険者のリーダー格であるジェロに話し掛けていた。


「ジェロさん達、何してるんだこんな所で?」

「アント商会会長の一人息子の護衛だが……知り合いなのか」


 ヨシンの質問に答えるジェロは、目の前でスカースと親し気に言葉を交わすユーリーの姿を見て納得したように呟く。そして、ハッと思い出したように訊ね返すのだ。


「そんな事よりも、お前達こそ、こんなところで何やってるんだ?」

「そうだよ、しばらく見ないと思ったら……その格好、コルサス王国の王子派か?」

「え? アルヴァン様の所から転職したのか?」


 ジェロの問い掛けに、途中からタリムが割って入る。そんなタリムは、ユーリーとヨシンの格好を見て鋭い指摘をする。そして、リコットは驚いた声を上げるのだった。そんな様子をイデンは一歩後ろからニコニコと見守っている。そのやりとりは、数年前、トルン砦へ潜入した時から変わらない雰囲気を醸しており、ユーリーもヨシンもふと懐かしい気持ちになるのだった。


 因みにユーリーとヨシンの身に着ける甲冑は、度重なる戦いを潜り抜け、補修や補強が当てられている。最近では、アートンの街に店を出している腕の良い武器鍛冶職人の手によって手直しが加えられたばかりだ。元のウェスタ侯爵領哨戒騎士仕様の軽装板金鎧には機能的な欠陥は無かったが、最初に調整してから既に二年経過しているため、体に合わせる調整も必要になっていた。その上で、元の深緑色を黒色に塗り直されているため「飛竜の尻尾団」四人には見慣れない装備に映ったのだった。


 その後、ゆっくりすれ違う歩調に合わせてしばらく会話を交わす彼等だが、


「ユーリーとヨシンはトトマに戻るのはいつなんだ?」


 というスカースの質問になった。予定が合うなら一度ゆっくりと夕食にでも誘うつもりなのだ。それに対してユーリーが答える、


「予定通りなら、四日後にトトマの街に戻ります」

「そうか、ならばギリギリ間に合うな、トトマの街に戻ったら宿を訊ねてくれ、ご馳走しよう」


 スカースからの嬉しい申し出に、ユーリーもヨシンも厭は無かった。嬉しそうな表情を作り、その誘いに応じようとする。その時――


「おい、なんだ?」

「なにか見えたのか?」


 ユーリー達の場所から少しトトマ側に戻った街道の反対側、海側の原野を見張っていた四番隊の騎兵達が何か言い合っている。それは、通り過ぎる隊商達にも伝播してザワついた雰囲気となる。


「どうした?」

「いや、なにか動物かな? 動いたような気がしたんです」


 四番隊の隊長が部下の騎兵に問いかける。一方、問い掛けられた騎兵は自信無さ気に枯れた茅原の一角を指し示すのだ。


 一方、街道を挟んで反対側にいたユーリー達、にわかに始まった旧知の仲の会話に加わっていなかったダレスは、いち早くその様子に気付くと行き過ぎる隊商の列の間を縫って反対側へ馬を進める。そして、


「何かあったのか?」


 と質問を投げかけた瞬間――


ヒュン、ヒュン、ヒュン――


 四番隊の騎兵が指差していた辺りの茅原から十数本の矢が撃ち掛けられた。それは、低い弾道で飛ぶと、丁度鼻先をデルフィル側に向けていた帰りの隊商の馬車馬ばかりを見事に射抜いていた。


「て、敵襲!」

「敵だー!」


 矢を射られた馬車馬は、痛みと驚きに暴れ出すと、直ぐ近くを逆向きに進んでいたトトマ行きの隊商列に突っ込む。そして何台もの荷馬車が正面衝突を起こし横倒しに倒れる。たった一回の攻撃で街道を行く隊商達は大混乱に陥っていた。


****************************************


 ドリムは、目の前の街道を進む二つの隊商の位置関係を早い段階から掴んでいた。そして、トトマ側とデルフィル側から進む二つの集団が街道上で交差する場所を見込んで兵を配置していた。配置はトトマ側に十、デルフィル側に二十、そして中間の部分に彼を含めた二十という配置だった。それらは、街道から二十メートルほど離れた場所で、枯れた茅に紛れるように息を殺して街道の様子を観察していた。


 そんな猟兵隊達の目の前で二つの隊商は予測通りにすれ違いを始める。しかし、ドリムは直ぐに攻撃を仕掛けることはしなかった。トトマを目指す隊商の長さは凡そ五百メートルだったが、すれ違いを始めた時点で徐々に伸びると一キロ近くの長蛇の列に伸びきる。その瞬間を狙ったのだ。


 そして、その瞬間が訪れた。ドリムはまず、トトマ側に潜ませた兵達に攻撃の合図を出す。それは、猟兵達の中の精霊術師によって、離れた場所に潜む十人の兵に伝えられた。直ぐに彼等は行動を開始した。


 ドリムは、街道に対してトトマ側に少し離れた場所に潜んだ十人の兵が放った短弓の矢の一斉射で、街道を行く大勢の隊商達が混乱に陥る様子を満足気に見守る。しかし、これはほんの序の口だった。直ぐに次の命令を出す。


「デルフィル側も放て、馬を狙うんだぞ」


 そして、同様の矢の射撃がデルフィル側でも起こる。デルフィル側には多くの難民と思しき人々がいたが、冷酷にして合理的なドリムは、そのことを斟酌しんしゃくすることは無かった。


(大勢の民が居るなら混乱に拍車がかかり、尚良し)


 と、寧ろそれを狙うように事を起こしたのだ。そして、自分の周囲に潜む兵達には自らの声で呼びかけた。


「抜剣……掛かれ!」

「――ッ!」


 指揮官の声に、二十の猟兵達は声を上げずに静かに茅原を駆け抜ける。そして、周囲を覆う背の高い枯れ茅を抜けたところで、


「殺して奪え!」

「奪えないものは燃やしてしまえ!」


 などと、野盗っぽい声を上げると驚愕した隊商達に切りかかるのだった。


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