Episode_14.03 攪乱作戦


 トトマとデルフィルの街道で隊商の集団同士がすれ違う状況が展開される。しかし、話は一旦その二日前の夜に溯る。


 その日の夕方、ディンスの港に入港した中型船があった。その船は入港後、特に荷揚げや荷卸しをすることも無く、幾つかある桟橋の最も隅で目立つことなく停泊していた。そして、夜のとばりが降り、港に人の気配が無くなるころ、何処からともなく現れた五十人前後の人々が、その船が停泊した桟橋に集まっていた。


 彼等は一見するとバラバラの格好をした統一感の無い集団だが、良く見ると、ボロの来た金属製の胸当てや、擦り切れた革鎧を身に着け、何かしらの武器を携えている。その様子は食い詰めの傭兵か、又は野盗の類のように見える。


 そんな集団が桟橋に集まって間も無く、中型船から二人の男が降りてきた。どちらも立派な甲冑を身に着けた身分の高そうな騎士だった。その内一人が、集団に対して言う。


「全員集合か?」

「はい! 猟兵隊五十、全員」


 騎士の問い掛けに、集団のまとめ役の男が応じる。どちらも押し殺した声だ。しかし、食い詰めの傭兵や野盗の集団にしては、応じる男の声にはキビキビとした響きがこもっている。それは、行き届いた訓練と高い忠誠心を伺わせる精鋭兵の雰囲気を醸し出したものだ。


「よし、格好も……何処から見ても野盗か食い詰めの傭兵だな」

「はい、各自で使い古しを市中で手配しましたので、丁度良くバラバラでもあります」


 その返事に満足そうに頷く騎士は、もう一人の騎士に視線を送る。すると、もう一人の騎士が一歩前に進んで言う。静かだが張りのある声だ。


「正規兵の中でも精鋭の諸君に、このような汚れ仕事をあてがってしまいスマナイと思う。しかし任務の性質上、諸君のような者達でなければ遂行は難しい。期待している、よろしく頼む」


 その言葉に、五十人の猟兵隊は頷くことで返事とした。気勢を上げる場面ではない。その様子に、声を発した騎士も頷くと、次いでもう一人の騎士に向い言う。


「ドリム、分かっていると思うが……」

「大丈夫です、レスリック様。この兵力で街道の封鎖は出来ないのが道理。ですから、精々野盗のように振る舞い、危なくなったら引き上げます」

「うむ……」


 そんな会話を交わす二人の騎士は、コルサス王弟派ライアードの擁する騎士団の一つ「王の盾」たる第三騎士団の団長レスリックと副団長のドリムだ。


 第三騎士団は、昨年早春、アートン公爵家ドルフリーを中心とした王子派軍がディンス奪還の戦いを挑んで来た時、それらの敵を撃退し逆にストラを奪った騎士団である。その手柄はスメリノ王子率いる第一騎士団に譲っていたが、間違いなく快進撃の立役者であった。


 その後は、スメリノ王子に手柄を譲るのと引き換えに進駐が許されたストラを中心に、王子派のエトシア砦に対して前線を形成していた彼等だが、今その半数は後方のディンスに下がっている。そして、新しく配置転換となってやって来た第二騎士団、通称「王の剣」が、後方に下がった彼等の代りにストラに駐留しているのだ。


 レスリックは、副団長のドリムが作戦を復唱するように言う言葉を聞きながら、そうなった経緯を思い出す。


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 それは、昨年末の王都コルベートの白珠城パルアディスで行われた会合の結果、決まった戦略方針だった。


「昨年後半に起こったアートン公爵失脚によって王子領内の統制は乱れている。その混乱に乗じて、王子派の生命線であるトトマを攻略すべし」


 というのがその時の会合で決まった方針の一つだった。その決定を受けた第三騎士団を率いるレスリックは、配置転換でストラに移動してきた第二騎士団オーヴァンらと本作戦であるトトマ攻略の準備段階について話し合った。


 その話し合いでレスリックが提案したのは、トトマとデルフィルを繋ぐ王子派の重要な補給線となっている街道を封鎖する後方攪乱策だった。ストラと正対するエトシア砦の兵力は凡そ三千弱。一方自分達の兵力は第二、第三騎士団を合わせて倍の六千。更に昨今の食糧難を受けて、食うために兵士になろうとするものが多く、ディンスとストラの街だけで三千名近い雑兵を徴兵する目途も立っていた。単純に比較すれば、彼我の戦力差は三倍以上自分達が有利な状況である。しかし、レスリックは数の優位だけを頼りに攻めることをヨシとせず、少ない敵の勢力を更に分散させようと目論んだのである。


 しかし、この後方攪乱策は第二騎士団長オーヴァンによって一蹴されてしまった。


「栄光あるコルサス王国の騎士団が寡兵の逆賊軍に恐れをなし、そのような卑怯な策を弄することは王の剣に掛けて承服できない」


 というのである。残念なことに、王宮内での発言力はオーヴァンのほうが遥かに強い。それは、レスリックが前王ジュリアンドの身辺警護を司る近衛兵隊の隊長だった、ということが多いに影響していた。一時は暗殺の容疑を掛けられ、五年近く王都の屋敷に幽閉されていたレスリックには、政治的な口添えをする者が居なかったのだ。


 その状況に輪をかけて、レスリックの策を実行困難にしたのは、第二騎士団長オーヴァンの態度だった。彼は、色々な理由があって、レスリックを目の仇にしている。そのため、道理が通る作戦であっても、レスリックの献策と言うだけで頑なに反対するのだった。


 結果的にオーヴァンから、単なる反対に留まらず、妨害まで受けることになったレスリックは、自身の勢力である第三騎士団でさえも独自に動かしにくい状況となる。そういう状況下で、レスリックは最善と信じる後方攪乱策を規模縮小し、手勢の中でも精鋭である猟兵隊から選抜した五十人と信頼できる副官に託したのだった。


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 そんな経緯いきさつを思い出していたレスリックは、桟橋を離れ静かに夜の海に滑り出した中型船を見送っている。船には栄光あるコルサス王国の軍船であることを示す印は無かった。また、桟橋から見送るものも彼一人だった。戦地へ向かう自分の兵に対して寂しい見送りしか出来ないことに、レスリックは兵達へ申し訳なさを感じて奥歯を噛締める。


 しかし、子飼いの精鋭兵を野盗に偽装してまで、後方攪乱の策を行いたかった理由がレスリックにはあった。それは、彼自身が王弟派内に流れる情報を信用していない、ということだった。


 元々、今回のトトマ攻略に至る切っ掛けは、昨年末の白珠城パルアディス内での会合に於いて宰相ロルドールが声高に主張した、


「王子派領内は統制が乱れ、騎士も兵士も領民も誰があるじか分からぬ状況です」


 という情報だった。


 王弟派組織内で、他国の情報や王子領に放った密偵達の情報は一括して宰相ロルドールの元に集約される。そして、重要な軍事や外交の決定に於いて、ロルドールはその情報を元に王弟ライアードの裁定を仰ぐ、ということになっている。主要な各都市の太守や騎士団の重鎮なども会合には呼ばれて意見を述べることは出来るが、結局は宰相の情報に基づく決定がなされるのである。そして、前回の会合でもこれまで通り、ロルドールの情報に基づき王弟ライアードは「トトマ攻略の準備を始めよ」という裁定を下していたのだ。


 しかし、レスリックにはその決定の根拠である「王子領内の乱れ」という情報が信用できなかった。前線で対峙するエトシア砦の騎士団長は、政変があったという割には未だに元公爵であるアートン家の末子マルフル・アートンであった。その上、前線指揮官として肌で感じる敵の士気は一切乱れが無いどころか、逆に上がっているようにさえ感じるのだ。


(レイモンド王子領がそれほど混乱しているとは思えない)


 というのが、レスリックの実感であった。そして自分の実感に従い、王子領には混乱が無い、と考えればエトシア砦の騎士団は単純に強敵であった。指揮官のマルフルは若いが聡明な青年で、騎士や兵には人気が高い。そして、その脇を支える副官の騎士オシア・レイモは実直ながら経験豊富で勇猛な騎士である。


 現に昨年のディンス攻防戦では、レスリックの第三騎士団が援護に到着するまで、ディンスを守る第一騎士団を押しまくっていたのはエトシア砦の騎士団なのであった。結局は、レスリック率いる第三騎士団の到着と、相手側の後詰部隊が攻勢に消極的だったことが相まって、ディンスは陥落を免れていた。しかしレスリックに言わせれば、それは単なる幸運でしかなかった。


 その時の勇猛な戦い振りや、それから後に散発した小競り合いを思い出す限り、レスリックはエトシア砦の勢力を見た目通りの数の差で考えるのは危険だと確信していた。そのため、どうしても「トトマ攻撃開始」の命令が下る前に、エトシアの敵勢力を分散しておきたかったのだった。


 そんなレスリックの考えは、第二騎士団のオーヴァンからすれば「臆病で卑怯」と言うことになる。しかし、レスリック自身は


(一旦戦いが始まれば何が起こるか分からない。敵に倍する兵力をもってしても、辛勝しか得られないならば結果は失敗と同義。快勝を得るために出来る準備は万端にすべし)


 という持論を曲げるつもりは無かった。


 豪放で勇猛果敢な騎士や兵士つわもの達は、勝負は時の運、という言葉を良く使う。それは、戦場という無常な空間に対する一つの真理である。しかし、レスリックは大切な部下の命を運任せにするつもりはない。確実に勝てる、しかも、被害を最小限に抑えて勝てる、という状況を突き詰めるのが指揮官の役目だと考えているのだ。


 そんな指揮官は、既に夜の闇の中に消えてしまった船の行方をジッと見詰めて、しばらくの間、動くことは無かった。


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 そして時間は元に戻り、この日の午前。


 トトマとデルフィルを繋ぐ街道から最も近い海岸線の奥まった入り江に停泊した中型船では、数十人の兵士達が急いだ様子で船から海洞へ飛び移っている。長年、海からの波と陸の雨水に侵食されたこの洞穴は、少し奥へ進むと階段状になっており、それを伝って地上の茅原かやはらに出ることができるのだ。そして、その地点から最も近い街道は半日の距離である。


 既に一日前の早朝にこの場所に到着していた彼等は、到着後すぐに斥候を何組か出していた。そして、その内の一組がこの日の早朝に入り江へ戻ってきたのだ。その斥候の組の報告は、


「昨晩、大規模な隊商がデルフィル側の関所に入りました。恐らく夜明けと共にトトマへ移動を開始するものと思います」


 というものだった。しかも、この斥候の情報では、荷馬車百五十を超える大規模な隊商を護衛する王子派の軍と思しき部隊は十騎前後の騎兵のみ・・だという。これを絶好の機会ととらえた第三騎士団の副官ドリムは、早速部下の猟兵隊五十に対して出撃準備を命じていたのだ。


 そのドリムは、自身も革鎧の上に何カ所か金属板を当てた粗末な鎧に着替えている。そして、


「どうかな? 野盗の首領に見えるか?」


 と、部下の集合を待つ間の時間に、おどけた・・・・調子で兵達に話し掛けていた。そんな指揮官の様子に、緊張した面持ちだった猟兵達は少し和んだ空気となると、


「そんなにさっぱりと髭と髪を整えた野盗など、見たことも聞いたこともありませんが?」


 とか、


「野盗にしては、腰の剣が立派過ぎますな。それに男前過ぎる」


 などと言い合うのだった。


 そんな会話が示すドリムの人柄はきさく・・・で兵達にも馴染み易いものだ。しかし、その内面は如才なく状況を把握し必要と判断したことならば、何でもやる、という覚悟を持った男である。必要ならば騎士の格好を棄て野盗にもなるし、物乞いにもなる。そんな強い意志をもつ者が、レスリックが最も信頼する副官ドリムである。


 やがて部隊の空気が少し落ち着いたところで、全員の集合を確認したドリムは、気合いを入れるように一度剣を抜き放つと、


「格好は野盗だが我らは栄光あるコルサス王国第三騎士団。そして、その中でも精鋭と言われる猟兵隊の諸君よ、我らの目標は第一に街道往来の阻害、第二にトトマへの補給物資の破壊、そして第三には我々という存在の誇示だ。難しい作戦だが、やり遂げてディンスに帰還しよう」

「応!」


 ドリムの言葉に猟兵達は声を揃えて気合いの声で応じる。そして、一面に生い茂る枯れ茅の原野に溶け込むように分け入っていくのだった。


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