Episode_14.02 ゴーマスと飛竜の尻尾


 ゴーマス隊商はその日の朝、デルフィル側の関所を出発してトトマを目指していた。一時期国境を閉ざしていたデルフィルだが、アント商会の働き掛けで国境の関所は従来通りの運営となっていた。そんな国境をゴーマス隊商と共に越えたのは五つの中規模隊商と、十近くの小規模隊商である。その総数は積み荷を満載にした荷馬車が百を超える大規模なものだった。


 更に隊商の後ろには、ストラからデルフィルに逃れていた難民達の姿もあった。老若男女問わない集団の数は百人前後である。旧国境伯領としてアートン公爵が支配していた地域の実権をレイモンド王子掌握したことはデルフィルでも大きな報せになっている。また、トトマが街区を拡大しデルフィルに逃れた難民を受け入れる体制が整った事も知られ始めていた。そのため、デルフィルに逃れていた難民の一部が祖国に戻ろうとし始めたのだ。


 結局この集団は百五十台以上の荷馬車と隊商の随伴者が五百人、そして難民が百人という大集団であった。それが余り整備されていない細い街道を行く姿は、さながら蟻の行列のように見える。そんな長蛇の列を守るのは、トトマからやってきた遊撃騎兵隊四番隊の十騎のみだった。そのことにゴーマスは若干の不安を感じていた。


 独自の護衛戦士三十人を従える大規模隊商であるゴーマスの荷馬車群は、行列の後ろ付近に位置している。丁度隊商の荷馬車の列の最後尾で、難民達の列の前という場所だ。その場所を進むのは、万が一の場合は、自分の護衛戦士団に難民達を守らせるためだった。また、今回は積み荷以外に乗用馬車を一台連れている。その中に乗る人物は、ゴーマスにとっては重要人物である。そんな事情もあって、ゴーマス隊商の位置取りは万が一の場合に、この馬車だけでもデルフィルに逃がす、という意味合いも含まれていた。


 ゴーマスは、その乗用馬車と並走する荷馬車の御者台にいる。そろそろ正午という時間に差し掛かったころ、乗用馬車の小窓が開いて一人の青年が顔を出すとゴーマスに話し掛けてきた。


「ゴーマス」

「どうされました、スカース様」

「こんな大人数だ、もしも襲われたら逃げ場がないな」


 その青年はスカース・アント。アント商会の陸商部門の統括責任者だ。未だ若い青年はギョロ目に低い鼻という独特の風貌を馬車の窓から突き出して、前後に連なる隊列を見ながら言う。


「騎兵隊が言うにはここ一か月は野盗が出ていないと」

「いや、野盗はそれほど心配ないかもしれないが……」

「野盗が心配ないというなら、何をご心配されているのですか?」

「もしもお前が王弟派だったら、こんなに堂々と物資を運び込むのを邪魔したくならないか?」


 スカースの心配は野盗の襲撃ではなく、王弟派の軍が野盗を装い王子派こちらの補給物資を叩いてくることだった。勿論、この場所から遥かに南のエトシア砦で王弟派の勢力は押えられているため、陸路でこの街道まで部隊を送ることは出来ない。しかも、街道の南西側は海に面しているが、切立った断崖が続く場所だ。一見すると大部隊を送って補給を断つ作戦は困難と思われる。


「でもスカース様、ここまで軍を派遣して街道を押えるのは、王弟派でも難しいでしょう」

「いや、難しいからこそ効果的、という事も出来る」


 ゴーマスの楽観的な言葉に、スカースは尚も思案顔だ。完全に補給物資を遮断しなくても、一度か二度の限定的な打撃で充分心理的な揺さぶりとなるのだ。王弟派がこの街道に兵を送ることが出来ると証明されれば、王子派は防御のために本格的な兵力を置かざるを得ない。正面勢力を削ぐ上で効果的な策だと思うのだ。


「たしかに、不意に襲われるのは恐ろしいですからな……」


 スカースが自分の考えを説明するにつれて、ゴーマスも不安を感じるようになった。そうやって、顔を見合わせる二人の間に、別の言葉が割って入る。


「スカースさんもゴーマスさんも心配し過ぎだって。大丈夫、俺達が付いてるんだから」


 そう言うのは、今回隊商の護衛とは別に、スカースの護衛として雇い入れた冒険者の男だ。腰に長剣を差した、精悍な顔立ちの男の歳は二十代後半だろう。


「俺達って……ジェロ、兵隊が攻めてきたらどうするんだよ」


 すると、その近くを歩いていたフード付きのローブを纏った魔術師風の男が呆れたように、ジェロという戦士に話し掛けた。しかし、ジェロが返事をする前に、今度は彼の前を少し離れて歩いていた如何にも身軽そうな小男が冗談めかして答える。


「タリル、その時はお前が魔術でドバーッと……」


 魔術師の男はタリルと言うらしい。そう言われたタリルは嫌そうにフードの上から頭を掻きつつ、小男に言い返す。


「ドバーっと魔術を使うからには、ガサッと多目に魔石を買ってくれよ、リコット先生」


 タリルは、リコットという小男にそう言うと、頭を掻いていた右手を彼の前に差し出した。如何にも、金をくれ、という仕草だった。リコットという男は彼等の財布を管理しているのだろうか? その後、しばらくリコットとタリルの言い合いが続くが、彼等の一番後ろを歩いていた、マルス神の神官衣に身を包む大男が一言、


「人任せ、良くない」


 と言う。その言葉に我が意を得たり、と得意気な表情となったタリルは、


「ほら、イデンの言う通りだぞ。リコット、ちょっと斥候に出るとか、何かしろよ」


 ゴーマスとスカースの会話に割って入った四人の冒険者は、元の会話主をそっちのけで、テンポの良い会話を繰り広げる。そんな息の合った様子を見せる彼等は「飛竜の尻尾団」と名乗る四人組の冒険者だった。彼等は、ウェスタ侯爵ブラハリーとその息アルヴァンがお墨付きを与える凄腕冒険者・・・・・ということだったが、如何にも軽い言動・・・・にゴーマスは若干の不安を感じてしまうのだった。


 その時、隊商集団の前方が騒がしくなる。


「ん? どうしたんだ?」


 ゴーマスの言葉に、戦士長バッツが前の方から駆けてきた。そして、


「丁度トトマから戻る隊商とすれ違いになるみたいです」


 と伝えてきたのだった。


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