【コルサス王国編】エトシア砦攻防戦
Episode_14.01 街道警護
アーシラ歴496年3月 トトマ近郊
デルフィルとトトマを繋ぐ街道から南西に半日下ったところに、ほぼ南北に走る海岸線がある。それは、デルフィル湾と呼ばれる湾状の地形の東側に連なる海岸線だ。全体的に石灰岩が多く含まれる土壌で出来たこの土地は、長年の波の浸食により切立った断崖のような海岸線を形成している。それは時折、複雑に入り組んだ入り江と、海洞を形造りながら、エトシア砦の西側まで繋がっている。
この断崖は少なくても海面からの高さが十メートルはあり。船から陸地へ近づいたとしても、そのまま上陸することは難しい地形となっている。そんな海岸線は、毎年野放図に伸びては枯れるを繰り返す
そんな海岸線の一か所、比較的街道から近い入り江の入口を小さな一本マストの漁船が、帆を下ろして手漕ぎで進んでいる。エトシア砦付近の漁村の漁師が操る船は、入り江の一つに入ると、そのまま奥まった場所へ向かい海面を滑るように進む。そこは波によって崖が抉り取られるように侵食された場所で、この漁師の祖父の代から伝えられている秘密の漁場だった。
漁師は月に一度の大漁が約束された日に、鼻歌混じりで穏やかな海面を漕ぎ進む。手前に見える大きな岩を回り込めば目当ての場所だ。しかし、
「なんだありゃ?」
その漁師は目の前に広がる彼の漁場に、碇を下ろして停泊する一隻の三本マストの中型船の姿を認めると、驚いた声を発する。そして、少し勢いの付いた自分の船を何とか止めると、逆向きに櫂を漕いで、今ほど回り込んだ目印の岩場に自分の船を隠すようにした。
そして、
(ありゃ、海賊船じゃあるめーか?)
岩場に飛び移った漁師は、その陰から不審な船に目を凝らす。海面スレスレの岩場に潜んだ漁師には、船縁の高さからその中型船の中の様子は見えない。しかし、船側の手摺の辺りから十以上の人間の頭が動き回るのが見えた。
「海賊だったら……エトシアのマルフル様に教えねぇと……」
しばらく様子を見ていたその漁師は、そう呟くと自分の船に飛び移り、大急ぎで漁村に引き返すのだった。
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三月半ばの春の空は、低く霞みが掛かったような
昨年十一月にレイモンドを訊ねたユーリーとヨシンは、結局年末までアートン城に引き留められていた。その間レイモンドとアーヴィルは、しきりに二人を新設した近衛兵団に勧誘したのだ。しかし、王子と側近の近衛騎士の目論見は、辛くもダーリアに本拠を持つマーシュの介入によって潰える事となった。
休暇を過ぎても二人が戻らない事態に、流石に勘付いた民兵団と遊撃兵団の団長である騎士マーシュが自らアートン城に乗り込んで、王子直々の勧誘に困惑する可愛い部下二人を救出した、という格好だった。
しかし、レイモンド王子が手ずから勧誘した手前全く御破算とする訳にもいかず、今ユーリーが隊長を務めヨシンが副長を務める遊撃騎兵三番隊は、十騎全員が近衛兵団と遊撃兵団の兼務という形になっていた。
尤も、所属が近衛兵団と遊撃兵団の掛け持ちとなったからといって、ユーリー達三番隊の主要な任務は遊撃兵団のものばかりである。そして今、トトマとデルフィルの間を繋ぐ整備されていない街道を進む彼等は、トトマからデルフィルに戻る幾つかの隊商と同行していた。このままデルフィル側の関所へ彼等を送り届け、そこで今度はトトマへ向う隊商の護衛に付くのが今回の任務だったのだ。
昨年秋の不作によって、レイモンド王子領の穀物供給はひっ迫していた。例年の半分程度の収穫しか無かったのだから、それは当然である。しかし、それでもギリギリの所で破たんすることなく、都市部の穀物価格も例年の五割増し程度の推移で治まっていた。これは新体制となったレイモンド王子を支える、元アートン公爵マルコナとその老臣達の優れた内政手腕と、穀物供給を支えるデルフィル―トトマ間の街道を行き来する隊商達のお蔭だった。
その重要な街道であるが、これまで整備が
そして去年の十一月から始まった護衛任務は、当初遊撃兵団長のマーシュとロージの兄弟騎士が隊を率いて事に当たり、年末から年初めに掛けて大規模な野盗討伐を成功させていた。そのため現在街道に野盗が出るという話は聞かないが、それでも、重要な街道の安全に気を配っている、という態度を見せることはレイモンド王子領にとって重要な意思表示であった。
そういう政治的な意味合いもあって、現在は騎兵隊一隊と歩兵小隊一隊が輪番で警備を受け持っているのだった。
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デルフィル側の関所とトトマの街との距離は、精強な足の持ち主や馬で行く旅人ならば半日弱だ。しかし、重い荷馬車を伴う隊商や普通の旅人ならば早朝出発して夜遅くに到着する距離となる。また、その道中には村や宿場といったものは無く、人気の無い原野が広がっているのみだ。だから、余程の豪傑か思慮の足りない者以外は夜の街道を避けるようにするのが常だった。しかし、昼に街道を進んでも危険が無い訳では無い。実際、昨年の六月にこの街道を通ったユーリーとヨシンは白昼ゴブリンの集団に出くわし、迂回するために街道を外れ、難儀してトトマに辿り着いていた。
今は少なくなったといっても、少し前までは野盗の類が白昼堂々と出没するような、治安の良くない街道が、デルフィル―トトマ間の街道なのだ。
先頭で馬に揺られるユーリーはその時のことを思い出しつつ、周囲を警戒するように見渡している。背後からは、同じ隊の馬の蹄の音と共に車軸を軋ませる荷馬車の音も続いていた。荷馬車十台人数二十人程の中規模の隊商三つがユーリー達に同行していたのだ。
(このまま、デルフィル側の関所へ行き、そこで野宿して明日は引き返す。途中で第二小隊と、四番隊とすれ違うだろうな。どの辺かな?)
ユーリーは今日の行程をそのように考えていた。騎兵であるユーリーの隊は四日の間に街道を三から四往復するつもりだ。一方同じ任務に就く、第一歩兵小隊は隊商達の進行を無視してじっくりと時間を掛けて街道を一往復することになっている。そんな第一小隊だが、出発前の集合に手間取ったようで、ユーリーの隊は彼等が集合を終える前に隊商を伴いトトマを出発したのだった。今頃、彼等は少し後ろを進んでいる事だろう。
午前の時間は問題無く過ぎ、ユーリー達も隊商達も順調に進む。その間、ユーリーの集団は任務を終えてトトマに帰投する第二歩兵小隊とすれ違っていた。
「あれ、第一の連中は?」
「ああ、ちょっと出発に手間取ったみたいで、置いて来た」
「はは、アイツら
とは、第二小隊の小隊長とユーリーの挨拶代りの会話だ。そしてユーリーとヨシンはこれまでの状況を確認する。
「野盗は出たか?」
「いや、気配も無い……出ないに越したことはないよ」
「まぁ、そうだな」
ヨシンの問いに第二小隊長はにこやかに答えるが、ヨシンは少し不満気だった。そんなヨシンを肘で突くと、ユーリーは、第二小隊長に、
「そうか、分かった、気を付けて帰投してくれ」
と言い、彼等を送り出した。
「そっちもな、武運を祈る」
そう応じる第二小隊長は、久しぶりに街に帰投できるため、なんとも嬉しそうに去っていたのだ。そんな彼等を見送り、ユーリー達は先へ進む。太陽の高さから、そろそろ正午だろうと思われた。
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