Episode_13+α.02 練達


「しばらく見ない間に、凄い進歩ね」


 リリアとカトレアが模擬戦を繰り広げる森の近くで、大きな白亜の馬体の上にちょこんと腰掛けるレオノールは、独り言のように呟いていた。二人の戦闘訓練を見るのは三か月振りのことだった。丁度夏ごろから、カナリッジからドルド河を越える密猟者が増加したため、レオノールはそちらの対応に手を取られていたのだ。ドルド河に最も近いスミ村では、以前の密猟事件でおとりに利用された奴隷の少女が新たな守護者なっていた。しかし、守護者としての修練よりも、心と身体の傷を癒すことを優先するべき、というスミ村の人々の意見であった。


 結局その区域は別の守護者が監視していたのだが、目が届かず、結果的に再び密猟者が蔓延る兆候を見せていたのだ。調子に乗らせるとオーク並みに厄介なのは密猟者のみならず犯罪者にはすべからく共通することだ。そこで、レオノール自らが出向き完全に出鼻をくじく事にしたのだ。その試みは大成功で、ドルド河から越境しオーバリオン領の街、カナリッジまで出向いたレオノールは、ならず者と密猟者達に恐怖というものを知らしめることで、密猟を思い留まらせていた。


 そんな紆余曲折があったため、久しぶりに様子を見に来た、というのが今日のレオノールだったのだ。そんなレオノールは、相棒バルザックの背の上で、独り言のような呟きを漏らす。


「私って、今回ちょっと世話を焼き過ぎかしら……」

(望ンダ事ダロウ。ソレニ……)


 しかし、その呟きに反応したバルザックは、レオノールの心に直接返事を送り込んでくる。しかし、相棒の思念の中に自分の心の琴線・・・・に触れる内容が含まれそうなことを察知したレオノールは、


「ああ、言わないで、分かってるから……充分、分かってるのよ」


 と、珍しく少し声を荒げて相棒の思考が流れ込むのを押し止めていた。何度も自問自答した内容だった。人の運命を見ることの出来る異能、それを積極的に使うことを自戒していたレオノールは、まさにその戒めを自ら破っているのだ。それでも、


(分かってるのよ。でもこれは、成就しなかった私の恋の続きだもの)


 そう噛み締めるように思うレオノールは、胸の中で想いの相手を思い浮かべる。艶成す黒髪に黒曜石の瞳。黙っていれば怜悧な表情を浮かべる整った顔立ちは、しかし常に快活に笑っていた。そんな男は、友を愛し、弱者を守り、理不尽を最も嫌う、魔術剣士ルーンフェンサー。今でも鮮やかに思い描けるその男 ――マーティス―― の面影はユーリーの上に濃く表れていた。当然だろう。北の小国の王子の座から出奔し、中原に名を轟かせた傭兵団の首領、レオノールが長い生涯で唯一愛した男の血筋。レオノールが心から望んで、自分によって成したいと願った血筋。運命の歯車が、一つ別と噛み合えば確実にそうなったはずの未来。叶わなかった愛の結晶のひと欠片かけらがユーリーだったのだ。


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(私もお人好しね、恋敵の孫を守りたいなんて)

 

 マーティスの孫ならば、必然的に恋敵の孫でもある。皮肉を込めてそう考えてみたところで、それは何にも ――憎悪も嫉妬も―― 呼び起こさない、思考の遊びだった。そこに、


(デモ、リサ・・ハ良イ娘ダッタゾ)


 これまで沈黙していた相棒バルザックの思考が割り込む。尤もな意見だった。あの日、傭兵団を、マーティスの元を去る事になったあの日、想いを告げたレオノールに対してマーティスはリサを選ぶという選択をした。そして、レオノールはその選択を受け入れ、リサという少女を祝福したのだ。もう六十年近く前、数百年という寿命を持つ古エルフの彼女にしても、昔だと感じるほど前の話だった。


「うるさいわね!」

(スマン……)


 苦笑いと共にそんな言葉が彼女の口をついて出た。言葉通りに不快を感じている訳では無いことは、思考の繋がった一角獣バルザックには良く分かっている。しかし、背中の上の相棒にいつまでもねた態度を取られるのも嫌だった彼は、話題を変えるように、気になったことを問い掛けていた。


(ナァ……リリアノ精霊力、特ニ風ノ精霊力ダガ……不自然ニ強ク無イカ?)


 一角獣バルザックは、盟約の相手である守護者レオノール共々、非常に強力な存在だった。この世に存在を与えられて数百年経つこの幻獣は、極属性光の力を秘める上に並みの精霊術師以上に精霊を操る事が出来る。そんな彼の眼にも、リリアの操る精霊術、特に風の精霊術は非常に強力に映っていた。


「そうね、私も気になっていたわ……何かあったのかしら?」

(幾ラ、カトレアノ教エ方ガ上手イト言ッテモ……)


 以前からリリアには風と大地の精霊が纏わり付いているような印象があった。それは、精霊と親和性が高いという素養の高さを示すものだ。しかし、幾ら親和性が高いと言っても、力の進歩にはそれなりの時間を要するのが常識だ。だが、少し離れた場所でベテランの守護者と対峙する少女の操る力は、その常識を覆す進歩を見せていたのだ。


「これが、愛の力ね!」

(……ナンデモソコニ持ッテイクノハドウカト思ウゾ……)


 相棒バルザックの冷静なツッコミに、レオノールは自信ありげな表情を崩さなかった。


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 迫り来る矢の雨にカトレアは舌打ちをしつつ、それを手に持った短槍で払い落す。彼女はリリアとの対峙で、もう一か月以上前から遠距離では明らかに押される展開を経験していた。その上、最終試験と位置付けた今日の訓練で、リリアは明らかに一段調子を上げていたのだ。守護者以前に森を棲家とするドルドの民として、完全に森と同化したはずのカトレアは、リリアによって簡単に位置を特定されていた。その上、こうやって攻撃を受けている最中であっても、カトレアにはリリアの位置が良く掴めないのだ。


(こんなんじゃ、どっちが師匠か分からないじゃない!)


 ドルドの民としての矜持と守護者としての矜持が折り重なり、カトレアは内心でそう叫ぶ。そして、


「どうなっても知らないわよ!」


 と踏ん切りをつけるように声を上げると、ついで力強く水の精霊に呼びかける。


「水精よ、来たりて我に助力せよ!」


 その言葉を合図に、カトレアの足元を深く絡め取っていた泥濘ぬかるみの表面に変化が起こる。濁った泥を割って噴き上がるように清らかな水が湧き出したのだ。それは、水の精霊を呼び出す「水精招来コールアクア」の精霊術だった。リリアが風と大地の精霊から、加護、といっても良いほどの助力を得られるのに対して、カトレアの得意は水の精霊の使役だった。


 途切れる事無く湧き出した清水は、リリアの泥濘の軛スラッジバインドを割り破るように辺りに澄んだ水溜りを作る。そしてその澄みやかな水面に立った・・・・・・カトレアは、更に降り注ぐ矢を見据えると、


「水蛇よ、仇成す敵を見つけ打ちのめせ!」


 短槍を振るいリリアの矢を叩き落としながら、カトレアがそう命じる。すると、水面の一部が盛り上がり、瞬く間に三匹の大きな牙を生やした大蛇の姿となった。水蛇すいじゃ、つまり水の大精霊である。三匹の透明な水の大蛇は鎌首をもたげると周囲の森へ向けて頭を巡らす。


 カトレアは、自分で探すことのできない相手リリアの存在を精霊の目によって捜させる。そして直ぐに三つの頭は同じ方向を見て動きを止める。そして一拍後、バシャッという水面を打つ音を立てて、三匹の水蛇が大牙のあぎとを大きく開け、森の中を槍のように突き進んだ。その後ろには、少し遅れてカトレアの姿が続いていた。


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