Episode_13+α.01 試練
アーシラ歴495年 12月 ドルドの森
エルフの住む街ドリステッド、その近郊にある森はドルドの中でも奥まった内陸の土地だ。この一帯は、冬であっても雪が積もることは稀である。西の海岸沿いは、可也の積雪を記録することがあるが、内陸のこの場所は、北に
――西の海岸には、遥か南の炎の門から温かい海流が流れているの。そこから立ち上る湿気が、北にある寒風の門から吹きだす風とぶつかり、雪になるのね――
とは、レオノールの説明であった。彼女の説明によると、この世界の北には風の王が司る「寒風の門」という物があるという。そして南には燃え上がる炎の龍が司る「火炎の門」があるのだという。その対比でいえば、西や東には夫々水と大地を司る何かがあるのか? とリリアは疑問を発したことがあったが、
――私は知らないわ、見たこと無いもの――
という返事だった。頬を撫でる冷たい風に、ふとそんな話を思い出していたリリアは、そこで思考が横道に逸れるのを封じると自分の置かれた状況に集中する。
(どこかしら……?)
風に枝を揺らす木々のさざめきが響く森、リリアは心を落ち着けると、さざめきを
そしてリリアの脳裏に、木立の間に潜むカトレアの姿が浮かび上がる。
(風だけでも、言うことを聞いてくれるようになったんだから上出来よ)
彼女の考えが示す通り、風の精霊は
枯れ果てた下草の上を少女の影が音も無く動く。リリアは木立の間を駆け抜けつつカトレアに対して優位な場所を目指す。彼女を取り巻く風の精霊は完全に彼女の物音を消し去り、拮抗した大地の精霊は相手が封止を続ける限り、リリアの動きをカトレアに伝えることは出来ない。
そして、あっという間にカトレアの背後に回ったリリアは、木立の向こう、まだ姿が見えないカトレアの存在を意識しつつ
(ヴェズル、視界を頂戴!)
リリアの呼掛けと殆ど同時に、
(そこにいるのね!)
その視界はリリア自身の姿と木立の間に潜むカトレアの姿の両方を網羅していた。そして、リリアはカトレアの場所を正確に把握すると、その視界を一旦遮断する。そして、
「冷たき
精霊を使役するために必要なのは、対象の精霊と交流させた意志の力である。必ずしも声を発する必要はない。ただ、発声は意志の力を明確にするという働きを持つ一面がある。だから、リリアは断定的で命令的な口調をもって風の精霊に具現化を呼びかけたのだ。そして、常に彼女を取り巻いている風の精霊は、その詰めた呼かけに応じる。そして、リリアの視界の奥、木立に隠れて見えない場所に突如旋風が起こった。風の精霊術
「うぐぅ」
木立の奥から籠った声が発せられた。そして地の精霊を封止した狭い区域からはじき出されるように、カトレアの気配が動いた。その様子は未だリリアの視界には捉えられていないが、風の精霊によるイメージでそれを察知した彼女は、ついで地の精霊に呼びかける。
「地の精霊よ、
リリアの呼掛けに応じた地の精霊は、カトレアによる「
「しまっ……」
木立の奥から響く
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普段の訓練よりも一段と真剣な様子で対峙するリリアとカトレア。そもそもリリアがドルドの森を訪れて一年が経過していたこの時、この二人の様子にはそれなりの訳があったのだ。
翌月一月の満月の夜は、レオノールによると「大満月」と呼ばれる特別な夜だという。そして、数年から十数年に一度という不定期な周期で訪れる「大満月」の夜には、ドルドの森に生息する古代樹に
そして、レオノールがリリアを性急に鍛えようとカトレアに預けたのも、この「大満月」の夜を見据えての事だった。しかしレオノールには、リリアを一角獣の守護者としようという意図は無かった。
実は、リリアがドルドの森にやってきたばかりのとき、彼女はレオノールに「一角獣の守護者」となることは可能か? と問いかけていた。そしてその時のレオノールの返事は、
「貴女は駄目よ、だって処女じゃないもん」
というものだった。勿論
「私は未だ――!」
と反論しかけたが、レオノールによると
「あぁ、肉体的という意味じゃなくて、精神的にね。貴女はもう処女性が無いの」
と言うことだった。そんなレオノールの言葉足らずの説明に少し苛立ったリリアだったが、続く彼女の言葉には黙って頷くしかなかった。
「貴女が
とのことだった。実際、守護者となった若い娘が男と恋に落ちたとき、盟約を結んでいた
「ノヴァとルカンの例が特殊なのよ。あの二人の繋がりは盟約以上の深いものだった。相棒というよりも、親子か兄妹に近い感覚だったんじゃないかしら」
と言うことだった。
結局、リリアを一角獣の守護者とする意図の無いレオノールが、彼女を「守護者と同等」まで鍛えるようにカトレアに依頼した理由は、別の狙いによるものだった。それは「大満月」の夜、古代樹に満ちるエーテルに吸寄せられてやってくる精霊種、特に大精霊と呼ばれる力の権化とリリアを引き合わせ、「盟約」に似た加護を与えようという目論見だった。
それは、未だ嘗て他に例がない試みだった。しかし、未来や運命を見通す力を持つ
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