Episode_13.27 王都コルベート


 アーシラ歴495年12月


 コルサス王国の王都であるコルベートは「リムル海の真珠」と褒め称えられる素晴らしい景観を伴った大きな都だ。リムル海に緩く突き出たコルタリン半島の最南端に位置し、街全体が岬の上に存在している様子が、海の上や街道沿いの陸地から見ると、まるでリムル海に街全体が浮かんでいるように見えるのだという。


 そんな街は、北の山間部で採れる石灰岩の白を基調とした建物が立ち並ぶ整然としたものだ。そして、今でも人口三十万を超える人々が住み暮らす街は、建物のみならず、全体を取り囲む城壁さえ白を基調として作られている。コルサス王家がその紋章に描く東から上る朝日、丁度それを浴びた街並みは文字通り白亜にきらめく真珠のようであった。


 そんな王都が存在する海に突き出た岬という地形は、その景観だけではなく王都の防衛という面でも優れた機能を有している。王都の北には半島の名前の由来ともなったコルタリン山系が聳え、その急峻な起伏は王都の直ぐ北まで迫り、まるで東西をこの岬の北で隔てる壁のように聳え立っている。そのため王都を侵そうとする者は、その急峻な山系の西か東を迂回せざるを得ない。西を回るならば、タバンの街とその南に数か所存在する要塞群を抜く必要がある。そして東を回る場合は、南トバ河の急流を乗り越えてターポからタリフへ攻める必要がある。そして、敵がどちらの経路を辿ったとしても、最終的にはコルタリン山系の急峻な山が天然の要害として侵略者に立ちはだかるのである。


 一方王都には、山から供給される豊富な地下水脈があり飲み水に事欠くことはない。また食糧や物資の輸送は海から自由に行えるという立地である。正攻法で攻め落とすには、陸と海の両方から攻める必要がある。それが、長くコルサス王国を支えてきた王都コルベートという都なのだ。


 そして、その王都の南側に聳え立つのは、コルサス王家の城パルアディス。又の名を白珠城と言う大きな城である。三つの城郭を持つ構造はリムルベート城と同じものだが、全体の造りは全く異なる。リムルベート城が断崖とそれに続く斜面を利用し東北へ向けて城郭を伸ばした構造であるのに対して、白珠城パルアディスは、宮殿を中心に同心円状に城郭を形成している。そして、第三城郭の外、北側はいわば第四城郭と言える城壁に囲まれた街が存在している。一方南側には、巨大な据え置き型の投石器カタパルトを二十基据え付けた海に面する砦となっている。さらに東西は第三城郭の外が直ぐに船着き場となっている構造だ。東西の船着き場には、その沖に長い防波堤が設けられ、防波堤と陸地を繋ぐ根本の部分は、船に対して攻撃力を有する大型固定弩バリスタ投石器カタパルトを有した水城となっている。


 そんな白珠城パルアディスの中心部、宮殿の更に奥では十人弱の人々による話し合いが白熱していた。


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 長方形の卓の上座に座るのは、ライアード・エトール・コルサス。前王の弟で、レイモンド王子の叔父に当たる人物、そしてコルサス王国を二分する内戦の片方の勢力の首領である。齢五十を過ぎた老齢だが、その容姿は前王ジュリアンドに似た整った顔立ちである。加齢による皺や、頬の落ちた様子を取り除けば王子派首領レイモンド王子の風貌にとても似ている。


 そのライアードは、意見を交わす人々の声を瞑目して聞いていた。その様子は彼の側近達には見慣れた光景であったため、誰も気にせずに意見を戦わせている。


「不作の影響は思った以上に深刻です。今年の初めに落としたストラとその周辺。それにタリフやタバン近隣の穀倉地帯は収穫量が半減……いや、それよりも悪――」


 そう言うのは、ガリアノ・エトール・コルサス。ライアードの長子であり近衛騎士隊長を務めている青年だ。その立場は皆から王子・・とうとばれるべき存在である。しかし、彼の発言は途中で遮られてしまう。遮ったのはライアードの右腕と言われる宰相ロルドールだ。彼は宰相であると同時にタリフの太守も務めている。そのため、ガリアノが言い掛けた話の内容が気に入らなかったのだろう。


「お言葉ですがガリアノ様、我がタリフの街と周辺の農村は例年通りの税を治めましたぞ。それに、聞けば農民の連中は、この期に及んでも穀物類を溜め込んでおり、昨今の穀物価格高騰を好機と、闇市で売り捌いているということです」


 その言葉に賛同するように、もう一人の中年男性が口を開いた。彼は、ガリアノが言及したもう一つの街タバンの太守アンディーという男だ。彼はさも迷惑そうな口ぶりで言う。


「それは我がタバンも同じだ。陛下の御前で、何処で仕入れてきたかもわからないお話をするのは止めて頂きたい」


 二人の言葉に、ガリアノは奥歯を噛締める。そこへ、


「お兄様は少し臆病が過ぎるのです。確かにコルベートの街にはそのような噂は流れていますが、それは穀物価格を吊り上げようとする四都市連合の商人達の風説です」


 そんな若い声がする。声の主は、スメリノ・エトール・コルサス。ガリアノよりも二つ歳の若い二十一歳の青年はその名の通りライアードの実子である。若くして、王の鎧、と呼ばれる第一騎士団を任されている傑物だ。そんな彼の言葉にガリアノの表情は苦虫を噛み潰したように渋くなる。一方、兄の表情が変わったことに、スメリノは動じるどころか、得意気な顔で宰相ロルドールや太守アンディーの方に笑い掛けていた。


 ガリアノとスメリノは兄弟であるが、ガリアノは妾腹、いやめかけとも言えない身分の低い女が生んだ男子だ。一応初子ということと、ちょっとした事情があって宮殿に迎え入れられている。一方スメリノはライアードの正室が生んだ嫡子という扱いになり、宮殿内での地位はスメリノの方が上位となるのだ。また、スメリノ率いる第一騎士団は、今年春のアートン勢によるディンス奪還作戦を防ぎ、逆にストラを攻め落とし反攻作戦の立役者でもある。


「流石はスメリノ殿下、ご慧眼であらせられる」


 そんなスメリノの言葉に、宰相のロルドールは追従ついしょうしてみせる。因みに王弟ライアードの正室は宰相ロルドールの末の妹である。つまりスメリノと宰相ロルドールは甥と伯父の関係に当たるのだ。そのため、宰相ロルドールは何かにつけてスメリノを贔屓にする。そして、その事に誰も文句を言えないのが、白珠城パルアディスの宮殿内の事情である。


 しかし、そんな馴れ合いのやり取りに、別の所から不満気な声が上がる。


「今日は、そのような話をする場ではないでしょう。当面、民衆派によって統治が麻痺しているターポとトリムをどうするか? または、不作と政変に揺れるアートン側を攻めるのか? その点を中心に話すべきと思います」


 少し苛立ったような声の持ち主は、ギムナンという老齢の男。彼は民衆派によって街の機能が麻痺しているトリムの太守であった。その声に、隣に座っていた同じ境遇のターポ太守スダッドが頷く。彼等としては、国土の要衝であり、自分達の権益があるターポとトリムを正常に戻すことが至上命題だった。しかし、彼等の手持ちの軍事力では最近力を増しつつある民衆派の実働組織「解放戦線」を駆逐することはできそうも無かった。そのため、ライアードが騎士団の派遣を命じることを期待してこの場にいるのである。


 彼等二人は政治的に苦しい立場であったが、そんな彼等に思いもかけない援軍があった。それは、


「陛下、私としてはターポとトリムの正常化、そして民衆派の後ろ盾となっているアフラ教会の駆逐を、目下の目標とするべきと考えます」


 力強く、ハッキリと喋る声の主は、レスリック第三騎士団長である。前王ジュリアンドの近衛騎士隊長であった彼は現在第三騎士団、通称「王の盾」の団長である。今年の春先のディンス攻防戦に第三騎士団を率いてスメリノ率いる第一騎士団の援軍に向い、あっという間にアートン勢を押し返してストラを奪った反攻作戦の影の功労者・・・・・だ。そして、その後はストラの前線を任されている。彼の騎士団約三千は大半がストラに駐留している状態だった。


 そんなレスリックの意見にギムナンとスダッドの顔が綻ぶ。しかし、直ぐに別の声が上がる。


「レスリック殿! 貴殿は目の前のトトマとエトシア砦を見ておれば良いのだ。わざわざ東に構う必要はない」


 棘のある言い方でそう発言したのは第二騎士団「王の剣」の団長のオーヴァンだった。第二騎士団は王都コルベートの東側を受け持っているのだ。管轄外から口を出されたことを不愉快に感じたのだろう、その顔は不機嫌そうだった。


「オーヴァン殿が第二騎士団を率いるならば尚良し。しかし、民衆派の思想は流行病はやりやまいの危うさを持っております。陛下に置かれましては、ご熟慮を……」

「だから、余所の仕事・・・・・に口を出すなと言っているのだ!」


 しかし、オーヴァンの不愉快さなど気にも留めないレスリックは、そのように言い、結果としてオーヴァンは激昂したように声を荒げた。


「オーヴァン殿、陛下の御前です。レスリック殿も、良い加減で控えぬか……第二第三騎士団は陛下の剣であり盾である。仲良くしてもらわなければ困る」


 仲裁に入った宰相ロルドールの言葉に、オーヴァンは未だ何か言いたそうに口をゴモゴモと動かす。一方のレスリックは一礼すると、口を堅く閉ざした。そして、暫く沈黙の時間が続いた。


「ところで、アートン側の領内はどのような様子なのだ?」


 沈黙を破るように声を上げたのは、スメリノ第二王子だ。彼の質問は宰相ロルドールに向けられている。


「はい、不作ということで、十月の徴税率を大幅に減じたようです。その上で足らない分をデルフィル経由で運び込んでいるとのことです。しかしアートン公爵の失脚・・による領内の混乱は相当大きいようで――」


 そう言って説明を始める宰相は、実際に掴んでいる情報を捻じ曲げた状態でアートン側の状況を説明する。情報を選別し、加工し、自らの思惑に沿うように伝えるのは、情報という戦略資源を一手に牛耳る者の特権だ。そして、その説明に第二騎士団長のオーヴァンが我が意を得たり、と口を開く。


「ならば、今すぐにでもエトシアからトトマへ攻め上るべきだな! 相手は長い補給線を此方に曝している状況ではないか? なぁレスリック殿、そう思わんか?」


 先ほどの意趣返しとばかりに、レスリックの受け持つ西側に口を出すオーヴァンである。対するレスリックは、しかし、平静とした表情で、


「陛下の御心のままに」


 と答えるだけだった。


「父上、これは好機ではありませんか? アートン側はアートン公爵が領政を奪われ・・・・・・政治も軍事も混乱の極みと聞きます。その上、海へ通じる港を持たないアートン勢は、陸路を繋ぐ街道が生命線。その遮断は兼ねてより重要な戦略目標です。ここは行動に移るべきかと」


 スメリノ第二王子はそう言って瞑目したままの父ライアードに向き直った。一方、


「いや待つのだ。いま兵を挙げるのは不作に苦しむ民の上に、更に重石を据え置くことになり兼ねない、一年待ってからでも遅くはないと」

「まだ仰るか! だから兄は甘いのだ」


 ガリアノは尚も反対する言葉を述べるが、スメリノはそれをまるで「黙っていろ!」と言わんばかりに封じ込めた。そして母違いの兄弟はその場でにらみ合うように向き合う。その時、長く瞑目していた王弟ライアードが目を開けると、威厳のある声を発した。


「スメリノ。母は違えど、兄弟仲良くな……しかしガリアノ、好機を前に全てが準備万端と整っている事態などありえない。常に何かが足らぬ、何かが噛み合わぬ、そのような状況で判断を下すことが大切なのだ」


 ようやく口を開いた王弟ライアードは、スメリノの態度とガリアノの弱気を窘めるように言う。そして、


「オーヴァン、第二騎士団を率いてストラへ向え。そして、レスリックの第三騎士団と共闘し、エトシア、トトマの攻略準備を行うのだ」

「御意……」

「……主命とあらば」


 その指示に、レスリックは短く答える。一方オーヴァンは少し不満気な表情を無理矢理押し殺したような返事となっていた。その二人の様子に頷いたライアードは、続いてスメリノに向って、


「スメリノの第一騎士団はディンスから兵を退き、ターポへ向かうのだ。ターポの民衆派と言われている連中が起こしている騒ぎの鎮圧し、その後はトリムへ」

「わ、分かりました……」


 「王の鎧」と呼ばれる、スメリノ率いる第一騎士団は最も勢力が大きく、騎士と兵士を合わせて六千を数える規模に上る。その内半分は、王都コルベート防衛の任に就いているが、残りの半分はこれまでディンスに駐留していた。王弟ライアードは実子スメリノにその三千を率いて東のターポとトリムの状態を正常化させよと命じたのだ。スメリノにしてみると面白くない決定だが、拒否することは出来なかった。そのため渋々と言う面持おももちでそれに同意するのだった。


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 この十二月の会合を受け、王弟派領内の軍の配置が動いた。スメリノ率いる第一騎士団の半数三千は、命令通りにディンスの街からターポへ移動した。一方、オーヴァン率いる第二騎士団総勢三千は、駐留地をタバンからディンスへ転じ、第一騎士団と交代する形でディンスからストラの前線を支える格好となる。更にライアードの命令により、第二、第三騎士団は協力してエトシア砦とその背後のトトマを攻撃する作戦の準備に取り掛かった。


 一方、スメリノ率いる第一騎士団半数の三千は、命令通りターポとトリムへ向かうと民衆派の摘発という難しい仕事に従事することとなった。しかし、スメリノは事態を楽観視しているように、気負った様子もなくターポへ向かうのだ。その様子を「民衆派」の活動著しいターポとトリムの老太守は諸手を挙げて歓迎していた。少なくとも、スメリノと第一騎士団の着任間も無くまでは、そのような態度であった。二人の老太守はスメリノ王子と第一騎士団によって、鬱陶しい民衆派と何かにつけて都合の悪い説法を説いて回るアフラ教会の活動は直ぐに鎮静化に向かうと、その時は、信じていたのだ。


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