Episode_13.25 通わぬ想いⅠ


アーシラ歴495年11月 アートン


 山間に位置するアートンの街はトトマやダーリアといった平地の街とはおもむきを異としている。北から街の東西三方向を小高い山の連なりに囲まれ、そして、北側の山地を背に街を見下ろすアートン城を頂いた街の全景は、さながら天然の城塞都市のように見える。そんなアートンの街は、北のアートン城を頂点として南に広がる平地と、それを南北に割って流れるトバ河へ向けて、なだらかに繋がる勾配の上に位置している。


 アートンの南の防衛線とも言えるトバ河は全体的に流が急であることから男河おとこがわと呼ばれている。丁度、リムルベート王国内を流れる穏やかなテバ河を女河おんながわと称するのに対比した呼び方だ。そのトバ河の流れは遥か東北の龍山山脈を源流とし、北部森林地帯で幾つもの支流と合流する。そして、アートンの東を囲む山並み東側を沿うように流れ、アートンの街の南、丁度レムナ村の付近で二つに分かれる。それ以降、西へ向かう流れを西トバ河、南へ向かう流れを南トバ河と称するのが一般的だ。豊富な水量を誇っているが、流れが急であることから、リムルベート王国に見られるような運搬船を用いた河川交易は発達していない。


 そのような立地に在るアートンは内陸の、それも奥まった場所にある都市である。それでも、東西に走る街道の中継地として、更に南のリムン峠という難所を越えるための中継基地として栄えてきたアートンは人口十万を数える大きな都市である。また、昔から鉄を産する土地であることも、大きな人口を有する理由の一つと言えるだろう。アートンの北に連なる山から採れる鉄鉱石と豊富な森林資源を燃料とする製鉄事業は長く西方国境伯アートン公爵家のみならず、コルサス王国をも支える重要な産業であった。


 そんなアートンの街を、ユーリーとヨシンは初めて訪れていた。先月のオル村付近の金鉱脈を巡る事件の後、関係者には一か月の休暇が与えられていた。その休みを利用し、レイモンド王子に面会を申し入れたのはユーリーとヨシンの側だが、入れ違いにレイモンド王子側からも呼び出しがあったのだ。そういう経緯でアートン城に招かれた二人は、曲がりくねった登り坂の大通りを下馬して進むと、見上げるほどに聳え立つ強固な城壁を誇るアートン城へ入って行くのだった。


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 その日の午後遅くにアートン城へと到着したユーリーとヨシンの二人は、居館の奥にある謁見の間ではなく、東側に渡り廊下で繋がった館へ通された。そして、館の一室でレイモンド王子や騎士アーヴィルらと数か月振りの再会を果たしたのだ。


「着任早々の大活躍だったな! 詳しい話を聞かせて欲しい!」


 そう言ってやや前のめりに二人を出迎えたのはレイモンド王子。謁見の間での宰相マルコナや他の老臣家老達を交えた面談ではなく、私的空間である館へ二人を招いたのは、このような話を聞くためなのだろう。因みに、レイモンド王子の私的空間と言えるこの館は、公爵時代のマルコナがレイモンドのために城内に建てたものである。城の機能の一部でもある居館とは趣を別にした質素でこじんまり・・・・・とした造りとなっている。今はアートン城の主となったレイモンドは、本来居館に移るべきなのだろうが、幼いころから住み暮らしていたこの館が気に入っているようで、今のところ住まいを移す気配はなかった。


 そんな館の居間は、大人が詰めても二十人は入らないだろう、という広さである。調度品の類も極少なく、一応しっかりとした造りの長椅子とテーブルは置かれているが、石造りの床は部屋の端で絨毯から顔を覗かせている。これが、リムルベート王国のそれなりの貴族であれば「座敷牢に幽閉されているのか?」と疑問に思うほどの素っ気ない部屋である。しかし、部屋の造りや豪華さにこだわる人間はこの場所にはいなかった。


 勢いの良いレイモンドの質問で出迎えられた二人は、挨拶もそこそこに鉱脈警護の任務の顛末の話をする。途中木人の下りでは、アーヴィルの顔が微かに蒼ざめたがユーリーが「火爆波エクスプロージョン」を土壇場で成功させた下りでは、感嘆の声を上げていた。そして、あらましを説明し終えたところで、


「うむ……報告書では見ていたが、やはり全く状況が伝わっていなかったのだな」

「そのようですね」


 とレイモンドとアーヴィルが言葉を交わす。実はオル村の金鉱脈の警備は遊撃兵団に下命される前は、トトマの衛兵団が受け持っていたのだ。しかし、次第に頻度を増すコボルド達の襲撃に対し、衛兵団の兵ではどうにもならず、遊撃兵団にお鉢が回ってきたと言うことだった。また、その際に襲撃者が狗頭鬼コボルドであることも、それらの中に「木人」と呼ばれる異形の怪物がいたことも情報として伝達されていなかったことが問題となっていたのだ。


「しかし、同じ民兵団の中だろ?」


 とは、事情を知ったヨシンの素直な言葉である。先の戦闘で負った傷はすっかり治ってしまっているが、窮地に準備も無く飛び込んだ格好となっていた自分達の状況に文句を言いたくなるのも分かるというものだ。そして、それはユーリーも同じことだった。声こそ上げないが、彼も少しムスッとした表情になっていた。


「編制されたばかりで、部隊間の連絡が上手く行かなかったということだ。済まない」


 そんな二人の様子にアーヴィルは素直にそう認めると頭を下げた。既に各部隊には厳重な通達を出しており、今後は部隊間の連絡を受け持つ専門の部署を作ることも検討している、不満気な二人の青年に伝えた。更に、


「今回の件で問題点が分かったんだ……任務に携わった皆には申し訳なかったが、再発しないよう最善を尽くすと約束する」


 とは、レイモンド王子の言葉だ。言葉だけでなく表情も態度も真剣なものに変わっている。そして、レイモンドにそこまで言われてしまえば、それ以上言うべきことが無くなるユーリーとヨシンなのだった。


 その後、金鉱脈襲撃事件の問題点を整理した彼等は、次にユーリーとヨシン側の用事に取り掛かる。それは二人の本来の立場 ――リムルベート王国の「東方見聞職」―― における本国への報告内容についてだった。


 ユーリーからすれば、別にレイモンドにその内容の了解を取る必要も無ければ、内密のままに何処かの隊商に託す事も出来る報告書である。しかしそうはせずに、内容を事前に見せるという選択をしたのは、ユーリーとヨシンなりの誠意と友情の示し方だった。


 勿論その想いはレイモンドにも十分伝わっている。既にレイモンドは、ユーリーとヨシンの二人の助力を「他国の騎士だから」という理由で拒むつもりは無くなっていた。演習事件前夜にアーヴィルから或る話・・・を聞かされていた事もその理由だし、演習事件直後に従姉いとこのイナシアからかたくなな態度をきつく戒められた事も理由の一つだ。しかし「民による国造り」を目指すレイモンドにとって、身分の違いを乗り越えて友情を育めるユーリーとヨシンという存在は特別な物であったのだ。


 そのように考えているレイモンドは、二人にこのまま館へ留まるように頼んでいた。今晩は二人を招いて夕食を共にするつもりだったのだ。一方、引き留められたユーリーとヨシンには(夕食と聞いて)断る理由は無かった。そして、夕暮れ近くには粗方の話を終えた彼等はそのまま館に留まると、ささやかな晩餐のテーブルを囲むことになった。


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