Episode_13.23 援軍


 時間は少し溯る――


 ユーリーの三番隊や第一歩兵小隊がコボルドの大群を迎え撃つ少し前、夕暮れ前のオル村では、野営地への襲撃を報せる斥候役の狩人が警戒を呼び掛けるユーリーの言葉を伝えていた。


「ホラ見たことか、街人を森に呼び込むからこんな問題が起きるんだ!」


 自然崇拝者ドルイドの格好をした一人が、その報告を聞き喚く。彼の言葉は集まった村人達から一定の賛同を得ていた。一方の村長は、


「しかし、コボルドが巣食っていた北の沼はドレイクに奪われ、そのドレイクが我々の狩場を脅かしていたんだぞ。街人の助けが無ければ、我々は別の場所に移らざるを得なかった」


 そして、報せを持ち帰った狩人も、


「ドレイクかコボルドか、街人の彼等がいてもいなくても驚異は村の周辺にあることに変わりは無い」


 その言葉に狩人仲間達が賛同する。


「ならば、別の場所に移ればいいだけだ。今までだってそうやって生きて来たんだ、今更街人を真似て、同じ土地にこだわる必要はない」


 対するドルイドの言葉は、今度は余り賛同を得られなかった。短い間だが、トトマの街を中心とした街人達と交流交易が生じていたオル村の人々は、少なからず文明的な暮らしの恩恵を受け始めていた。トトマの人々からもたらされる衣類や生活用品、調合された薬や珍しい食べ物は、厳しい森の自然の中で生きてきた森人達の生活様式を少しずつ変えようとしていたのだ。


 その雰囲気を察したドルイドは、不満そうに押し黙る。そして彼に代わって長老が口を開いた。


「木人はどうするんじゃ? 如何に街人の暮らしを受け入れようとも、森で暮らす以上、森の化身である木人の怒りを買った我らは必ず森に呑みこまれるぞ……」


 流石に長老の言葉に、集まった村人達の表情は不安に染まる。しかし村長は負けずに言う。


「その木人ですが、本当に伝承にあるような森の化身なのですか? 何故コボルドの味方をするのでしょうか? もしもアレが単なるコボルドの守り神のような存在ならば、我々は必要のない『畏れ』を感じているのではないですか?」


 村長の心情としては街人の肩を持ちたい。多少贈り物や便宜によって懐柔されたところは有るが、彼はオル村のリーダーとして、集落の人々の暮らしが良くなる選択をしたかった。喩えこれまでの習慣風習を少し変えるとしても、取り入れて損は無いと考えている。


 更に長老達が騒ぐ「木人」についても、村長は完全に信じた訳では無かった。前回の襲撃時に見掛けたソレは、確かに木で出来ていて人のように動いていた。しかし、伝承にある木人は、精気溢れる大木が長い年月を掛けて自我を持ち動き出した存在、とされている。立ち枯れた老木が上下逆さまの状態で、コボルドの群れに付き従うような存在では無いのである。


「うむ……」


 村長の言葉に、長老も考え込んでしまう。長老もまた、同じように感じていたのだ。ただ、彼の場合は昔ながらの生活様式を守っていきたいという思いが強いので、あの存在を木人として利用しているのだ。勿論、その事の自覚もある。


 長老が黙り込む間、村長は一つの提案をしていた。


「長老、ここはしっかりと見極めるのが我々の責任ではないですか? その上で、残る者は残り、去る者は去れば良い。私は其れが自然に従った判断だと思います」


****************************************


 再び時間は戻る――


 ヨシンが強烈な一撃を放つ瞬間、ユーリーもまた攻撃術を放っていた。既に五回以上連続して強力な「火爆矢ファイヤボルト」を放っていたユーリーは、それまでの消耗と合わさって軽い魔力欠乏症の症状を感じていた。そのため、その瞬間放った術は魔力の消費が少ない「火炎矢フレイムアロー」だった。


 十本の炎の矢が群れとなって木人を目指すが、これまで通り分厚い土壁が地面からせり上がり、それを受け止める。そして、表面を削り取られた状態で土壁はそこに残っていた。既にユーリーと木人の周囲には「火爆矢」によって突き崩された土壁の残骸と、そのまま形を保っている土壁が点在している状態だ。


 その時ユーリーの視界は、奥でヨシンが木人へ一撃を加えたのを捉えていた。


(やった!)


 ユーリーは内心で喝采を上げる。しかし、次の瞬間息を呑んだ。ヨシンが木人の太い幹のような腕で弾き飛ばされたからだ。


 頑丈な親友は、地面を少し転がると直ぐに起き上がり、愛用の長剣を抜き放つ。その光景にユーリーはホッとしたが、それも束の間、親友の周辺に生じた異変を察知していた。ヨシンを中心とした周囲の斜面がみるみる内に泥濘ぬかるみへと姿を変えたのだ。それは、以前リムルベートの第二城郭で一角獣の守護者ノヴァが使用した「拘泥の軛スラッジバインド」を彷彿とさせる光景だった。


(不味い!)


 ユーリーは親友の危機に、魔力欠乏症の症状である頭痛や吐き気から意識を切り離し、再び「火爆矢ファイヤボルト」の術を発動させていた。


***************************************


 一方、野営地内では少し前から、第一歩兵小隊とコボルド達の戦いが繰り広げられていた。


 二つの勢力が衝突した丘の上の野営地は、上から見ると綺麗な円形になっている。そこへ襲い掛かったコボルド達は、東側から斜面を駆け上がるとそのまま低い柵を乗り越えて野営地に侵入していた。彼等は三匹の大柄なコボルドに率いられて、夫々が北、中央、南の三手に分かれていった。その動きは統率された軍隊そのものという、整然としたものだった。


 一方、彼等を迎え撃つ第一歩兵小隊は、以前の雑兵然とした集団ではなくなっている。今年の夏の演習事件を潜り抜けた彼等は、自信と共に錬度を上げつつあったのだ。そんな彼等の主力装備は弩弓と槍、それに円形盾だ。しかし、今は野営地の中での戦闘のため、槍では無く補助装備の片手剣ショートソードで襲い掛かるコボルド達と渡り合っている状況だ。あちらこちらで、コボルド達が持つ原始的な木槍やこん棒と、兵士達の盾と剣が打ち合わされる音が響く。


 大勢を見れば、三方向に分かれたコボルドを迎え撃つ第一小隊は、中央で拮抗するが南北の両端で押されていた。中央は小隊主力の三個行動班、三十人が控えていたが、南北には夫々一班十人ずつしか配していなかったのだ。コボルド達は中央を固めつつ同等の勢力で南北から押し包むような動きを見せていた。


 そんな状況に飛び込んだダレス率いる三番隊は、南の森から北へ向かって野営地の外周をなぞるように騎馬突撃を敢行し、一部のコボルドを撃破。そして突撃の終息点で下馬すると、北側を押していたコボルドの部隊を背後から襲った。


「ダレス! あれが敵の指揮官か?」


 三番隊の元白銀党セブムが、北側を攻めるコボルド集団三十匹の中で一際目立つ大きな体格の一匹を見つけてそう言う。


「きっとそうだ!」


 その声に、こちらも元白銀党のドッジが同意する。二人は白兵戦用の小型盾バックラー片手剣ショートソードという騎兵隊の標準装備でコボルドの後衛列に斬り込みながら敵の指揮官に目星を付けていた。


 彼等の声にダレスは周囲を見渡す。背後の坂下からは先ほどから立て続けに轟音が響いて来ている。


(ユーリーとヨシンは上手くやってるのか……いや、あの二人は心配いらないだろう。ならば!)


 ダレスは、自身の剣でその大柄なコボルドを指し示すと大声で言う。


「アレを倒すぞ! 三番隊、くさび陣形!」


 ダレスの声に応じて、三番隊の七人が楔の陣形を取り、その先頭に立つダレスは剣を振り回しながらコボルドの集団に後ろから突っ込んで行った。


「犬畜生! 食らえ!」


 セブムとドッジが斬り込んで広げた敵の列の隙間、そこに飛び込んだダレスはコボルドの戦闘指揮官に吠えかかる。そして、我武者羅に斬りかかって行った。


 ダレスの剣は刺突の形を取り、背後から敵の指揮官を襲うが、驚いた風で振り返った敵の持つ黒曜石の槍で弾かれてしまった。ダレスは弾かれた剣と共に二歩三歩と後退するが、その間隙にセブムとドッジが突っ込む。


「うぉりゃぁ!」

「おおおお!」


 二人の無茶苦茶な突進、敵の指揮官は槍の穂先で先に撃ちかかったセブムを薙ぎ払うが、


「取ったぁ!」


 セブムの大声が響く。彼は、その言葉通りに、右胸を槍に突かれながらも、その木槍の柄を両手で掴み取っていた。そして、


「うぉぉぉ!」


 そこに、盾を前面に突き出したドッジが飛びかかる。ゴンッという衝撃音と共に、ドッジの盾が敵の指揮官を突き飛ばす。槍を掴まれ盾に打ち据えられた敵の指揮官である大柄なコボルドは、何とかドッジの盾による殴打シールドバッシュの衝撃から立ち直ろうとしていた。そこへ、


「おんどりゃぁぁっ!」


 腰だめに片手剣を抱えたダレスが再び突っ込んだ。それは、騎士が理想とする正々堂々の戦いでもなければ、吟遊詩人が詠う威厳ある決闘でもない。只の殺し合いの光景。


「ギャンッ!」


 体当たりするように敵に突進したダレスの刺突は、敵の指揮官が身に着けた革鎧を貫きあばらを砕き心臓を貫いていた。そして、ダレスは糸が切れたように脱力した敵の身体と共に地面を転がる。


「指揮官をやったぞ!」

「俺達の勝ちだ!」

「雑魚を蹴散らせぇ!」


 その光景に三番隊の面々が次々に吠えるような声を上げる。彼等の声を聴き、地面に倒れ伏した指揮官を見たコボルド達は戦意を失ったように中央の部隊の方へ逃げて行った。


「背を向ける敵を逃がすな!」

「蹴散らせ!」

「おぉぉぉ!」


 浮足立ったコボルドを追って一転反攻に出た歩兵小隊の面々の雄叫びを、ダレスは地べたから起き上がりつつ聞いていた。べっとりと血糊の貼り付いた剣と、足元に転がるコボルドの指揮官の死体を見比べた彼は、何か呟くように口を動かすが、乱戦の中でその言葉を聞き取れる者はいなかった。


****************************************


 野営地の中、南の森側に位置していたアデール班は苦戦を強いられていた。自分達の数は十人、対するコボルドは三十匹はいるように、アデールの目には見えた。


「オメー達! ここは何が有っても通しちゃならねぇぞ! 舎弟の二人ユーリーとヨシンにも舐められたくねぇだろ! クソ度胸見せてみろ!」

「兄貴!」

「がってん!」

「こんちくしょうが!」


 そうやって気合いを入れるが、多勢の前の無勢はどうしようも無い。十本以上の槍が突進してくる勢いに、アデール班は盾を前面に押し出し、何とか耐える。そして、連射の回数が極端に減った弩弓を持つ二人が、盾の間からボルトを打込み、少しずつ敵を倒す。しかし、


「兄貴!」

「なんだ!?」


 最前列中央で盾を敵に押し出すようにしていたアデールは後方から掛かった情けない手下の声に、顔だけ振り返って答える。


「ボルト、無くなっちゃいました……」

「こっちも弾切れです……」


 その言葉にアデールはゴクリ、という音を聞いた。自分の生唾を飲んだ音がやけに大きく響いていた。しかし、そこは長くチンピラをやりながら食い繋いでいたヤクザ者だ、喧嘩でビビれば、たちまち負けが訪れるのは良く分かっている。


「よっしゃ! 腕っぷしで押し返すぞ!」


 ヤケクソ気味でそう叫ぶと、アデールは一際強く盾に力を籠めて飛び込んできたコボルド一匹を殴りつける。手下達は、その様子に覚悟を決めたように、好き勝手な雄叫びを上げて力を振り絞る。三十近い敵を前に、最後の灯火ともしびを燃え上がらせるアデール一家の勢いに、少しだけコボルドの集団が押し下げられる。その時、


ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――!


 南の森から立て続く風切音と共に無数の矢が撃ち込まれた。それらは寸分の狂いも無く、アデール班と相対したコボルド達を側面や背面から襲い、無情の矢を突き立てていた。


「……なんだ!」


 アデールらは、その状況に驚きの声を上げる。そして、彼らの中の一人が、森から進み出てくる一団を見つけて、声を上げた。


「あれは! オル村の狩人達だ!」


 その一人が声と共に指し示す先、南の森から新月の暗い闇の中に駆け込んでくる大勢の人影があった。


「皆、狙って放て、トトマの街人達は近いぞ! 間違えるなよ!!」


 オル村の村長の掛け声に、無言の猟師達は返答の代りに夫々が自分のタイミングで矢を番え、放つ。全て百発百中の森人の矢であった。


「長老も! あれが森の神か、本当に木人なのか、見極めてください!!」


 矢が次々と放たれる夜空の下で、村長は自然崇拝者ドルイドの長老に、そう言うのだった。


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