Episode_13.20 狗頭鬼襲撃


 ユーリー達が野営する場所から北にかなり森を分け入った場所に、コボルドの集団は留まっていた。その数は百を超え、粗末ながらも動物の皮を独自に加工した革鎧を身に着け、木の盾や槍、丸木弓、更には棒の先に大きな石を括りつけた戦槌のような武器を持っている。そんな彼等は、森の中に野営地を作ると火を焚き、丁度ユーリー達の野営地がしているように焚火の番まで行っていた。その様子は、とてもゴブリンのような下等な知能を持つ者のする事では無かった。


 そんな野営地の中央、一際大きな篝火の焚かれた場所に一匹のコボルドが炎と向き合うように座っている。純白の狼の毛皮を纏い、炎を受けてキラリと輝く様々な輝石を繋げ合わせた首飾りと身に着け、一心に何か祈りを捧げるような様子だった。


 そんなコボルドと炎を挟んで反対側には、不恰好な人型ひとがたの何かが在った。それは、全長四メートル弱。落雷を受けて圧し折れた、枯れた樫の古木であった。ただ、本来地中に埋まっているべき根の部分を上にして、折れて二股になった幹の部分を下にしている。また、根本付近から左右に枝分かれした別の幹の様子を手伝って、それはズングリと足が短く腕が長い、猪首の怪物に見える。


 一心に祈りを捧げるコボルドの後ろで、数匹のコボルド達がその様子を見守っている。彼等は、祈るコボルドほどではないが、みな輝石の装飾品を身に着け体格も他の者よりも大きい。そんな彼等の元に、別の粗末な格好をしたコボルドが駆け寄ると何かを話す。独特の滑舌を伴う彼ら独自の言語だった。


 伝令のようなコボルドの言葉に何かを納得したよう雰囲気になる大柄なコボルド達は、野営地を振り返り何かを叫ぶ。それは野犬や狼の遠吠えのように森に響いていった。


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 交代した夜から三日後、ユーリーはうんざりとしていた。それはユーリーだけでは無い、隊のほぼ全員が同じような様子なのだ。どう言う事かと言うと、


「ユーリー! また来やがった!」


 ヨシンの嫌そうな声がする。少し離れた所では、第一歩兵小隊の小隊長が少しダレたような命令を発していた。


「あんまり野営地に近付けるなよ……あと弩弓クロスボウボルトも勿体無い、一斉射して様子見だ」


 ユーリーはその命令を聞きつつ、ダレて来るのも仕方ない、と同じ境遇の同僚に同情心を覚える。しかし、毎日毎日昼夜を問わずに行われる嫌がらせ攻撃ハラスメントは此方の注意力、集中力を削ぐのが目的だ。気を抜く訳にはいかなかった。


「ヨシン! 気を緩めるなよ、野営地に近付いて来たら逆にこちらから仕掛ける!」

「わかった……そうだな、みんな、気合いを入れろ!」


 ヨシンの大声が沼地の野営地に木霊する。しかし、大方の兵士達は着任以来繰り返される敵方の昼夜を問わない攻撃に緊張感が緩み切っていた。なぜなら、


「ちっ……やっぱり退いて行った……」


 とダレスの声が告げる通り、相手は毎回接近しては投石や弓矢を仕掛けるだけで、こちらが反撃すると、あっという間に退いて行くからであった。勿論相手とは、コボルドである。


「深追いは出来ないな、夜警番を残して休むんだ……」


 ユーリーは自隊にそう告げると自分も天幕に向かう。夜明けまで数時間あるが眠れる気はしなかった。


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 翌朝、眠い目を擦り起き出してきたユーリーらは、第一小隊の担当が作った朝食の御裾分おすそわけで腹を満たすと、通常警備に入る。野営地は小高い丘の上で、金鉱が発見された横穴とは歩いて十分ほどの距離だ。しかし試掘作業は横穴の北側、斜面の上に移っており、ユーリー達の隊はそれを警備するため、森の中で終始周囲に気を配っている。コボルド達の襲撃は夜に限ったものではなかった。昼間は野犬フォレストハウンドを中心とした魔物たちをけしかけてくるのだ。


 尤も、十匹前後の群れでは現在の騎兵隊の敵では無かった。しかし、緩める事の出来ない緊張感は確実に気力と体力を消耗させ、いつか致命的な失敗を誘い込むものだ。現にユーリー自身も我慢しきれず、馬上でうたた寝をして落馬しそうになっていた。そんな状況にユーリーは考えた末、一つの決断をした。それは……


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「なに……しばし試掘作業を止めろというのか……」

「はい……このままでは皆さんの安全を確保できません」


 午前で作業を切り上げた一団は、野営地に戻ると話し合いを持っていた。そしてユーリーの要請に鉱山技師のドワーフは腕を組んで考え込む。しばらく考え込んだ彼は、やがて顔を上げるとユーリーに返事をする。


「分かった……しかし、採掘を早く始めないといけない状況だ。そんなには待てない」

「ありがとう、大丈夫です」


 その後、ユーリーの依頼によって第一小隊の歩兵から二十名を選出してもらい、彼等を護衛にして技師達をオル村に送り届けた。一方、立ち去る技師達に頼み込み、その装備の一部、帽子や作業時によく身に着けていた上着を置いて行ってもらったユーリーは、これを小柄な兵士に着せて横穴付近で作業の真似をさせた。


 更にオル村へ送り出した兵士達に言付けを頼んだユーリーは、四日目の今日、交代のためにオル村まで来ていた四番隊と第二小隊をオル村で足止めさせたのだ。そして、オル村へ向かった第一小隊二十人はここで第二小隊の人員と入れ替えられ、久しぶりの休息を取ることになった。更に事情を理解した第二小隊長は、自隊から人員を割くと、トトマに急行させた。補給物資を運ばせるのだ。


 結局、ユーリーが決断した対策とは「持久策」であった。兵士は二十人ずつ毎日オル村の第二小隊と交代させ、休息を取る。騎兵も同様に数名ずつ入れ替える。そして、守るべき対象である鉱山技師ら試掘作業団は一旦オル村に下げ、偽装した兵士で作業の真似事をする。


 コボルド達は必ず自分達を何処かから監視している、と見込みを付けていたユーリーは、一方で、種族が異なると外見と個体の見分けが難しくなるという経験則を利用し、コボルド側に悟られる事無く人員を入れ替え、部隊の疲労を抜く方策を取ったのだ。


 勿論、このような対応を取るだけの権限がユーリーに在る訳では無い。だが、生来の明晰さで対応策を説明されると、聞く者の中に異を唱える者はいなかった。


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 持久策を開始して五日目、コボルトによる嫌がらせハラスメント攻撃が開始されて八日目に突入した時点で、ユーリーは全員の状況を確認した。そして、自隊を含めた兵達全員の疲労消耗が一定に落ち着き、士気が維持されている状態を確認した上で、次の策に取り掛かる。それは、


「みんな、ちょっと気を抜こうか」


 というものだった。ヨシンやダレス、その他の小隊長や班長クラスも含めて訳が分からないという顔つきになるが、ユーリーは説明を始める。


「此方の持久体制は整っている。けれど、敵方はどうか分からない……でも、毎日毎晩攻撃を仕掛ける方も確実に消耗しているだろう。もしも敵方が焦る必要がある状況ならば、揺さぶりを掛ければ喰い付いてくるかもしれない。と思う」


 ユーリーも自信がある訳ではないが、毎度毎度攻撃にやってくるコボルド達の数は二十前後、それを一日に四回から五回の頻度で一週間以上続けているのだ、敵方が余程の大群で無ければ消耗を吸収しきれないはずだと思う。そして、それほどの大群ならば、わざわざ嫌がらせ・・・・をしなくても、そのまま攻めてしまえばいいだけだ、とも思うのだ。


「なるほど。こっちが疲労困憊であるように見せれば、敵は本隊を繰り出してくるかもしれない」

「それを返り討ちにするんだな」


 ヨシンとダレスの言葉にユーリーは頷く。そして他の面々の顔を見渡すが、皆一様に納得した顔をしている。


 そして早速その夜から、防衛体制を取るタイミングを遅らせるようにした。敵方のコボルドを発見してから、反応するまでの時間を敢えて長くしたのだ。それはそれで、難しいものだったが、結局、これまで姿がしっかりと見えなかったコボルド達を自陣に引き寄せることになり、数匹を仕留める戦果まで挙げていた。


 それから更に二日間、日中は通常通りだが、夜はかなり接近されるまで動きを取らないという対応を繰り返した。その間、ユーリーはオル村の腕利きの猟師に頼み、夜の襲撃後のコボルド達の後を追って貰った。その結果は上々なもので、後を付けた猟師はコボルド達の野営地を特定していたのだ。


「やっぱり……数は二百に満たないくらいか」

「しかもここから北に四時間の場所……意外と近くにいたんだな」

「どうする、仕掛けるか?」


 最近はユーリーとヨシンにダレスを加えた三人で話すことが多くなっていた。因みに彼等三人はかたくなに交代を拒んで野営地に居残っていた。ユーリーは策を立てた本人としての責任感から、ヨシンとダレスはユーリーに対する負けん気からの行動だった。そんな彼等は猟師の持ち帰った情報を元に話し合う。


 そしてしばらく時間が経ったあと、野営地は静かに、しかし確実に慌ただしくなっていた。


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 ユーリー達の隊が到着してから十日目の夜、その夜もコボルド達は人間達の野営地に近付く。ものの本に書かれるよりもずっと知能が高く、社会性も高い種族である彼等は、人間の兵士同様立場が上の者の命令には絶対服従が掟だった。そんな彼等は命じられるままに、毎日毎晩、充分とは言えない仲間の数をやりくりしながら嫌がらせを続けていた。彼等のリーダーは、人間など怖れるに足りない、と言うが実際は十近い仲間が反撃の犠牲になっていた。


 しかし、今夜の彼等は勇気凛々だった。何故なら、疲労の見え始めた人間の集団に対してリーダーが総攻撃を決意したからだ。そんな彼等は小高い丘の上にある人間の野営地の様子を近くの森の中から窺っている。


 その時、彼等の後ろから低い地響きが連続して近づいて来た。それは、彼等のリーダーが作り出した彼等の守護神だった。


 彼等の守護神、それは枯れて倒れた樫の木に貴重な輝石を埋め込み、それを核として地の精霊を封じ込める方法で生み出された原始的なゴーレムだった。ロディ式魔術でいう処のゴーレムとは異なり、今やその製法は人間の社会には伝わっていないものだ。洗練された魔術陣に魔力マナを吹き込み、予め行動を組み込んだ自動人形ではない。強いて言うなら、ある程度自我と意志を持つ地の精霊の化身とも言える存在である。


 しかし、コボルドの兵達にそのような事は分からない。ただ、自分達が信じる守護神と、二百近い仲間がいる。その事が重要だった。そして、緊張が張り詰めた森の中に狼のような遠吠えが響き渡った。


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