Episode_13.19 金鉱警備任務


 十月中旬の秋の空は、高く高く、晴れ上がり、時折吹き過ぎる冷たい風は付近一帯の畑に可憐に花開いた小さな蕎麦の花を撫でるように揺らしていく。そんな秋の情景が広がる朝の時間をユーリー達三番隊は北へ街道を外れて進む。目指す先はオル村である。


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 昨晩の壮行会の後、深酒して集合時間に遅れる者がいるのでは? とひそかに心配していたユーリーだが、予想に反して自隊の集合は時間通りだった。一方、第一歩兵小隊には数名の遅刻者 ――アデールと、元ダレス隊の数人のようだった―― が発生していた。小隊長に任じられた元ダレス隊の傭兵上がりの隊長は憤慨した表情になっていた。


 それもそのはずで、今回の任務は騎兵隊と歩兵隊で一組として行動することになっているのだ。編制上、騎兵と歩兵を分離した遊撃兵団は、次の段階として、別部隊となった騎兵と歩兵の連携を課題としている。そのため、三番隊と第一歩兵小隊は一緒に行動することを求められているのだ。


 結局、集合時間を三十分ほど過ぎたころに第一小隊も全員集結となり、トトマの街を出発したのだった。ユーリーは青白い顔で胃のムカつきを堪えている様子のアデールに少し同情を感じた。そして、


(今後は任務前の壮行会は止めておこう)


 と心に誓うのだった。


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 その後、順調に進んだ一団は午後になってから森人の集落オル村に到着していた。ユーリーやヨシンにとってオル村へ足を運ぶのは数か月前の偽竜ドレイク討伐以来二度目となる。素朴、という文字がそのまま形になったような森の中の村は、二人にとって懐かしい樫の木村の原風景を思い起こさせるものだ。


 そして、そこに住み暮らす「森人」達は少し排他的な雰囲気を持って居るものの、純朴で話せば気さくな人々だった。また、若者達は街の暮らしに興味があるようで、以前の滞在時には色々と聞かれていたものだった。しかしその村では今、ちょっとした騒動が持ち上がっているようだった。


「交代の方々ですか、お疲れ様です」


 と言って一行を出迎えてくれたのはオル村の村長だ。以前は洗いざらしの白い布地と後は獣の毛皮を繋ぎ合わせた服装をしていたが、今は少し街人に近い格好をしている。そんな彼は、自宅である粗末な掘っ建て小屋から外に出て一行を出迎えた。後ろ手に閉めた扉の向こうには複数の人間の言い合っている声が聞こえる。


「はい、北の沼地の部隊と今日交代します。彼等が戻る時、トトマの街に何か用事があれば、何でも言って下さい。四、五日後にはまた戻ってきますので……」


 ユーリーはそう言いうが、言い終わる前に、掘っ建て小屋の中から老人が飛び出してきた。その老人の身なりは昔ながらの森人・・・・・・・そのもの。獲った獣の皮を繋ぎ合わせた毛皮を素肌の上から直に纏っているが、その袖口や襟元は垢滲みて色が変わっている。そんな老人は、扉の前に立っていた村長を突き飛ばすようにユーリー達の前に出ると、まばらに残ったバサバサの白髪を振り乱して、歯の抜け落ちた口で唾を飛ばしながら捲し立てる。


「お前達『街人』が来るから村がおかしくなったんじゃ! 我らは森人、森の恵みの下で生かされている森の子供じゃ。落ち枝を拾い集めて住まいとし、必要な分だけ木の実と獣を頂戴して糧とする。生きている木を切り倒し、自らでは食べきれぬほどの獣を狩り、あまつさえ地面を掘り起こし清い水の流れを汚す街人など今すぐ森から出て行け!」


 その老人の異様な姿と剣幕に、ユーリーやヨシン、ダレスらは目を白黒させる。しかし、その老人の勢いは止まらない。


「このような街人が森を歩き回るから、『森の神』がお怒りになり魔物を差し向けて来たのじゃ! 今すぐ出て行け!」


 すると、小屋の中から老人と比べると少し若いが、似た格好をした者が二人出て来て、同じように


「出て行け!」


 と言うのだった。そこへ、


「長老も、お前達も止めないか!」


 村長はそう言って、ユーリーに掴みかからん勢いで迫っていた長老とよばれた老人を引き離す。そして今度は、村長のような街人に近い身なりをした若者達が小屋から出て来ると、長老を始めとする三人を小屋の中に連れ戻していた。


「はぁ……お見苦しいところを……」


 村長は少し乱れた服を整えるとユーリーに向って詫びるように言う。一方のユーリーは何となく事態が呑み込めた気がしたが、それでも気になる言葉があったので村長に問いかけた。


「魔物、と仰っていましたが……」

「はい、実は……」


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 村長に促されるようにオル村を後にしたユーリー達三番隊と第一歩兵小隊は、北の沼地へ向かう途中で一連の出来事と聞くことになった。


 数か月前の魔物退治でオル村の北の沼地に巣くった偽竜ドレイクの討伐した際に発見された元狗頭鬼コボルドの巣穴は、金鉱脈の可能性が有った。そのため、八月の演習事件後、アートンに戻ったレイモンド王子は早速鉱山技師と鉱夫達からなる試掘集団を現地に送り込んでいた。


 最初はトトマの衛兵団から少数の警備部隊が出て、それに森人の若者達が加わることで試掘集団の護衛をしていた。しかし丁度一か月前、試掘が始まり一週間経過した時に事件が起こった。


 夜中、沼地を見下ろせる高台に作った野営地で休んでいた集団が襲われたのだ。襲ってきたのは、狗頭鬼コボルドの集団だった。以前ドレイク達に巣穴を追い出された集団が戻って来たのか、または貴重な鉱物の在り処を嗅ぎつけて別の集団がやってきたのかは定かではなかった。


 とにかく最初の襲撃は様子見のようなもので、護衛の衛兵や森人達によって撃退されていた。そして、その翌晩にコボルド達はより大勢の集団で襲ってきたということだ。その時は前日の襲撃を聞いたオル村の人々が駆けつけ、再び撃退に成功していた。オル村の人々はほぼ全員が腕の立つ狩人、射手である。そんな森人達だからこそ成し得た防衛だったのだ。しかし、


「その時は長老達も協力してくれたんですが……」

「へー、あんな爺さんが?」


 村長の言葉にヨシンが思ったままの言葉を口にした、そしてユーリーもダレスも思わず相槌を打っていた。


「はは、確かに爺さんですが……あの方は自然崇拝者ドルイドおさ、精霊達の助力を借りることが出来るのです」


 ということだった。つまりあの長老と、同じ格好をした二人は三人とも精霊術師ということになる。


「でも、さっきはとても協力的には見えなかったですが」


 とはユーリーの言葉だ。あの敵意の籠った態度を見ると、とても最初は協力してくれたと思えなかった。それに対して村長が答える。


「森を開放したり、北の沼地を掘ることを認めたことに対しては元々思う処が有ったようですが『これも自然の成り行き』と認めて下さっていたのです。しかし、その時のコボルドの襲撃で、アレを見てしまってから……」

「アレ?」

「はい、街人は何と呼ぶか知りませんが、我々は『木人』と呼んでいます……が、まさか実在したとは」


 村長が語る「木人」とは、樹齢を重ねた大木が枯れた後、大地を離れて自由に歩き出した存在だという。森人、それも熱心な自然崇拝者ドルイドによって「森の神」と崇められている存在だが、村長自身もその姿を見たのはその時が初めてだと言う。


「その木人とは、どんな外見なんですか?」

「夜だったので、私もしっかりと見た訳では無いのですが……背丈は三メートル位、樹齢を重ねた樫や欅の幹のような体と太い枝のような手足です。丁度途中で折れた大木が逆さまになって立っているように、頭の場所は根っこが髪の毛ように渦巻いて見えました……確かに言い伝えられている木人の姿にとても似ていました」


 村長はそう言うと身震いするような仕草をする。一方、それを聞くユーリーは頭の中で本の知識と照らし合わせる。


(木人……三メートルの背丈があるなら「木精ドライアード」じゃなさそうだな……でも格好はなんだかアグムさんの使う木人形と似ているな……)


 と思うのだった。


 その後、話を続けながら森を進んだ一行は、夕方前に北の沼地の野営地に到着した。


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パチパチパチ……


 すっかり夜の帳が降りた野営地には、幾つかの焚火の炎が小さく揺らめいていた。丁度野営地の四隅に当たる場所に設置された焚火には夫々に火の番が居る。そして、その一つの前に座っているのはユーリーだった。


 薄い橙色に揺れる炎を眺めるユーリーは、まるで哨戒騎士団の兵士時代に戻ったような気持ちでいた。しかし、懐かしい思い出に浸りたい気持ちを押し殺すと、頭の中で交代した部隊から聞いた状況や、オル村の村長があの後語った内容を頭の中で反芻していた。


 まず、襲撃があった後の金鉱脈の試掘だが、驚いたことに相変わらず続けられていた。アートンからやってきたドワーフの試掘集団はかなり肚の据わった連中のようで、未堀の鉱山をコボルドに渡すくらいなら死んだ方がましだ、と主張したようだ。元々ドワーフとコボルドは仲良くやれる関係では無い。ドワーフにしてみれば、貴重な鉱物や輝石の類を好むだけで、それを有効に活用しないコボルドは鉱脈を巡る競合相手というべき存在なのだ。いずれにせよ、このドワーフの試掘集団の姿勢は、少しでも金銭収入を増やしたい直轄領の台所事情にかなっていて、彼等の決意は有り難かった。


 しかも、そのドワーフの話によると、


「この金鉱脈は有望だ。埋蔵量もそこそこ・・・・を見込めるし、地面に近い所を北に向かって走っている。そしてなにより、他の鉱物と混ざっていないのが良い」


 と言う事だった。昨今の凶作対策で少しでも金が必要は現状を考えると、直ぐにでも本格的に採掘に入りたいところだろう。


 一方、襲撃後のコボルドの様子だが、それについては前任の部隊から報告を受けていた。


アイツ・・・らは未だいると思うのだが、あまり姿を見せない……遠巻きに様子を伺っているみたいで、反って気味が悪い」


 というのが、四番隊の隊長の言葉だった。そして彼等は夕方にユーリー達の隊と交代するように引き上げて行った。次に戻るのは五日後の予定だった。


 そんな事を思い返していたユーリーは次いで、養父から渡された書物にあったコボルドに関する記述を思い出していた。


 狗頭鬼コボルトという種族は一般的に良く知られた種族ではない。殆どの人は普通の暮らしをする上で、その姿を目にすることはない。原野や森、山間部に分け入る事が多い冒険者や狩人でも、滅多に見掛けることがないほどだ。それほど人の住む場所から離れた場所に生息する彼等の生活圏は、その一部が山の王国やモリアヌス鉱床といったドワーフ族が多く住み暮らす地域と重なる程度なのだ。


 そのため、種族の特性や生態はほとんどが謎に包まれている。一部の冒険者達には、彼等は貴重な鉱脈の近くに巣をつくることが知られているが、その程度の知識が精々といった所だ。実際ユーリーが養父メオンから贈られた「粗忽者の為の実践魔術」という本に記述はあるが、それは


 ――コボルドはその名の通りハウンド系の野犬種に似た風貌を持つ短躯の種族。光輝く物を好み、輝石や貴金属が産する鉱脈の付近に巣を形成すると言われている。しかし、彼等がどのような方法でそれらを探し当てるのかは解明されていない。一部では地の精霊と非常に親和性が高いという説があるが、証明されていない。大方の理解では体型が似ていることから、ゴブリン種と同程度の知能と生態を有すると考えられる。いずれにせよ、謎の多い種族である――


 という不確かな情報だけだった。そして、この記述を思い出していたユーリーは「木人」と呼ばれた存在は気になるものの、


(でも、結局ゴブリンと似た存在ということか……)


 と、心の何処かで軽く考えていた。しかし、その事を明日以降後悔することになるのだった。


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