Episode_13.18 騎兵三番隊


 そんな三番隊は、隊長ユーリー、副長ヨシン、副長ダレス、そして元白銀党のセブムとドッジやその他の騎兵五名を加えた十騎の編制となっている。そして、ユーリーとヨシンの着任早々、その三番隊を始めとする数部隊に任務が下ったのだ。それは、トトマ北部の森林地帯にある森人の集落オル村付近で見つかった金鉱脈の警備だった。詳細な情報は無かったが、試掘をしていたアートンの鉱山技師や鉱夫達が森の魔獣に襲われた事件があったらしい。


 勿論この任務に当たるのは三番隊だけではない。遊撃騎兵隊四番隊と遊撃歩兵隊第一、そして第二歩兵小隊にも同じ任務が言い渡されていた。そして、三番隊は第一小隊と、四番隊は第二小隊と組みとなり、交代で任務に就くことになった。先に任務に就いた四番隊と第二小隊の組は、明後日にトトマに帰還することになっている。そして、それと一日重なるようにユーリーの三番隊と第一小隊は明日の早朝にトトマを出発することになっているのだ。


「ねぇヨシン」

「なんだ?」

「百五十一ッ」

「やっぱり今晩は外食にしよう」

「……なんで?」

「百五十二ッ」

「だって、初任務だよ……」

「百五十三ッ」

「じゃぁ……街道会館か?」

「まぁあそこしか無いからね」


 素振りをしながらの会話だ。一応隊長という肩書になったユーリーは、自隊の初任務に壮行会を開く事を思い付いていた。だが、ヨシンの受け取り方は違った。


「百五十三……あ、四ッ」

「……サーシャちゃんか?」

「サーシャは関係ないだろ!」

「百五十四! ああぁ、うるさい! ユーリーもヨシンも素振りするか喋るかどっちかにしてくれ!」


 例の素振りは、やり慣れない者は五十回を超えたあたりから腕が上がらなくなるほどのキツイものだ。それを何とか回数を伸ばして二百に近づけようとしているダレス達である。そんな彼等を後目に喋りながら素振りをしているユーリーとヨシンに堪らず、ダレスが怒ったような口調で叫んでいた。


****************************************


 結局その日の夕方、ユーリー以下騎兵三番隊と、第一歩兵小隊の一部の兵達は「トトマ街道会館」でささやかな壮行会を行っていた。壮行会自体はユーリーの発案だったが、結局ヨシンと、第一小隊の隊長にも身銭を切らせて銀貨六枚でワインの小樽とエールの小樽を注文したユーリー達は、


「今日の酒はこれだけだ。これ以降は各自で飲むこと!」


 という何ともケチ臭い副長ヨシンの挨拶を皮切りに壮行会を始めたのだ。因みに小樽といっても、余程の蟒蛇うわばみがいない限り、全員がジョッキを三回から四回は満たせる量だった。そして、酒のアテは街道会館名物の「選べないメニュー」だった。今日は、北部森林地帯で最近沢山収穫できるようになった団栗どんぐり胡桃くるみ、栗にとちの実を練り込んだ風味のよいパンと、夏の間に取れた葉物野菜の漬物ピクルス、そして色々な河魚の燻製を細く割いて炙った物だった。


「あれ? あの革鎧みたいな塩漬けは?」


 料理の内容は季節感を反映したもので、腹を満たすには問題無いものだが、ユーリーは記憶に残る塩漬け肉が不在な事に疑問を発していた。そこに給仕の少女が近づいて来る。


「ユーリーさん! なにか問題?」

「あ! サーシャか……しばらく……」


 しばらく見ない内に大きく・・・なって、と言い掛けて視線がその胸元に吸寄せられるのを何とか引き剥がしたユーリーは、


「あの、頑丈な塩漬けは?」

「あー、あれですか? お客さんに不評だったから、出して無いんです。朝に出発するお客さん向けの朝食でスープを取るのに回してるんですけど……ちょっと焼いて貰いますね」


 快活なサーシャはそう言って少し笑うと奥のカウンターに戻って行った。


「やっぱり……鞍替えしたのか?」

「……ヨシン、一度火炎矢ファイヤアロー火爆矢ファイヤボルト、どっちが熱いか確かめてみる?」


 立ち去るサーシャを見送るユーリーにボソリと声を掛けたヨシン。対するユーリーは、剣呑な雰囲気を出して見せる。場が凍る雰囲気、というのはこういうものかもしれないが、生憎とこの場にはユーリーの殺気を感じ取れる者が、ヨシンを除くと、いなかった。そして、


「あらー、若い男がよりどりみどり・・・・・・・ね!」

「お姉さん、目移りしちゃうわ!」

「ちょっと、抜け駆けするんじゃないわよ!」

「あら! ヨシンさん、しばらく見ない間にまた逞しくなったわね!」


 などと嬌声とも付かない声を上げながら彼等が占有したホールの一角に近付いてきたのはトトマ街道会館に出入りする娼婦達だ。そこには、手配師に転職したナータの姿もあった。


「あら、久しぶり……でもないか、二か月ぶりだね! 見ない内に男前が上がったわね!」


 ナータは相変わらずの酒焼けした声だが、以前のケバケバしい化粧は落としていて、格好も何処にでもいる街の女房風になっている。しかしそういう格好をしたナータは、サーシャによれば四十五歳ということだが、反って若く見え色気があるようにみえた。そんなユーリーは、隣でダレスが生唾を呑み込んだ音を聞いた気がしていた。


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 そんな壮行会の場は、商売女達が割り入ってきたことで一気に騒がしくなる。他の客に迷惑になるかもしれないと少し心配したユーリーだが、ナータによると、


「なに! 気にしちゃ駄目よ。それに最近は人の往来も増えて活気が出て来たのよ。一昔前のトトマに戻った感じだわ。だから街道会館ここも最近は賑やかなものよ。これもレイモンド王子様のお蔭よ!」


 と相変わらずのレイモンド王子贔屓振りだった。しかしナータが言った事は事実で、デルフィルとの国境が開放され、あちらに逃れていた人々も戻りつつあり、さらに人と物の往来が増えたため、トトマの景気は上向いているという。凶作だったことで沈みがちな直轄領内だったが、街中の景気が良い事がせめてもの救いだった。


 そんな中、ユーリーとヨシンは自隊の騎兵達に積極的に話し掛けていた。というのも、ダレスやセブム、ドッジを除く三番隊の隊員達は二人に対して、どこか余所余所しい態度だったからだ。しかし、話をする内にその理由が分かって来た。


「なんだ、俺はてっきりアートン公爵の縁者だと思ってたぞ」


 とは、ターポの商家の息子という青年。


「俺もだ……レイモンド王子を呼び捨てで呼んでいたしな」


 これは、トリム近郊の農家のせがれ


「そう、どんな貴族のボンボンかと思ったら」


 そう言うのは、ベートに奪われた土地出身の騎士の家来という男。


「俺達と変わらないじゃないか」

「傭兵稼業なら、俺と一緒だ」


 そう言う二人は、中原から流れてきた傭兵上がりの男だった。


 彼等の言葉を聞く限り、少し誤解されていたことが分かった。それに対してユーリーとヨシンは、自分達が樫の木村というリムルベート北部の開拓村出身であること。騎士を目指して兵士になったこと。その後の領地内での任務や小滝村を巡るオーク戦争のこと。そして王都リムルベートでダレスやセブム、ドッジと知り合ったこと等を説明していた。もっとも、その後リムルベートを離れた理由については、今のところごく限られた人しか知らない話なので事実を伏せた。しかし、


「騎士ってガラじゃないから、辞めて傭兵になったんだ」


 というヨシンの説明に皆は納得したようだった。結局、身分が違うと思われて警戒されていたのだが、それが解けると青年達は一気に打ち解けるようになっていた。


 その後、壮行会は時間が進むにつれてグダグダと形を崩していく。酔ったダレスが必死にナータを口説き、それをセブムとドッジが引き剥がそうとする光景。歩兵隊の小隊長が追加で火酒を頼み、それを元ダレス隊の面々とアデール一家が飲み比べ対決して、大騒ぎする光景が展開されていた。


 その一方で、仕事の合間を縫ってユーリーの所にやってきたサーシャは老魔術師アグムの下で読み書きを習っている成果を披露してみせた。更に、


「ねぇねぇユーリーさん、ちょっと見て」


 と言うと、愛らしい表情を真剣にして眉間に皺を寄せる。そして慣れない手つきながら右手の指先で宙に模様の様なものを書く。それは、ユーリーも良く知る馴染み深い魔術、正の付与術「加護」の魔術陣だった。そして、サーシャが発動させた「加護」は弱いながらも確実に効果が実感できるものだったのだ。


「あ……凄いじゃないかサーシャ!」

「でしょ? アグム先生も呑み込みが早いって言ってたわ! もっと勉強して、一杯お金を稼げるようになったら、ちゃんと返すからね! まっててね、ユーリーさん」


 サーシャはそう言うと、別のテーブルに呼ばれて立ち去って行った。それを見送るユーリーは、何か言いた気な雰囲気を出すヨシンを少し睨んで黙らせた後、感慨に耽る。


(頑張ってるな……力に成れたんだな)


 そんな一行の壮行会は、開始が早かった事もあり、深夜前には終了となった。そして、翌朝からはこの編制で初の任務を迎えるのだ。


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