Episode_13.17 新体制


「そりゃぁ!」

「ちょっ! 待った! まっ、いや降参! 降参だ!」


 トトマの南側の外壁と門は対立する王弟派の攻撃に備えて防御が強化されている。頑丈な二重門を入って直ぐの場所には五百以上の兵を展開できる広場が作られているのだが、平時は専ら遊撃隊とトトマ衛兵団の修練の場として使われている。


 トトマの街の住民達も自由に見学できる場は、未だ少年と言うべき幼い男の子達や、入隊可能年齢に達した青年達が頻繁に見学に訪れる。そんな修練場で気合いの声と悲鳴のような声を交わらせるのはヨシンとダレスだ。しかし、白熱した様相を見せていたのはその二人の居る場所だけで、少し離れた場所では同じ隊の面々がやる気無さそうに剣を振ったり掛かり稽古をしている。


 そんな隊員の様子を後目に始められた模擬戦の形式の練習は、序盤こそ二人が拮抗して見えたが、直ぐにヨシンの攻め手が一方的となり、その攻撃のに耐え兼ねたダレスが降参を表わす言葉を上げていた。しかしヨシンは、聞こえないのか、それとも敢えて無視しているのか、攻撃の手を緩めない。そこに、ユーリーの声が割って入った。


「ヨシン! 止め! 止めだ!」

「……あれ? 止め?」

「はぁはぁ、まっ、参ったって、はぁ、言ってる、じゃないか」


 そんなやり取りが示すように、ダレスとヨシンの実力差は歴然としている。それでもダレスの内心には、不幸な誤解が有ったとはいえ、自身の副官であった騎兵を一刀のもとに葬り去ったヨシンにはいつか勝ちたい、と思っている。そのため、ヨシンとやる・・時は真剣そのものだ。しかし、今のところ勝てそうな兆候は無かった。


「ダレス、一本取ろうという考えが見え見えだ。手足を打てば模擬戦では一本だけど、戦場では、相手は其れ位じゃ止まらない事もある。特に兵じゃなくて騎士は……しつこい・・・・のが多い」


 ユーリーは荒く息を吐いているダレスに忠告する。数か月後にやっと二十歳になる若い騎士は、年齢のわりに実戦経験が豊富だ。その経験に基づいた忠告は、時として聞く側にとっては耳が痛い。


「わかってるよ……ちっ」

「さ、素振りしようか?」


 約束では模擬戦に負けたほうが、素振り二百回か夕食を奢るということになっていた。だが、ダレス達遊撃隊の給金は今のところ非常に安い。今年から来年に掛けては財政状況が悪いという話は聞こえて来ていたため、少額でも金銭が支給されるだけ有り難いと思わなければならない状況だった。そして、それはユーリーとヨシンも同じこと・・・・だった。


「そ、そうだな、夕食なんて兵舎で食えるもんな……」


 ユーリーの、素振り、という言葉にダレスは応じる。そして、何故か勝ったヨシンも審判役だったユーリーも並んで素振りをするのだ。それはタダの素振りではない。仕込みはウェスタ侯爵領筆頭騎士デイルの物だ。最も目方の重い木剣を両手で持ち、木剣の刀身が尻に付くまで深く振りかぶると、気合いと共に一気に振りおろし臍の高さで止める。一度二度ならば問題ないが、それを同じ調子で二百回繰り返すのだ。更に、練習熱心なユーリーとヨシンによって、この方法は手を加えられており、今三人が並んでする素振りは、


「鋭っ!」

「ダレス、もっと腰を落として」

「鋭っ!」

「剣先をしっかり止めろ!」

「鋭! ……これ、キツイ……」


 というように、振り下ろす動作に膝の屈伸を加えている。上体の姿勢を保ったまま膝を折って腰を落とし、剣先が地面スレスレで止まるようにする。そして、振りかぶる動作と共に直立に戻る、というものだ。


 しばらく修練場に、三人の気合いの声が響く。そうすると、少し離れた場所で稽古をしていた隊員達も、バツが悪そうに顔を見合わせたあと、三人に近付いて来て途中から素振りに参加するのだ。最初三人のみだった気合いの声が、十人の青年達の重なり合った声に変わる。


 そこに、南門を潜って外から戻ってきた様子の二十人弱の兵士たちがやってきた。彼等は素振りをする集団の中からユーリー、ヨシン、ダレスの三人を見つけると近付いて来て親し気に声を掛ける。


「ダレスの親分! やってますね!」

「おい、オレ達もやるぞ! 元ダレス隊の力を見せてやる」

「なんだぁ? おい、オレ達もやるぞ! ダレス隊に負けるんじゃぁねぇ!」

「へい、兄貴!」


 そう言合うのは元ダレス隊の面々とアデール一家の面々だった。ダレス隊の面々は前から兵士であったが、アデール一家の面々も何故か遊撃隊の装備を身に着けている。そんな彼等二十人は、トトマ周辺の巡回を終えて戻って来たのだった。


「よし、皆で一緒にやろう!」

「そうだな、じゃぁ最初から!」

「え? 最初から? なんで?」


 巡回を終えて任務終了となった二十人の歩兵達はユーリーとヨシン、それに不服そうなダレスを始めとした他の騎兵隊の隊員達と共に一列に並ぶ。そして、ヨシンの掛け声で素振りを始めるのだった。


 ユーリーとヨシンが遊撃隊所属のダレスと共に居ること、そして元ヤクザ者のアデール一家が遊撃隊所属になっていることには理由があった。先の演習後、レイモンド王子の直轄領となった元アートン公爵領と国境伯領(今はレイモンド王子領、または直轄領と呼ばれる)では、凶作の対策が急務だったため人々の注目はそちらに集まっていた。しかし、その一方で軍事組織内にも大きな変革があったのだ。


 それは、アーヴィル、シモン、マルフル、マーシュらを中心として、更にアートン、アトリア、エトシア各騎士団に顧問として派遣された元騎士達を含めた話し合いで決められた軍制変更だった。


 その話し合いで、まず戦力の主力たる騎士団の再編成がおこなわれた。これにより、旧来の呼称は改められ、東方面軍、西方面軍、中央軍、そして近衛兵団となった。


 東方面軍と西方面軍は、それぞれ領地の東西で王弟派と境界線を接することとなり、その本拠地は東方面軍がリムンの田舎町、そして西方面軍がトトマの南、エトシア砦になる。それらの指揮官は東方面軍が元アトリア騎士団副団長の老騎士シモン、西方面軍が元エトシア砦騎士団団長マルフルとなり、夫々将軍の称号を与えられた。


 攻撃を主任務と想定する方面軍には西方面軍に騎士四百と兵二千、東方面軍に騎士二百と兵士千、さらに夫々に拠点を離れて戦う事を念頭においた補給専門の輜重兵団人員二百を配している。


 それに対して中央軍は防御的な色合いが強い。アートン城に本拠地を置き、アートン、ダーリア、トトマ、そしてその周辺の村々の防衛治安維持を管轄している。最高指揮官はレイモンド王子であるが、部隊運営の最高責任者はマーシュ団長とロージ副団長の兄弟騎士が受け持つこととなる。


 その中央軍の傘下に入る部隊は、中央軍本隊、民兵団、そして元々マーシュとロージが指揮していた遊撃隊を少し規模拡大した遊撃兵団の三つになる。


 その中で、民兵団は今回の軍制変更で新設された組織だ。各街や村の警備を行う衛兵団と、新兵の教育を行う教育部隊がこの民兵団の傘下に該当する。更に将来的には徴兵や志願兵など広義の民兵を運用することを目指した組織だが、今のところは凶作対策に資金を集中しているため、まず入れ物だけを作った格好だ。


 そんな中央軍の規模はマーシュが指揮する中央軍本隊に騎士二百、兵士千、輜重兵二百。各都市部の衛兵団に衛兵千ずつ。そして、ロージが指揮する遊撃兵団は遊撃騎兵隊五十と遊撃歩兵隊五百という規模だ。


 そして最後に残るのは近衛兵団だが、本来レイモンド王子の周囲を警護し、通常ならば精鋭で固められるはずの「近衛」兵団は現時点で、負傷者の受け皿的な予備部隊となっていた。


 一応団長は騎士アーヴィルが務めている。しかし、今回の軍制変更に伴い正面部隊である方面軍と中央軍に重点的に兵を配備した結果、近衛兵団に配属となったのは八月の演習事件で負傷した騎士約五十と兵士二百となったのだ。当然これは不味いとアーヴィルは設立当初から問題提起をしていた。そして、その想いが通じたのか、あるいは松葉杖を持たないと満足に歩けない状態の隊員ばかり、という状況が周囲の憐みを誘ったのか、最近になってようやく改められることが決まった。あくまで内密だが、近衛兵団にふさわしい人物を少数集めることが内々に決まり、現在選定中ということなのだ。


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 このように、旧西方国境伯領とアートン公爵領はレイモンド王子の直轄領として急激に政治と軍事の体勢を変じつつあった。そんな中、八月の演習事件の際にレイモンドの元に戻ったユーリーとヨシンは、若干の紆余曲折がありつつもレイモンド王子軍の中に入り込んでいたのだ。


 そんな二人は、本来ならばアーヴィルと共に近衛兵団に配属される予定だった。少なくともレイモンドとアーヴィルはそうやって二人を手元に置いておくつもりだったのだ。理由をおおやけに明かすことは出来ないが、出来れば前線に出したくないという思惑があったのだ。


 しかし、いざ編制が始まると東西方面軍の将軍と中央軍の団長が彼等二人を取り合う格好となった。三者とも即戦力となる実力者は喉から手が出るほど欲しい、というのが実情だった。そして、結局くじ引きとなり二人を引き当てたのは中央軍のロージ副団長だった。


「ははは、マルス神よご加護に感謝します!」


 そんなロージの言葉に、歳の若いマルフル将軍のみならず、シモン将軍までもがあからさまに悔しがったという話だった。


 そういう背景は勿論ユーリーとヨシンの二人には知らされていない。しかし二人を迎え入れたマーシュとロージの歓迎と期待は大きなものだった。その証拠にユーリーとヨシンの二人は配属されて直ぐに、遊撃騎兵隊の三番隊を任される事になっていた。一方、それを受けて、本来三番隊を任される予定だったダレスは順位が繰り下がり三番隊の副長ということになったが、実力差明白の二人に先を越されたダレスは同じ隊になったことを歓迎こそすれ、悪く思う事は無かった。

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