Episode_13.12 逆転劇
戦場と化した演習場を再び俯瞰してみよう。
相変わらず西側に陣取ったレイモンド王子旗下の遊撃隊の円形陣は、その東側正面が二列分ほど侵食されているが、まだ陣の形を保っている。ロージ率いる騎兵隊が騎乗戦闘を放棄し、防御に加わったことが奏功した格好だ。
そしてその右翼、演習場の南側にはアトリア騎士団が殺到していたが、今は攻撃が中断されている。そんなアトリア騎士団は攻撃を中止した者達が円形陣の外輪を固めるように立ち、尚も攻撃を続行しようとする者達とにらみ合っている状況で膠着している。
そして左翼側、演習場の北側ではマーシュ率いる二十騎の騎兵隊が、アートン騎士団の第四中隊を半数ほど蹴散らしていたが、後詰に回った第五中隊と残りの第四中隊相手に進撃を止められていた。
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演習場での戦いだけを取って見れば、ドルフリー率いるアートン騎士団は兵力の残りが約五百で、数的な優勢を保っている。しかし……
「前方の騎士達は――!?」
「アトリア砦の者です! しかし、マルフル様、アレを!」
エトシア砦の五十騎の騎士達は南から演習場に入ると、眼前の光景を見て取る。そして、マルフルの問いに答えたオシアが、さらにその先に掲げられた旗を指差した。
「アレは……御旗か!?」
「如何にも! あれに剣を向ければ我らは賊軍!」
「分かっている、御旗の下はレイ兄の陣だな」
「しかし手前のアトリア騎士団をどう――」
馬上で声を交し合うマルフルとオシア、オシアはレイモンド王子の陣と自分達の間に位置するアトリア騎士団に対してどう対処するか? そう言い掛けるが、その横をすり抜けるような騎馬が一騎、猛然とアトリア騎士団の最後尾に突撃した。
「あれは、ヨシンか?」
「何と無謀な……しかし、あれが正解かもしれぬな……みな、続け!」
ヨシンの突撃から一拍間を置き、エトシア騎士団はマルフルの号令により速度を上げる。そして、アトリア騎士団の最後尾、依然として御旗を奉じるレイモンド王子の陣へ攻撃をしようとする者達へ突入したのだ。
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開けた場所に出たヨシンは、眼前の騎士団を敵と見定めていた。先に翻るレイモンドの「紫禁の御旗」に剣を向けているのだから、敵に違いない。それだけの単純な判断だ。そして、馬の勢いを殺すことなく、むしろ加速させて、それらの最後尾から突っ込むと馬上で身振りを交えて指示を飛ばしている指揮官と思しき騎士に狙いを定める。
「うらぁぁぁ!」
「なんだ?」
不意に起こった蛮声に、中隊長を務める騎士は驚きの声を上げる。しかし、
ガンッ!
ヨシンは右手に握った「首咬み」を馬の突進力を借りて全力で振り抜いた。そして鈍い手応えと共に、敵の中隊長の首が飛ぶ。
「中隊長が!」
「伏兵か?」
「後ろだ!」
ヨシンの突進は、背後に油断していた騎士達の指揮官を襲ったもの。正々堂々を旨とする騎士にとっては躊躇われる攻撃だが、ヨシンはそのような無駄な矜持に
そんなヨシンは、歩兵には目もくれず、馬に乗った騎士だけを狙う。
「そりゃぁ!」
力の乗った「首咬み」の一閃は、再び血煙と共に別の騎士の腕を肘の上から切り飛ばしていた。
あっと言う間に二騎を倒したヨシンは、そのままの勢いで三人目に挑みかかった。相手の騎士は流石に、単騎突進してきたヨシンの存在に気付くと馬上槍で応戦する。馬上槍対斧槍、素早く振るえる馬上槍を持った騎士は中々の手練れのようで、振りが遅いヨシンの「首咬み」を掻い潜り鋭い突きを繰り出す。
「こなくそ!」
馬上槍の穂先が、ヨシンの胴鎧の表面に鉤傷を作りながら左脇へ逸れる。ヨシンはそれを左手で巻き取るように掴むと、右手一本で「首咬み」を振るう。
ゴンッ!
咄嗟の攻撃は、斧槍の刃の腹で相手の騎士の頭部を殴打した格好になり、その騎士は馬上からずり落ちる。一方のヨシンも相手が握ったままの馬上槍に引っ張られる格好で馬からずり落ちた。そして、
「うぉぉ!」
ヨシンは、落馬と同時に「首咬み」を手放し、腰の「折れ丸」を抜き放つ。そして逆手に持った剣先をまだ地面に蹲ったままの相手の喉元に叩き込んだ。
「ぐぇ」
剣先が肉を切り裂き、骨を断つ感触に、相手の籠った断末魔が重なる。結局、突撃から落馬までの僅かな間で指揮官を含む三人の騎士を仕留めたヨシンは、徒歩に成りながら落とした「首咬み」を拾い上げると、右手に斧槍、左手に長剣という乱暴な二刀流になり、今度は歩兵であろうが、馬上の騎士であろうが関係なく暴れ回る。そして、
「我が名はエトシア騎士団長マルフル! 義の無い戦いを今すぐ止めい!」
「逆賊の汚名に命を掛けることは無い! 投降せよ!」
そんなマルフルとオシアの大音声と共に、エトシア騎士団五十騎が突入してくる。戦力差、単純に数だけ見ればまだアトリア騎士団の方が数が多い。しかし、それを構成する騎士の数ではエトシア騎士団が倍ほど多いのだ。
老騎士シモンの勧告を無視して攻撃を続けていたアトリア砦の騎士や兵士達も、エトシア騎士団の突撃により、降伏投降することとなった。
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マーシュ率いる騎兵隊は、ユーリーとシモンの後を追ってきた敵の一個小隊と衝突すると、それを難なく撃退していた。先程の馬上試合では不甲斐ない所を見せてしまったマーシュは指揮官の立場をしばし忘れると勇躍して槍を振るい先頭に立っていた。しかし、
「団長、敵の新手です!」
突撃の収束点付近で、マーシュの騎兵隊は敵の新手に半円状に包囲されていた。こうなると、騎兵だけの部隊というのは運用が難しい。本来敵勢力との間に距離を作り、馬の速度を上げて突破力と攻撃力を生み出す騎兵にとって、敵に肉迫されることはその利点の大部分を失うことになるのだ。しかも、率いる騎兵達はそれほど錬度が高くない。この場で車輪陣を組もうとしても対応できない者が殆どだ。
「お前達は一旦退いて再突入だ、その間は俺が受け持つ!」
指揮官の厳然たる命令に、付き従っていたダレスは躊躇するが、結局首を縦に振ると他の騎兵を纏めて一旦後退する。そして、一人残ったマーシュに敵の騎士が挑みかかってくる。
マーシュから見れば未だ若そうな敵の騎士は、少しの距離で速度を稼ぐと馬上槍の一撃をマーシュに突き込んでくる。対するマーシュはその一撃を軽く盾で弾くと、すれ違いざまに自分の槍の石突で相手の後頭部を打ち据える。兜の上からの一撃であるが、その騎士は脳震盪を起こしたのだろうか、馬の背から放り出されるように落馬していた。そこに今度は歩兵が十人ほど束になって向かってくる。揃えた槍を一斉に馬上のマーシュに向けて突き入れてくるが、マーシュはそれを華麗な馬捌きで距離を取って避ける。そして反撃に移ろうとしたところで、別の騎士が割り込んで来たのだ。
(こうも数が多いと……)
結局その騎士と三合槍を打ち合った末、マーシュは先ほど自分がされたように、相手の槍を巻き取り跳ね上げる。そして、一気に距離を詰めると
個別の戦闘で見れば相手を圧倒しているマーシュだが、多勢に無勢の言葉通り、ジリジリと後退せざるを得ない。そして、前衛にあたるマーシュが後退するため、後続の騎兵は突入の機会を掴めないでいた。
(もう少し離れないと……)
ダレスは距離を測りつつも、次第に劣勢になるマーシュの姿に焦る。そこへ、
「お前達、マーシュさんの援護だ! 行くぞ!」
演習場の入口付近から声が上がると、見覚えのある大柄な戦士に率いられた四十人程の集団が戦場に飛び込んできた。ゴーマス隊商の護衛戦士団とアデール一家である。
「アデール一家のお出ましだ! お前らやっちまえ!」
「馬鹿! 素人は引っ込んでろ! 怪我じゃ済まないぞ!」
「うるせぇ! 男を見せるんだ! いけー!」
アデールの号令に、戦士長バッツが止めに入るが、盛り上がったアデール一家は止まらなかった。粗末な剣やこん棒しか持っていないヤクザ崩れの男達が戦場へ飛び込んでいくと、護衛戦士団と共にマーシュの援護に入る。
「よし、俺達も突撃だ!」
その様子にダレスも再突撃の号令を掛けていた。左翼の戦いは思いもかけない増援を得た騎兵隊が奮戦することでしばし拮抗することとなった。
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