Episode_13.10 血脈の業
幻覚はそこで不意に終わりを告げる。そして、兜を撥ね飛ばされ頭部が剥き出しとなったアーヴィルは戦場の只中に意識を取り戻すと、次いで肉の焦げる臭気を感じる。周囲は朦々たる煙が立ち込め、キーンという耳鳴りが響いていることから、付近で爆発があったのだと察知した。
「わ、私は……」
茫然と辺りを見回したアーヴィル、周囲に先ほどまで殺到していた兵の姿はない。そして、足元近くには相変わらず意識を失ったままのドリッド将軍が横たわっている。
「いったい――」
一体何が? アーヴィルがそう言い掛けたとき、薄い煙の向こうから一騎の騎馬が猛然と駆け寄ってきた。そして、
「アーヴィルさん! 無事ですか!」
馬上からそう声を掛けて来たのは、先ほどの幻覚で見たマーティス王よりも大分若く細身な騎士。目の部分が大きく開いた兜越しに黒目と黒い前髪が映る。その姿は幻覚の
「……」
戦場に出来た空白地帯の中心でアーヴィルは何かを発しつつ言葉に成らなかった。
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ユーリーは駆けていた。演習場へ続く小道を全速だ。すると反対側からやって来る一騎の騎馬が姿を現す。ユーリーは見知らぬ姿に緊張するが、対する老騎士も同じような対応となる。
視線を合わせるユーリーは、無意識に声を発していた。
「王子は?」
そのユーリーの声に反応した老騎士は、自分の進んで来た方向を槍で指した。
「ありがとう!」
ユーリーは短く礼を言うと、その老騎士の横をすり抜けるように小道を突き進んで行った。一方、疾風のような若い騎士を見送る格好となった老騎士シモンは小首を傾げるような素振りを一つ、そして呟く。
「大昔に……このような事があった気がしたが……歳は取りたくないものだな……」
老騎士シモンは、そう言うとしばらく馬を進めるが、ふと立ち止まり後ろを振り返る。そして何事か考えたのち、先ほどの若い騎士を追うように馬の方向を転じるのだった。
一方、小道を疾走したユーリーはやがて麦畑が盛大に踏み荒らされた一画に辿り着く。間違い無くここから演習場に行くのだろう、と見て取ったユーリーは馬の速度を落として麦畑に踏み込んでいく。遠く、畑の奥の方から怒号と武器を打ち合う戦いの音が聞こえている。不安を覚えたユーリーは演習場を見渡せる場所に辿り着くと、目の前に広がる最悪の事態に思わず悪態を吐いていた。
「くそ、やっぱりこうなってたか!」
ユーリーの目の前、奥の方には「紫禁の御旗」を立てたレイモンド王子旗下遊撃隊が防御用の円形陣を組んでいる。そして、手前には見覚えのある騎士が大勢の兵士に取り囲まれて劣勢を強いられていた。
(ッ! 先ずはアーヴィルさんだな!)
瞬時に状況を見て取ったユーリー、レイモンドの円形陣には敵兵は積極的に接近していないが、騎士アーヴィルの周囲には兵が押し寄せていた。しかもアーヴィルは手負いの様相だった。先にアーヴィルの援護を決意すると、腰の「蒼牙」を抜き放ち魔力を叩き込む。
一人の負傷した騎士対して五十人以上の兵がその命を奪おうと殺到する、その光景に怒りが湧き上がる。そして、ユーリーはその怒りを解き放つと
白熱した投げ槍ほどの大きさの炎の矢は、馬上のユーリーから真っ直ぐ宙を走るとアーヴィルの手前、少し離れた場所で兵士達の中央に突き立つ。
ドォォォン!
狭い範囲に爆風と爆炎が撒き散らされ、着弾地付近の兵士は文字通り消し飛ぶ。そして離れたところにいる者も、爆風に弾き飛ばされる。
「まだだ!」
しかし、まだアーヴィルの周囲には兵がいる状況。ユーリーは駄目押しのもう一発を放っていた。そして、アーヴィルに駆け寄る。駆け寄りつつ、今度は
魔力の熾火を残した「蒼牙」は切れ味鋭く、ユーリーは馬上から敵兵の兜を割り断ちアッという間に二人の兵を打倒す。そして彼が駆る黒毛の軍馬は、その蹄で兵一人を強かに蹴り飛ばした。一瞬のうちに仲間を三人も殺された残りの兵は怖気づき、自陣に逃げ帰って行った。その姿を見たユーリーは、ようやくアーヴィルに声を掛ける。
「アーヴィルさん! 無事ですか!」
しかし、転倒した状態のまま、茫然と焦点の合わない目で自分を見つめ返してくるアーヴィルは何か呟いたようだが、それを言い終えるまえに地面に突っ伏してしまった。
「クソ!」
ユーリーは悪態と共に馬を飛び降りると、周囲を警戒する。短時間に濃密な攻撃術を受けた周囲は今の所敵兵の姿は無いが、少し離れた場所にはこちらを伺う数十人の兵や騎士の姿があった。
(先ずは、レイの所に合流しなければ!)
そう思うユーリーは、倒れ伏したアーヴィルを馬の背に乗せようとするが上手く行かない。ユーリーの馬は地べたに伏せて負傷した騎士を背に乗せやすくしているが、完全装備の騎士、しかも意識を失い脱力した騎士を一人で馬の鞍に引き上げるのは、喩えヨシンの膂力があっても難しいだろう。
ユーリーはもう一度悪態を吐くと、自身に
「若造! 手伝ってやる!」
と声が掛かった。驚いて後ろを振り向いたユーリーの視界に先ほど小道ですれ違った老騎士の姿があった。
「あっ……有難うございます! レイモンド王子の防御陣まで運びます!」
「分かったぞ」
ユーリーと老騎士シモンは力を合わせてアーヴィルを馬の鞍へ引き上げる。その近くでもう一人の気絶した騎士を見つけたユーリーは、この騎士を老騎士シモンの馬に乗せようとした。その動きにシモンは何とも嫌そうな顔をしつつも、応じるのだった。そして、二人の騎士を夫々の馬に乗せたころには、アートン騎士団の一個小隊三十人が此方へ近づいて来ていた。
ユーリーは牽制のため火炎矢を発動すると十本の炎の矢をその先頭に撃ち込むが、魔術を警戒していた敵の小隊はパッと散開して被害を最小限に留める。そしてジリジリと距離を詰めて来るのだ。
「若造、何をしている。早くせんか!」
「ユーリーです。お爺さん!」
「なっ! おじい……私はシモンという名が……」
「ほら、シモンさん行きますよ!」
そんなやり取りをしつつ、敵小隊の追撃を牽制しながら、ユーリーと老騎士シモンはレイモンドの円形陣を目指す。そして、
「ユーリーじゃないか!」
「ユーリー! それに、シモン殿まで!」
「ダレス! マーシュさん!」
アーヴィル救援にやって来たのはマーシュ率いる遊撃隊の二十騎の騎兵だった。彼等の先頭を行くマーシュと隣のダレスは、思い掛けず現れたユーリーとシモン・レスタの姿に驚いた声をあげる。
「敵の小隊が追って来ているぞ!」
「わかった、追手は押える。 早くアーヴィル殿を!」
「分かった! アーヴィルさんは?」
「気絶しているだけだ!」
アーヴィル救援にやって来た遊撃隊の騎兵二十騎の集団と合流したユーリーは背後の小隊を彼等に任せると、レイモンドの陣へ到着したのだった。
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