Episode_13.08 勝敗の先


 アーヴィルは素早く体勢を立て直し、向かってくるドリッドの大剣グレートソードを盾で受け止める。


ガンッ!


 と盾を打ち付ける音と共に、左腕の矢傷にズシンと重い痛みが走る。一方のドリッドは、その膂力に裏打ちされた鋭い剣筋で何度も何度もアーヴィルの盾を打ち据えた。重量と長さのある武器は、ドリッドの特注品だ。それを軽々と操る彼は、指揮官としては今一つの出来だが、一人の騎士としては恐ろしい使い手であった。その証拠に、


「うらぁ!」


 四度五度と単調に盾を打ち付けた大剣は空中で弧を描くと、低い所から掬い上げるような一撃に変化して、アーヴィルの足元を狙う。華麗なフェイント攻撃だ。


「うっ!」


 アーヴィルは間一髪でその攻撃を飛び退いて躱す。そして、相手の剣が引き戻される前の懐へ飛び込もうとするが、そこには既に大剣が引き戻されてアーヴィルを迎え撃たんと構えられていた。


(さすがドリッド将軍か……)


 心の中でそう呟くアーヴィルは、一足飛びに間合いを詰めることを断念する。


 そんなアーヴィルは本来、力押しを得意とする相手に持久戦で応じたいところだが矢傷からの出血が激しく、心に焦りが広がるのを感じる。得意の魔術も、傷が発する鋭い痛みで集中が続かない。その事実が、広がり始めた焦りに拍車をかける。


 そんなアーヴィルはせめて、弓矢による再攻撃を防ぐために、立ち位置を移動して演習場の入口付近を背に、アートン騎士団側を斜め正面に見る場所でドリッドに対峙する。直感的に射手はドルフリーの陣の横手の麦畑に潜んでいると察知していたので、その射線をドリッドの身体で遮る格好を作ったのだ。


 しかし、立ち位置を変えただけでは根本的に解決になっていない。そこで、アーヴィルは一度深く息を吐くと、冷静さを呼び戻す。そして心の中に静かな森の中の泉を思い浮かべた。風も無く、波も無く、清冽としてそこに在る水面を強く念想する。


 魔術騎士ルーンナイトの洗練され鍛えられた念想力は、心を蝕みつつあった焦りの影を一掃する。そして一拍後、アーヴィルは前へ出る決意を固めた。飛び込むのではない、相手が攻撃から次の攻撃へ移る間隙に少しずつ間合いを詰めるのだ。


ガンッ、ガンッ!


 相変わらず盾を打ち付け、不意にフェイントを挟む攻撃だが、アーヴィルは通常の斬撃を盾で、フェイント攻撃には剣で応じる。そして、ジリッ、ジリッと間合いを詰めて行く。そうする内にアーヴィルには、ドリッド特有の剣を振るう調子が見え始めていた。力任せに振り回しているように見えて、その斬撃は単調ではない。微妙に毎回タイミングをずらして襲い掛かってくるのだ。それは、盾を持って防御に専念するアーヴィルをしても、簡単に防げる攻撃ではない。しかし、


(……そういうことか……)


 嵐のような斬撃を前にして、念想の力により穏やかな水面のように保たれた彼の内面は唐突な「気付き」に辿り着いていた。


 ドリッドの攻撃は、基本的に単調に振っているようで、少しずつ間隔をずらして相手の防御を崩す高度な攻撃だ。そしてそのズレは、剣を振り上げてから振り下ろすまでの軌道を変化させて生み出しているものだった。強力な膂力を誇る余り、攻撃は常に全力で剣を打ち付けたくなる。そのため攻撃の緩急や調子の変化を力ではなく、剣の軌道で調整しているのだ。


 アーヴィルはその事実を見切った。そして、ドリッドの攻撃を、強烈なだけで単調な攻撃、だと断じていた。早い斬撃は小振り、重い斬撃は大振り、そしてフェイントに入る前は必ず小振りに素早く剣を振ってくる。軌道を変化させるため、力点である剣の柄を体の中心に引き寄せるからだろう。


 そこまで見切ったアーヴィルは、次のフェイントに合せて反撃に転じると決める。その時、


「何をやっている! 一気に決めないか! 相手は手負いぞ」


 という言葉が、ドリッドの背後から掛かった。無駄に勝負を焦らせる野次が、他の誰でもない、主であるドルフリーから掛かったのだ。ドリッドは、その声に応じるように、やや強引に攻撃を仕掛ける。大きく振り回して叩き付けていた斬撃を小さい振りに転じ、次いで軌道を変化させると、アーヴィルの構える盾の縁に沿うように切っ先を突き入れ急所の鎖骨付近を狙う。しかし、


シャァァン!


 その攻撃は、アーヴィルのよって見切られ、ドリッドの刺突は水平に寝かせたアーヴィルの盾の表面を擦り火花を散らせながら滑る。そして、殆どしゃがむほどの低さに身体を落としたアーヴィルは、斜め下から伸びきった巨漢の騎士を見上げる格好になる。ドリッドの驚愕した目と、アーヴィルの冷静な眼差しが刹那に交差、次の瞬間、アーヴィルは伸びあがるような一撃をドリッドの右腕に見舞っていた。


 鋭い刃筋は甲冑の鎖帷子に阻まれるが、その下の肉を押し潰し、次いで、


ゴキィ


 という鈍い感触をアーヴィルに返してくる。剣がドリッドの右腕を叩き折った感覚だった。


「ぐぁぁぁ!」


 ドリッドは自らの放った突きの勢いのまま、前のめりに転倒すると、右腕を抱えて悶絶する。


「勝負あったな……降参しろ、ドリッド将軍!」


 普通なら、降参するまでも無く「勝負有り」を宣言されるべき場面だ。しかし、マルス神の神官の声が上がらない。その代り、


「ええい、不甲斐ない奴め! 構わん、押し包みレイモンドを捕縛しろ! アーヴィルは殺しても構わん、いや、殺せ!」


 ドルフリーの大声が響いた。そして、予め備えていたようなアートン騎士団の兵士達が、横隊陣形でレイモンド旗下の遊撃隊と演習場入口付近で孤立するアーヴィルに襲い掛かった。


「遊撃隊、円形防御陣!」

「組め! 円形陣だ!」


 この事態に、マーシュとロージの声が上がる。元々二つの方陣形でレイモンドを挟んでいた遊撃隊は、不測の事態に対して速やかに陣形を変える。それは、歩兵によって構成された、レイモンドを中心とする円形防御陣。そして、各班の先頭と後尾に位置していた騎兵は円形陣を離脱すると、独立した二十騎の二列縦隊を二つ円形陣の左右に形成する。


「止むを得ん、合図だ! 旗を立てよ!」


 そして、レイモンドの号令により、陣の背後に隠してあった「紫禁の御旗」が勢いよく立てられた。


「おお」

「あ、あれは……」

「おい、俺達賊軍になっちまうのか?」

「どうするんだよ!」


 その旗に突進するアートン騎士団の兵士たちが怯むような声を上げる。それもそのはずで、コルサスの兵士や騎士、それに民にとって、この旗こそが正当性の象徴だったからだ。


 建国当時からコルサス王家に所蔵されている王家の宝「紫禁の御旗」は特殊な魔術具である。由来の詳細は不明であるが、アーシラ帝国最末期の時代、西方護民官であったカウモンド・エトール・コルサス建国王が、混乱の真っ只中にあったコルサスの地を平定し王国を樹立した原動力であったと伝わっている。その旗の下にカウモンド建国王の直系男子が存在する時のみ効果を発揮し、味方の軍勢を恐れ知らずの精兵に変える効果を持つ。


 しかし、それは前王ジュリアンド・エトール・コルサスの急死に端を発した混乱の最中に遺失したと思われていた。一説には、死を悟ったジュリアンド王が燃やしたとも伝わっていたのだが、実際はジュリアンドから当時臨月に近かったアイナス王妃の手を介してアートン公爵マルコナに渡っていたのだ。


 アートン公爵家も、血は薄まったがコルサス王家の直系に繋がる家系である。そのため、レイモンド王子を盛り立てる戦でこの旗を使うことが出来たが、その実、一度も使われることは無かった。その上、実子ドルフリーにもその存在は秘匿されていた。公爵マルコナの意図は今の所不明だが、先のレイモンド王子のリムルベート行きに際してレイモンドとアーヴィルに託されていたのだ。


「あれは御旗……なぜ、今ここに……さては父上、私にも内密にしていたのか!」


 ドルフリーは、咄嗟にそのことを悟ると怒りを爆発させる。


「誰でも構わぬ、旗を奪った者には金貨百枚の褒美を取らせる! 何としてもレイモンドを、そして御旗を奪え!」


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