Episode_13.07 馬上試合Ⅲ


 演習場の中央に進み出たアーヴィルはドリッド将軍を一瞥すると、直ぐに間に立つ審判役のマルス神神官に問いかける。


「この手の試合は初めてだから、一つ聞きたいのだが」

「なんでしょうか?」

「基本的に騎馬同士の槍試合と思うが、魔術の類は使ってよいのか?」

「魔術ですか……」


 そう問いかけられた神官は少し顔を顰める。特にマルス神が魔術を禁忌としていることは無いので、個人的な好みに会わなかったのだろう。実は、聖職者に限らず魔術と聞くとこのような反応をする人間は多い。魔術師が世界を支配していたローディルス帝国時代の圧政などは記憶にも記録にも残っていないはずなのだが、何処か得体の知れない物と扱われるのが一般的なのだ。


「魔術については、取り決めがありません。但し『武器防具の装備携行及び乗馬準備以外の試合のためにする行為は、全て両人限りが行い、開始の合図を待つ物とする』という規則がありますので、開始の合図があった後での使用に限られると解釈できます……その上で使用の可否については、相手が承諾すれば問題ないかと」

「そうか……どうするドリッド将軍?」


 神官の言葉を聞いたアーヴィルは、今度は相手であるドリッド将軍に問いかける。対するドリッドは少し考えたようになるが、


「自信が無ければ使うがよかろう」


 という返事をしてきた。それはまるで、魔術など些細な問題と言わんばかりの物言いだった。豪胆で、剣や槍の腕に絶対の自信を持っているドリッド将軍らしい言葉とも言えるが、思慮の足りなさ・・・・も彼らしいものだった。


「ならば、お言葉に甘えて普段通り・・・・でやるとしよう」


 アーヴィルはドリッドの言葉に応じると、自分の馬を定位置へ進めていく。それに合わせてドリッドも同じようにすると、直ぐに両者は二十メートルの距離をもって対峙する格好となった。


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 実際、アーヴィルの魔術の腕は相当なものだ。先のオーク襲撃で何度も大きな術を使って見せたことでも明白なのだが、一方で今までそれを披露する機会が殆ど無かったため、アートンやアトリアの騎士団にはその実力を知る者がいない。


 そもそも、魔術を使う剣士や騎士は絶対数が極端に少ないのだ。通常は幼少時に巫病ふびょうに罹った時点で、両親から悪魔憑きと恐れられて捨て子となり、そこで短い人生に終止符が打たれる。両親に理解があり、さらに巫病ふびょうを治すための環境が整っていれば生き残ることが出来るが、その後の人生で魔術師を目指すかは、また別の話である。その上、魔術を学びつつ剣士や騎士の道を進む者となると稀有な存在と言えるほど、確率的に少なくなる。


 勿論巫病ふびょうに罹らずとも、魔術陣の起想念想に対する才能が有れば魔力は小さいながらも魔術を使うことは出来る。ただし、そのような者はトトマの老魔術師アグムのように代々続く魔術師の家系という者に限られていた。


 そう言う状況であるから、普通の騎士や兵士が魔術剣士ルーンフェンサー魔術騎士ルーンナイトと遭遇すること自体が稀なのである。そして、機会が少ないからこそ、その実力を正確に推し量れる者は輪を掛けて少ない。


 しかし、騎士や冒険者、傭兵など戦いを生業なりわいとしている者は本来、豪胆な者であっても用心深いものだ。特に未知の相手と戦う場合は慎重を期そうという心理が働いて当然である。しかし、アーヴィルと対峙するドリッドは、全くそのような素振りを見せずに堂々とした様子で構えているのであった。


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 アーヴィルは開始の合図を待ちながら、簡単に作戦を立てていた。彼は剣と盾を使った戦闘技術ならば、可也出来ると自負しているが、一方で槍を持っての騎乗の戦いはそれほど得意ではない。生まれ育った環境にまともな馬がいなかったのだから仕方ないことだった。だから、相手を馬から引き摺り下ろす方策を考える。


 周囲からは、両軍の発する声援と野次が雨のように降り注いでいるが、目の前に集中するアーヴィルにはそよ風が立てる葉音程度にしか感じられない。そして、


(よし、これで行くか……)


 アーヴィルがそう心に決めたころ、真ん中に立つマルス神の神官が開始の号令を発する。


「始め!」


 合図を受けたドリッドが矢のように馬を走らせる。重厚な鎧に守られ突進するさまは、さながら鉄の塊である。一方のアーヴィルは素早く魔術陣を起想展開、発動させる。発動したのは負の付与術「弱体化ウィークネス」、これを相手の馬に掛けたのだ。


 負の付与術としてはかかりが悪い・・・・・・「弱体化」だが、素早く効果を表わすと、ドリッドの乗る馬が格段に遅くなった。


「ぬぅっ!」


 馬の変化に思わずドリッドが声を上げるが、アーヴィルは構わず馬に拍車を掛ける。その時――


ヒュン、ヒュン、ヒュン!


 三つの風切り音が同時に響き、三本の矢が有らぬ方向 ――アートン騎士団側の麦畑の中―― からアーヴィル目掛けて降り注いだ。そして、三本の内二本がアーヴィルの乗る馬の首筋と前足の付け根に突き立ち、残る一本はアーヴィルの左腕に突き立った。


 突進を始めたばかりのアーヴィルの馬は、背中の乗り手を放り出すと、その勢いのまま頭部から地面に突っ込むように転倒して動かなくなる。そして、放り出されて地面を転がるアーヴィルの元へ、可也失速した状態でドリッドが到達すると問答無用とばかりに槍を突き入れた。


ガキィッ!


 アーヴィルは転倒した時に槍を手放していたが、それが奏功した。素早く、慣れ親しんだ片手剣ショートソードを抜きざまにドリッドの槍を弾いたのだ。突進の速度が乗っていない槍の一撃だったこともアーヴィルに味方した。そして、


「ハッ!」


 と、アーヴィルは鋭い気合いを発して、一太刀で走り去るドリッドの馬の後ろ脚を切り裂いた。


「ぬぁぁ!」


 少し離れたところでドリッドが呻き声と共に落馬したのが音で分かった。


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 アーヴィルの付与術が決まり、そのアーヴィルに矢が射掛けられ、転倒したところにドリッドが突進し、アーヴィルがドリッドの馬を斬り付ける。一連の止めようもない流れは、馬を斬られたドリッドが落馬した時点で一度停止する。そして、レイモンド王子側の面々が明らかな不正攻撃に騒ぎ出す。


「審判! 不正攻撃だ! 矢が射られたぞ!」

「止めろ! 試合を止めろ!」

「おい審判! 聞こえてるのか!」


 彼等は、アーヴィルに矢が射掛けられた事に抗議するが、審判役の神官は知らぬ振りをするばかり……いや、あろうことかその神官はアートン騎士団側の兵士の列の後ろに隠れてしまった。この状態では、試合を止める権限は戦う両者と審判にしかない。結局審判が止めない限り、どちらかが降参しなければ試合は止まらないのだ。


「てめぇ、クソ坊主! グルだな!」

「王子!」

「アーヴィル殿を助けねば!」


 審判ぐるみの不正と感じた面々は試合を止めるために演習場の中央へ駈け出そうとするが、それをレイモンドが一喝した。


「静まれ! アーヴィルを見よ、大丈夫だ!」


 実際のところ、親とも慕うアーヴィルが不正に晒された光景に、いの一番に駈け出したいのはレイモンド自身である。しかしレイモンドには、駆け寄ろうとする遊撃隊の面々を迎え撃とうと隊列を整えるアートン騎士団の兵達の様子が見えていた。今手を出せば、神聖な試合を妨害せんとする輩を排除する、という口実を与えてしまいかねないのだ。


「アーヴィル! 頼んだぞ、負けるな!」


 レイモンドの声援が演習場に木霊した。


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