Episode_13.07 馬上試合Ⅲ
演習場の中央に進み出たアーヴィルはドリッド将軍を一瞥すると、直ぐに間に立つ審判役のマルス神神官に問いかける。
「この手の試合は初めてだから、一つ聞きたいのだが」
「なんでしょうか?」
「基本的に騎馬同士の槍試合と思うが、魔術の類は使ってよいのか?」
「魔術ですか……」
そう問いかけられた神官は少し顔を顰める。特にマルス神が魔術を禁忌としていることは無いので、個人的な好みに会わなかったのだろう。実は、聖職者に限らず魔術と聞くとこのような反応をする人間は多い。魔術師が世界を支配していたローディルス帝国時代の圧政などは記憶にも記録にも残っていないはずなのだが、何処か得体の知れない物と扱われるのが一般的なのだ。
「魔術については、取り決めがありません。但し『武器防具の装備携行及び乗馬準備以外の試合のためにする行為は、全て両人限りが行い、開始の合図を待つ物とする』という規則がありますので、開始の合図があった後での使用に限られると解釈できます……その上で使用の可否については、相手が承諾すれば問題ないかと」
「そうか……どうするドリッド将軍?」
神官の言葉を聞いたアーヴィルは、今度は相手であるドリッド将軍に問いかける。対するドリッドは少し考えたようになるが、
「自信が無ければ使うがよかろう」
という返事をしてきた。それはまるで、魔術など些細な問題と言わんばかりの物言いだった。豪胆で、剣や槍の腕に絶対の自信を持っているドリッド将軍らしい言葉とも言えるが、思慮の
「ならば、お言葉に甘えて
アーヴィルはドリッドの言葉に応じると、自分の馬を定位置へ進めていく。それに合わせてドリッドも同じようにすると、直ぐに両者は二十メートルの距離をもって対峙する格好となった。
****************************************
実際、アーヴィルの魔術の腕は相当なものだ。先のオーク襲撃で何度も大きな術を使って見せたことでも明白なのだが、一方で今までそれを披露する機会が殆ど無かったため、アートンやアトリアの騎士団にはその実力を知る者がいない。
そもそも、魔術を使う剣士や騎士は絶対数が極端に少ないのだ。通常は幼少時に
勿論
そう言う状況であるから、普通の騎士や兵士が
しかし、騎士や冒険者、傭兵など戦いを
***************************************
アーヴィルは開始の合図を待ちながら、簡単に作戦を立てていた。彼は剣と盾を使った戦闘技術ならば、可也出来ると自負しているが、一方で槍を持っての騎乗の戦いはそれほど得意ではない。生まれ育った環境にまともな馬がいなかったのだから仕方ないことだった。だから、相手を馬から引き摺り下ろす方策を考える。
周囲からは、両軍の発する声援と野次が雨のように降り注いでいるが、目の前に集中するアーヴィルにはそよ風が立てる葉音程度にしか感じられない。そして、
(よし、これで行くか……)
アーヴィルがそう心に決めたころ、真ん中に立つマルス神の神官が開始の号令を発する。
「始め!」
合図を受けたドリッドが矢のように馬を走らせる。重厚な鎧に守られ突進するさまは、さながら鉄の塊である。一方のアーヴィルは素早く魔術陣を起想展開、発動させる。発動したのは負の付与術「
負の付与術としては
「ぬぅっ!」
馬の変化に思わずドリッドが声を上げるが、アーヴィルは構わず馬に拍車を掛ける。その時――
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
三つの風切り音が同時に響き、三本の矢が有らぬ方向 ――アートン騎士団側の麦畑の中―― からアーヴィル目掛けて降り注いだ。そして、三本の内二本がアーヴィルの乗る馬の首筋と前足の付け根に突き立ち、残る一本はアーヴィルの左腕に突き立った。
突進を始めたばかりのアーヴィルの馬は、背中の乗り手を放り出すと、その勢いのまま頭部から地面に突っ込むように転倒して動かなくなる。そして、放り出されて地面を転がるアーヴィルの元へ、可也失速した状態でドリッドが到達すると問答無用とばかりに槍を突き入れた。
ガキィッ!
アーヴィルは転倒した時に槍を手放していたが、それが奏功した。素早く、慣れ親しんだ
「ハッ!」
と、アーヴィルは鋭い気合いを発して、一太刀で走り去るドリッドの馬の後ろ脚を切り裂いた。
「ぬぁぁ!」
少し離れたところでドリッドが呻き声と共に落馬したのが音で分かった。
****************************************
アーヴィルの付与術が決まり、そのアーヴィルに矢が射掛けられ、転倒したところにドリッドが突進し、アーヴィルがドリッドの馬を斬り付ける。一連の止めようもない流れは、馬を斬られたドリッドが落馬した時点で一度停止する。そして、レイモンド王子側の面々が明らかな不正攻撃に騒ぎ出す。
「審判! 不正攻撃だ! 矢が射られたぞ!」
「止めろ! 試合を止めろ!」
「おい審判! 聞こえてるのか!」
彼等は、アーヴィルに矢が射掛けられた事に抗議するが、審判役の神官は知らぬ振りをするばかり……いや、あろうことかその神官はアートン騎士団側の兵士の列の後ろに隠れてしまった。この状態では、試合を止める権限は戦う両者と審判にしかない。結局審判が止めない限り、どちらかが降参しなければ試合は止まらないのだ。
「てめぇ、クソ坊主! グルだな!」
「王子!」
「アーヴィル殿を助けねば!」
審判ぐるみの不正と感じた面々は試合を止めるために演習場の中央へ駈け出そうとするが、それをレイモンドが一喝した。
「静まれ! アーヴィルを見よ、大丈夫だ!」
実際のところ、親とも慕うアーヴィルが不正に晒された光景に、いの一番に駈け出したいのはレイモンド自身である。しかしレイモンドには、駆け寄ろうとする遊撃隊の面々を迎え撃とうと隊列を整えるアートン騎士団の兵達の様子が見えていた。今手を出せば、神聖な試合を妨害せんとする輩を排除する、という口実を与えてしまいかねないのだ。
「アーヴィル! 頼んだぞ、負けるな!」
レイモンドの声援が演習場に木霊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます