Episode_13.06 馬上試合Ⅱ
交差する瞬間、ダレスは相手の右肩を狙って槍を突き出す。相手の騎士も同様の動きとなった。
ガキィン!
火花こそ散ることは無かったが、金属同士のぶつかる音が演習場に響く。
交差の瞬間、ダレスは相手の槍を跳ね上げつつ下から右肩を狙った。一方相手は上から捻じり込むように槍の穂先を突き立てた訳だ。そして結果は、お互いに有効打と成らずに再び距離を置く。
ダレスは馬上で呼吸を整えつつも、ゾッとする恐怖感と共に不思議な昂揚感を味わう。相手の槍の穂先は、ダレスの右肩当てに醜い鉤傷を残しつつ上へ逸れていた。もしも自分の装備が数か月前までの
そして相手の攻撃同様に、自分の攻撃も相手の右肩を掠めていた事に、我が事ながら驚く気持ちとなるのだ。全く通用しない、と言う訳でも無いと自分に言い聞かせる。
「隊長! がんばれー!」
「ダレスの親分! やっちまえー!」
自信とは不思議なもので、一度そう思うと、自分の小隊の面々が掛ける声援を聞く程度の余裕が生まれて来るのだ。そして、馬を方向転換すると、場所を入れ替え再び対峙する。一方相手の騎士は、一撃で仕留められなかったことを悔しがるように、鞍に拳を叩き付けると再び猛然と駈け出してきた。しかしその様子は、何処か勝負を急ぐような節があると、余裕の出来たダレスには見えた。
(ふん……騎士の矜持に掛けて、一般兵の騎兵には負けられない、ということか……つくづく騎士なんて不自由な連中だ)
ダレスは思う。彼自身子爵家の息子だから父親や兄の考え方が良く分かる。
「騎士とはこうあらねばならない」
「王より爵位を与えられた者はこのように振る舞わねばならない」
という厳格な教えがザリア家にもあった。そして、それに対する反発心がダレスを非行の道へ誘ったのだろう。そして今、コルサス王国の地でこの国の騎士と対峙しているダレスだが、相手の心情は精々が
「身分の軽い騎兵など、一槍で仕留めなければならない」
と見下し半分に思っているに違いないと確信するのだ。だから、
「なめるな!」
ダレスは再び交差する馬上でそう吠えると、槍を突き出す
今回の馬上試合の形式は、最初の一度だけ定位置から突進して槍を交わし、その後は自由だ。落馬しても下馬しても「参った」と言わなければ負けに成らない降参制の試合である。しかし名誉と誇りを重んじる騎士達は正面から突進による勝負に
「なっ!」
背後を追われる格好となった騎士は驚愕の声を挙げつつも、馬上から後ろへ向けて槍を突き出す。しかし、ダレスはそれを真後ろに回り込み躱すと自分の槍を思いきり相手の馬の尻に突き立てた。
ヒヒィーン
相手の馬は悲鳴のような嘶きを上げると後ろ脚で跳ね上がるように挙動を乱す。そして、その背に跨る騎士は弾き飛ばされるように地面へ落下した。
「おおおぉ!」
「スゲー! 親分!」
という歓声と、
「卑怯だぞ!」
「恥を知れ!」
と言った罵声が響くが、ダレスは気にも留めずに馬上から、地面に蹲る騎士の上目掛けて飛び降り、腰の片手剣を抜きざまに相手の首に押し当てる。
「勝負あり!」
少し遅れてマルス神の神官の声が響いた。
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最初の試合で、先日の遺恨を晴らしたダレスは、見物に出ていた農民達からも歓声を受けていた。恐らく、殺害された農民達が住んでいた村の人々なのだろう。そして、その歓声に気を良くしたダレスだったが、続く二試合目ではあっさりと落馬し敗北していた。それでも、
「ダレス、頑張ったな! あれぞ遊撃隊魂だ」
とレイモンド王子から直々にお褒めの言葉を授かっていた。
しかし、試合自体は最初のダレスの一勝以外連続で負け続ける状態となっていた。ダレスの勝ち方が相手の怒りに火を着けたのだろう、ダレスの同僚である騎兵たちは相手の二番手の騎士に五人抜きされていた。そして、
「ロージ、頼むぞ!」
「任せとけ、兄貴!」
というやり取りともに、ようやく戦力らしい元騎士ロージが出馬した。ロンド家の家風なのか、馬上において長めの馬上槍と
「我こそはロンド家二男、ロージ・ロンド。盾のロンドだ!」
と名乗りを上げると、猛然と馬を駆けさせた。
バァン!
勝負は一瞬だった。これまでダレスから数えて騎兵を六人抜きした二番手の騎士は槍を交わすことも無く、只すれ違いざまにロージが
その後ロージは合計で四人の騎士、相手の五番手までを下したが、流石に体力と集中力の限界を迎え、六番手の騎士と対決した時に落馬してしまった。すれ違いざまの槍の一撃を紙一重で躱されたと後、相手の槍による殴打を背中に受け、バランスを崩してしまったのだ。それでも、
「掛かってこい!」
と徒歩で相手を迎え撃ったロージは何度も相手の突撃を盾で受け止め、馬上から引き摺り下ろそうとするが、遂に馬の蹄を掛けられて転倒してしまう。そして、
「勝負あり!」
の判定を受けて敗退したのだ。それでも、騎士同士の試合では二人抜きすれば手練れと言われ、三人抜きで一目を置かれ、四人抜き以上はしばらく語り草になるものだ。流石のアートン騎士団もアトリア騎士団もロージの強さには惜しまず賛辞を送った。そして、
「レイモンド王子旗下、遊撃隊長マーシュだ。いざ、参る!」
弟の敵討ちでもないだろうが、気合いの入ったマーシュが演習場の中央に進み出ている。一方、その光景を見守るレイモンドは馬上にあって泰然自若の態を崩さなかった。反対側のアートン騎士団では、ドルフリーとドリッドが勝負に一喜一憂しているのとは対照的な様子だといえる。
そんなレイモンドは、既に手勢の残りがマーシュとアーヴィルの二人という状況だが、彼等の強さを信じきっていて、慌てる必要性をも感じていなかった。それよりも、
「偽装兵達への合図は?」
と周囲の騎兵達に問いかけていた。それを受けた騎兵は一つ頷くと応じる。
「後ろの麦畑に倒した状態で置いてあります。合図一つで直ぐに出せます!」
その言葉に頷くレイモンドは、今回の演習がこのまま終わるとは思っていない。何と言っても、四倍近い兵力を持った相手である。その気になれば、このような馬上試合などしなくても、自分の身柄を確保することは出来ると思うのだ。
(伯父上は何を企むのか……)
その点がどうにも分からないレイモンドは、念のために遊撃隊の歩兵二百数十名を幾つかの集団に分けて、演習場周辺の農村に派遣していた。そして、農民達にレイモンド王子からの言葉を説明させ協力を要請していたのだ。
その計略の全部が成功したか分からないレイモンドだが、少なくとも一部は成功したらしいと思う。なぜなら、演習場が見晴らせる何カ所かの斜面や高台に、幾つもの農民の集団が形成されているからだ。見物の体裁を取っているが、演習が始まる前よりも倍以上数が増えている。
(農民を巻き込むのは本意ではないが……全て綺麗事で世の中は進まぬな)
とレイモンドは内心溜息を吐くのである。
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一方、演習場の中央で馬上試合に臨むマーシュは、弟ロージも顔負けの強さを発揮していた。弟同様、
すれ違いざまに相手の騎士の槍を
その後、相手の七番手を難なく下したマーシュであるが、八番目に出て来た相手に苦戦した。それは、アトリア砦側の演習軍を指揮していた老齢の騎士だった。
「シモン・レスタ、アトリア騎士団の副団長だ」
「マーシュ・ロンド、レイモンド王子旗下の遊撃隊隊長だ」
そう言葉を交わす二騎だが、意外なことにシモンと名乗った老騎士は言葉を続けた。
「お父君、スティッド様からは格別の高配を受けた身です。先のベートとの戦争後、ロンド家
「父をご存じですか!」
「はい、生前は色々と良くして貰い……その恩を返せぬままで今日まで」
「……ならば、先ずはお互い悔い無きよう戦い、その後機会が有れば父の話をお聞かせいただきたい」
「その物言い、懐かしい。分かりました、ならば全力で参られよ!」
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マーシュと老騎士シモンが対峙しているころ、午後の日差しを受けた街道には先を急ぐ騎馬の姿があった。ユーリーである。しかし、その速度はトトマを飛び出した時よりも数段押えたものになっている。彼の駆る馬は優秀な軍馬だが、無尽蔵に体力がある訳では無い。
(自分一人が飛び込んだところで何も変わらないだろう。何も変わらないならば、こんなに急ぐ必要もない)
そんな否定的な考えを頭に巡らせているが、それは彼が怖気づいたからでは無かった。本当の所は、その反対で、そうでも考えて居なければ馬が潰れるまで拍車を掛けてしまいそうなのだ。
逸る気持ちを抑えるために、敢えて後ろ向きの事を考えているのだが……レイモンドの顔やアーヴィルの顔が頭をチラつくと、無意識に手綱を緩めてしまいそうになる。
「くそぉー! 相移転の術、早く使えるようになりたい!」
言っても詮無き事を大声で叫ぶユーリーだが、次の瞬間、街道に残る大勢の足跡や馬の蹄跡が脇道に入って行った痕跡を見つける。とうとう、演習場の近くまで辿り着いたのだ。
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カンッ!
マーシュは跳ね上げられ宙を舞う自分の槍を呆気にとられたように見ていた。それは五度目の突進でのことだった。
最初、マーシュは自分よりも十歳は年上に見える老騎士に対して油断はしていなかったが、そこまで強いとも思っていなかった。しかし、一合槍を合わせてその甘い考えは吹き飛んでいた。目の前の老騎士は、盾こそ平凡な
二度目の突進では、目にも止まらぬ速さで叩き付けられたその槍をマーシュはどうにか自分の槍で防いでいた。しかし、防いだ場所から更に撓った槍の穂先が彼の側頭部を兜の上から打ち据えていた。
続く三度目、四度目の突進では、マーシュは何とか相手の攻撃を見切ろうとしたが、毎回軌道を変えて襲い掛かる槍に防戦一方となった。そして五度目の突進、このまま防戦に回っていてはいけないと決心し突き出されたマーシュの槍は、老騎士の細い槍に巻き取られるように跳ね上げられたのだった。
「く……参った」
マーシュは己の負けを悟り、立場や状況を忘れてその言葉を口にしていた。一方老騎士シモンは、それに対して言う。
「マーシュ殿も見事な馬捌きに槍捌きでした。これが戦場ならば、間違いなく老骨の私が破れたことでしょう。にも係わらず槍を落とした時点で負けを認めるとは天晴!」
そして、審判役の神官を見て言うのだ。
「私もこの試合はここで下ります」
突然の宣言に、ドルフリーが声を荒げる。
「シモン! 貴様、
しかし、老騎士シモンは一度鬱陶しそうに腕を振ってから答える。
「主とは、レイモンド王子の事では無いのかな? ……このシモン、御恩ある方の面影に騎士としての誇りを思い出しました。かくなる上は、このような茶番に付き合うことも馬鹿馬鹿しい。馬上試合も、その腹の中の企みも、ドリッド将軍閣下にお任せすれば良いではないですか? 私は、かつての同僚が多く住み暮らすリムンの田舎へ戻ります。それでは、御免」
言い放つ老騎士は、自陣には戻らずそのまま演習場を後にするのだった。その光景には、流石のレイモンド側も呆気にとられた表情となっていた。しかし、
「ええい、捨て置け!
「御意!」
というやり取りがアートン騎士団陣営で起こると、ドリッド将軍自らが最後の一人として演習場に進み出た。そして、
「アーヴィル、頼むぞ!」
「……お任せを……」
遊撃隊の声援を背に、騎士アーヴィルがドリッド将軍と相対するように演習場の中央に進み出たのだった。
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