Episode_13.05 馬上試合Ⅰ
演習場となった畑を見渡すことのできる少し離れた斜面の上には、近隣の農村からやって来た
尤も、軍事の専門でもない農民達から見れば、田畑を荒らし騒がしく執拗に麦を踏みつける騎士や兵士達に憎しみこそ感じても、その動きに驚異は感じないだろう。しかし、
「うむ……流石に二十年来内戦を続けていただけのことはあるか……」
「兄貴もそう思うか……」
と唸るのはロンド家の兄弟マーシュとロージであった。自分達も元騎士であり、戦場での部隊運用や戦術には通じていた。それだけに、眼下に展開されるアートン騎士団とアトリア騎士団の白熱した演習に唸り声を上げるのだった。
両騎士団とも騎士百騎に歩兵五百という同じ部隊構成で、交互に攻守を入れ替えながらその部隊運用を競い合っている。広さを限定された演習場の南北に造られた陣地内の旗を守る形式の演習で、騎士や兵士達は実戦そのままの装備をしているが、それらを相手に向けることはない。あくまで、部隊運用を繰り返し練習しているのだ。それでも勢い余って毎度毎度負傷者が出る。そんな負傷者等は、アートン騎士団に従卒した数名のマルス神の聖職者が行う神蹟術で怪我を癒されると、即演習に戻っていくという様子だった。
その強硬的な演習風景は、勿論ドルフリーの命令により演出された示威行為である。しかし、そうやって猛然と繰り返される演習を目にして、遊撃隊の兵士達は何を感じているのだろうか? 恐怖を感じている者がいるかもしれない。農地を荒らし農民を傷付けた所業へ義憤を抱き続ける者もいるかもしれない。しかし、大半の兵達は自分達の至らなさを痛感していた。そして、その気持ちが明日への糧になるのだが、今はそれ以上に差し迫った状況である。
演習は、次第にアトリア砦の騎士団が優勢に展開するようになる。アトリア砦はドルフリーの長子であるアルキムという人物が預かっているが、今回の演習には参加していない。その代り、騎士や兵士たちの指揮を執るのは少し歳の入った老齢と言ってもいい年齢の騎士であった。しかし、その指揮は如何にも柔軟で、強く押すばかりのドリッド将軍率いるアートン騎士団を受け止め、押し返し、裏を掻く機動を見せる。
守っては、演習場の隅に防御の薄い場所を作り、そこへ相手の虎の子の騎士隊を誘い込み、歩兵隊の正面とぶつけることで拘束する。その間に騎士隊を差し向け、敵の後詰である歩兵隊を分断し散々に蹴散らした後で、拘束された騎士隊に背後から包囲する機動を見せる。
一方、攻めては、演習場の西側に歩兵を寄せ、五列縦隊を組ませると順に敵陣へ攻め込ませる。対するアートン騎士団の歩兵達がその突進の圧を受け止めるために、全体として西へ兵士を寄せていく。勿論、がら空きの中央に対して反対側からアートンの騎士達が突入を試みるが、その騎士隊の動きを読んでいたように、アトリア砦の歩兵達は、縦隊を柔軟に横隊へ組み替えると、それを受け止めるのだ。そして、受け止められたアートンの騎士達の背後には、アトリアの騎士隊の半数が回り込む。残りの半数は騎士達が出払い手薄となった陣地へ突撃し、あっさりの守備側の旗を奪い取っていた。
「あれは、レスタ卿ですな」
「ああ、見事なものだな……」
アーヴィルの声にレイモンドは感嘆したような声を返す。レスタ卿とよばれる老騎士は、その実力で将軍に任じられても良いほどの人物だが、色々と理由がありアトリア砦に燻っている人物だった。
レイモンドとアーヴィルがそのような会話を交わしている内に、演習軍は東側のドルフリーの陣へ引き上げていく。どうやら今の一度を最後に演習は一段落したようだった。
「さて、この後どうしたものか……」
「相手次第だな」
アーヴィルの声にレイモンドの緊張した声が重なった。
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「演習は終いですが、このままでは面白くない。ここはレイモンド王子の配下とドルフリー様の騎士とで馬上試合を致しませぬか?」
それは、演習を終えた陣から馬を走らせてきたドリッド将軍の言葉だった。
「馬上試合か?」
「そうです、レイモンド王子の兵は皆精強と聞きました。ここは我らに一手ご指南頂きたく」
勿論、ドリッド将軍の言葉は方便である。強硬的な演習を見せつけた上、手回りの強兵を痛め付ければレイモンド王子も大人しく従うだろう、というドルフリーの作戦でもあった。その見え透いた方便に、レイモンドが声を上げる。
「演習は終わったのだろう、ならば私はトトマに帰るつもりだが?」
「それは危のうございます」
「ドリッド殿、危ないとはどう言う事か?」
レイモンドの言葉に返すドリッドが思いも掛けない剣呑な言葉遣いをしたため、アーヴィルがそれを問い質す。
「アーヴィル殿、我ら騎士隊は先ほどの演習で戦場の熱い血の滾りを思い出しております。この上、背中を見せる兵の集団など見せられては、私やドルフリー様では押えが聞きませぬぞ。襲い掛かってしまうかもしれぬということです、はは、ハッハッハッハ」
そう言うとドリッドは、やや不自然な高笑いを発する。これも、ドルフリーから言い含められた口上なのだろうと、アーヴィルもレイモンドも察していた。その上でレイモンドが応じる。
「ならば、その良く分からぬ『血の滾り』とやらを治めるために馬上試合を所望するということだな?」
「如何にも、その通りでございます」
「分かった。ならば、九人選抜の勝ち抜き戦として貰おう。その上、万一負傷者が出た場合は、分け隔てなく其方のマルス神の神官に治療を受けることが出来る。この条件ならばどうだ?」
「よろしいですとも!」
レイモンドの返答に、ドリッドは「してやったり」とあからさまな喜色を浮かべて返事をすると自陣に戻って行った。その後ろ姿を見送るレイモンドは、近くにマーシュとロージを含む数名の騎兵を呼び寄せると言った。
「仕方が無い……しかし古来よりマルス神の神官立ち合いの武芸試合には誓いを立てることが許されている。マーシュ、ロージ、それにアーヴィル、済まぬがお主らを頼りとするほかない」
アーヴィルはてっきりレイモンドが「自分も出る」と言い出すのかと思っていたが、その辺の分別はあるようでホッとしていた。その上で、やや古めかしい風習だが昔からの習いを持ち出したのは、上手いやり方だと感心していた。勝負事の前に立てた誓いや約束を守護するのはマルス神の役割とされている。そして、その約束を勝ち負けに応じてキッチリ守るのは武人の美徳とされているのだ。
「分かりました、隊から残りの者を選抜いたします」
「任せる」
一方、マーシュはそう言うと、隊に戻り適した人物の選定に入る。既に候補は何人か頭の中に浮かんでいる。皆、本物の騎士と比べると心許ないが、幾分か
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馬上試合とは幾つも形式があるが、今回の試合は降参制だった。対峙した一方が負けを宣言するか、審判役のマルス神の神官が負けと判断すれば勝負有りとなる。怪我をさせる分には不問だが、敢えて相手の息の根を止める行為に及べば、騎士の地位をはく奪され、利き腕を切り落とされた上で追放される。
罰則の重さからも、厳正で格の高い方式と言われている。そして、もう一つ、
「レイモンド・エトール・コルサス、我が配下の者がこの度の試合に勝ち抜けば、ドルフリー・アートンに演習軍の撤収と今後の無用な干渉の取り止めを願う。負ければ、同人の意志に従う」
「ドルフリー・アートン、我が配下の騎士がこの度の試合に勝ち抜けば、我が主レイモンド・エトール・コルサスにはアートン城への帰還と以後私の指示に従うことを願う。負ければ、同人の意志に従う」
「厳正に誓いは立てられた……両者全力を尽くされよ」
というやり取りが示す通り、勝った時に相手に一定の行為を強制することができるのだ。それ故に「決闘戦争」とも呼ばれる古式ゆかしい様式でもある。
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ダレスは自分で志願しておきながら少し後悔していた。演習場のほぼ中央に進み出たのはダレスを含む騎兵六人にマーシュ、ロージ、アーヴィルを加えた九名の騎士達。そして、レイモンドと彼を護衛する数騎の騎兵。対して、相手側からもほぼ同数の騎士が進み出てくる。既に宣誓の儀は行われ、後は試合が始まるばかりだ。
ダレスは背後から仲間の騎兵や歩兵達の応援する声を聞きつつも、よりによって自分が一番手は無いだろう、と思っていたのだが、
「ほう、どんな手練れかと思えば、まだ産毛も生え揃わない
と言い放った相手の騎士の姿に
一連の動きの中でダレスは、これまでの鍛錬、特にユーリーと再会してからの短い期間だが濃密な鍛錬を思い出す。それは、ヨシンに言わせれば、
「俺達は、十四歳の頃からこれでやっていた」
という、付与術による身体能力強化を取り込んだ実戦的な鍛錬だった。ユーリーとヨシンの二人の間では熟成された阿吽の呼吸による訓練法だったが、不慣れなダレスには何度も命の危険を覚悟させられるほど強烈な体験だった。
その鍛錬を行った期間は正味一か月分も無かった。しかし、死を覚悟するほどの訓練は確実にダレスの実力と胆力を引き上げていた。
(あれに比べれば……)
そう思うダレスの脳裏には、青い光が走るような剣捌きのユーリー。そして、目の前のものを全て薙ぎ払うような膂力を誇るヨシン。そんな二人の若い騎士の幻影がある。それに比べれば、無抵抗の農民を面白づくに狩って見せる騎士など怖れるに足りないのだ。
ダレスがそう考えを巡らす間、相手の騎士も定位置に付く。間合いにして両者の間は二十メートル。不意に辺りが暗くなった。大きくなった入道雲が夏の日差しを遮ったのだ。束の間、強い日差しを逃れた演習場所に涼しい風が吹く。そして、入道雲が流され演習場に再び午後の日差しが照りつけた瞬間、
「始め!」
審判役のマルス神神官が号令をかけた。一気に速度を増した二騎は息つく間もなく交錯する。
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アデール一家はトトマの街中に戻ると街道沿いを物色していた。十人が一度に乗れる馬車はめぼしいものが無く、結局狙いを荷馬車に変更していたのだ。そして、街道を西口へむけて進む内に、丁度良い馬車を見つけていた。それは、トトマの中央にある衛兵隊の元詰所で、今は物資の備蓄倉庫になっている建物に横づけした隊商と思しき十数台の荷馬車の一行だった。丁度良い事に、後ろのほうの積み荷を降ろす作業を行っている隊商は、東口に頭を向けて馬車に馬を繋いだまま放置していた。
「あれにしましょう!」
「おう! 野郎共、いっちょやってやるぞ!」
「オウ!」
そうやって気勢を上げるアデール一家十人は、駆け足で先頭の馬車に接近すると、その御者台と荷台に素早く乗り込んだ。
「な、なんだ! お前達は!?」
その様子に気が付いた、大きな両手斧を担いだ戦士が驚いた声をあげるが、荷台に陣取ったアデールはその戦士に言う。
「悪い! ちょっと借りるぜ、王子様があぶねぇんだ!」
「な! ご、ゴーマス様! 荷馬車が!」
アデールの言う言葉の意味は伝わっていないかもしれないが、捨て台詞代わりに少し詫びたアデールの言葉と共に馬車は滅茶苦茶な勢いで街道を東へ走り出した。アデールは背後で急速に遠ざかる戦士が、建物の中から飛び出してきた隊商主のような男に身振り手振りで説明するのを小気味良い気持ちで見ていた。そして、
「やっぱ、ワルはワルの道だな……うわっ!」
と呟いて、地面の凹凸を拾い跳ね上がる荷台で舌を噛みそうになっていたのだ。
一方、荷馬車を奪われた隊商主ゴーマスは、バッツ達護衛戦士団に後を追うように指示を出していた。
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