Episode_13.04 演習視閲


 レイモンドの遊撃隊は二列縦隊の長蛇の陣形で街道を進む。やがて街道の反対側からアートン公爵領騎士団の旗を掲げた二騎の騎士が駆け寄って来ると、集団を案内するように街道から外れた南に続く小道へ入って行った。


 そしてしばらく小道を進んだ後、案内の騎士達は農地に分け入っていく。周囲は穂を出す寸前の麦が肩の高さまで育っているが、騎士達が足を踏み入れた畑は、麦が綺麗に踏み倒されており、まるでそこだけ断ち割って作ったような道になっている。


 そしてレイモンドは、旗下の遊撃隊が演習場所となっている麦畑に踏み込むと直ぐに号令を発した。


「方陣形を組め!」


 その号令に応じた遊撃隊は二列縦隊から陣形を組み替える。レイモンドとアーヴィル、そしてその周囲を固める騎兵十騎の小集団を前後から二つの中隊で挟む格好に組み替えたのだ。夫々の中隊は戦闘班単位で騎兵一騎が先頭、その後を歩兵十人が続き殿をもう一騎の騎兵が取る格好で整列する。結果的に正面が十列、側面が十二列の方陣形が短時間で整然と組み上がった。俯瞰的に見ると、二つの方陣にレイモンド王子を守る小集団が挟まれた格好となったのだ。


 一方、彼等を先導していた二騎の騎士は、その整然とした動きに驚いたようにお互いに目配せしあう。レイモンド王子がトトマの街に留まる間に、独自の手勢を整備していたとは聞いていたが、


「所詮烏合の衆」


 と決め付ける風潮が騎士団内部には根強くあり、それを頭から信じ込んでいた二人の騎士は、烏合の衆にはとても出来ないような部隊の動きに驚いたのだろう。


 そもそも、陣形の組み替えは野戦において最も基本的で、且つ最も重要なものとされるものだ。そして、兵の錬度を測る上で最も重要な目安とも言えるのだ。それを混乱なく、レイモンド王子の号令一つでやって見せたのだから、目の前の三百に満たない部隊の錬度は相当高いと言える。


 二人の騎士は、驚きを引き摺った表情ながら、役目を思い出すと更に一団を案内する。そして、散々に荒らされた畑を少し進むと、緩い勾配を乗り越えたところで視界が開けた。そこには、


「レイモンド王子」

「分かっている。正面北側がアートン、南側がアトリアの騎士団だな……」

「やはり二個大隊、騎士二百に兵千……大部隊ですな」


 レイモンドとアーヴィルが言葉を交わすとおり、前方の少し低くなった場所を挟んで反対側の斜面にドルフリーの演習軍が整然と整列していた。丁度、眼前の東西幅二百メートル、南北幅五百メートルの低地が演習の主戦場なのだろう。北と南の両端には簡易的な木柵を巡らせた陣地が設営されている。


 その演習場を西側からレイモンド率いる遊撃隊が、東側に陣取るドルフリーの演習軍と対峙している格好になる。


「まったく……このような無意味な演習に千を越える兵馬を動員するとは……愚かしい」


 レイモンドは、怒りを通り越して呆れるような物言いになってしまう。これほどの農地を潰して演習をする、しかも点々と場所を変えて行っていたという事実に軍事的な妥当性も合理性も無いと思う。


 レイモンドがそう考えている間に、前方のドルフリーの演習軍の中央から二十騎の騎士が駈け出してきた。立派なアートン公爵家の旗と西方国境伯の旗を掲げていることから、ドルフリー自身が馬を駆っているのだろう。その一団は演習場を横切るとレイモンドの遊撃隊の前で馬を止める。そして、


「レイモンド王子! 中々お出まし頂けませんから、心配いたしましたぞ!」


 と大声を掛けてきたのは、果たしてドルフリー本人であった。立派な甲冑を身に着け、自身が駆る馬にも重厚な馬鎧を着せている。対して、レイモンドはその場から返事をする。


「伯父上! このように農地を荒らす仕儀は如何なるもですか?」

「我々は、日頃の鍛錬の成果を王子にご覧いただこうと馳せ参じた次第。王子が中々おいでにならない故に、仕方なく演習場をトトマの近くまで移し移しでやって来たのです」


 ドルフリーはそこで一旦言葉を区切ると、レイモンドと周囲の兵達を見る。そして、


「王子には、この度の演習が終わりましたら一緒にアートンへ帰って頂きます」

「帰る帰らぬは私の勝手! 応じるつもりは無い!」

「それは困ります。我が領内で勝手にこのような兵を集められては、民草も王子派は二つに分かれているのか、と不安に思うでしょう」


 普段民の事など考えもしないドルフリーの白々しい物言いを聞き、レイモンドの怒りに火が付く。しかし、レイモンドが口を開く前にドルフリーは畳み掛けるように続きを言うのだ。


「一体誰の使嗾しそうの言に惑わされたものか、察しはつきますが、このような雑兵を集めて何かの足しになるとお考えですか。このドルフリーがそのようなまやかし・・・・を取り払って差し上げましょう」

使嗾しそうというならば、他国の援助を受けよと言うほうが余程に惑わし、そそのかしの類と思うが!?」

「ハハハッ、王子は未だお若いのだ。先ずは我が軍の雄姿をご覧あれ。その上でこのような雑兵は早々に解散し、アートンに戻られることをお決めになるがよろしい!」


 そう言うと、ドルフリーは馬の頭を自分の陣地に向け、二十騎の供回りとともに引き上げて行った。


****************************************


 レイモンドの遊撃隊が演習場に到着する少し前、正午直前のエトシア砦にヨシンとカテジナが到着していた。エトシア砦の騎士や兵士達に周りを囲まれるようにして砦の北門から中に入るヨシンは、老朽化の進んだ今にも崩れそうな城壁に呆れながらも、すんなりと中に通されたことに安堵していた。


 実は、ヨシンとカテジナの二人は、砦の東の森の中でエトシア砦の騎士団に拘束されていたのだ。流石に前線拠点というだけあり、周囲の警戒が厳しいものだったのだ。しかし、ヨシンはともかく、カテジナは身元がしっかりとしており、


「私の名はカテジナ・レイモ。騎士オシアの息女にして、イナシア様の侍女です。そしてこちらの青年はヨシン・マルグス。アートン公爵マルコナ様よりマルフル様宛ての書状を届ける道中の護衛です」


 という堂々とした名乗りを上げた。カテジナの父親、騎士オシアとはエトシア砦に詰める古参の騎士で、マルフルの片腕と言える人物だという。そして公爵マルコナの書状を運んでいるということで、二人は不審者から使者に格上げされると、周囲を守られるようにして砦に入ったのだった。


「……しかし、ボロい砦だな……」

「仕方ないわよ、本来は取り壊すという話もあったほどだもの」

「ふうん……」


 砦内の居館、といっても二階建ての納屋のような建物であるが、そこに通された二人はボソボソと会話を交わす。そこに、レイモンドが身に着けているような白銀の甲冑を身に着けた若者が数名の騎士を伴って現れた。


「カテジナ! 久しぶりだな、姉さんは元気か?」


 白銀の甲冑を身に着けた青年がマルフルなのだろう。すこし灰色がかったアッシュブロンドに近い髪を短く切りそろえて快活な表情で声を掛けてきた。


「マルフル様に於かれましてはご機嫌麗しゅう」


 カテジナはそう言うと丁寧なお辞儀をする。そして、懐に入れていた羊皮紙の巻物を恭しく差し出すのだ。


「これが、お爺様から……」


 書状を受け取ったマルフルはその場で蝋印を解くと読み始める。その表情は快活なものから少し考え込んだような表情に変わると、直ぐに深刻そうな顔色になった。そして、何度か読み返した後、書状を隣に控えていた壮年の騎士に渡し、再びカテジナに問いかけた。


「お爺様から、なにかことづけは?」

「はい、マルフル様ではなく、父のオシアに対してありました」


 その言葉に、マルフルから書状を受け取って目を通していた壮年の騎士がギョッとしたようにカテジナを見た。


「わ、私にか?」

「はいお父様、公爵様のお言葉ですので、憚りながらそのまま・・・・お伝えいたします……『もしマルフルが尻込みしてぐずるようなら、オシアに尻を叩かせろ』と仰っておりました」

「なっ……」


 カテジナがそう言うと父オシアは絶句するが、隣で聞いていたマルフルは吹き出すように笑いだした。


「ハハハ……私はもう十八だぞ、いまさらオシアに尻を叩かれるのは勘弁願いたい」

「い、いえ、私はそのような事は……こらカテジナ、幾ら公爵様がそう言ったとしても、もう少し伝え方が……」

「いや、よい……確かに尻込みしたくなる内容だものな」

「はぁ、確かにそうでありますな……」


****************************************


 公爵マルコナが孫のマルフルに宛てた書状には、


 ――我が息子、そしてお主の父親ドルフリーは君臣の礼を違えつつある。主たるレイモンド王子を自らの下に置き、その意向を蔑ろにして権威のみを利用せんとするは逆臣のそれに当たる。逆臣が巣食った王権が再びコルサスを統一しても、善き政道、正しき王道など望むべくもない。この上は、ドルフリーを廃嫡し国境伯の職と領地をレイモンド王子に奉還する所存である。

 我らアートン家が公爵位を拝受し、代々国境伯として任じられ、広大な領地を支配して来たのは、何に依ってか。そしてその目的は何であったか。お主もアートン家の男子ならば熟考した上で、弓を引き槍を向ける相手を間違えること無きよう願う――


 と記されていた。


 この内容は、快活なマルフルをして「尻込みしてしまう」と言わしめる内容であった。元々ドルフリーの末子であるマルフルがアートンから遥かに離れた前線を任されている事実は、この親子の仲が上手く行っていないことの証拠であった。マルフルは一歳違いのレイモンドを兄のように慕っているし、そのレイモンドを主と考えている。そして、それを蔑ろにするような父親ドルフリーの遣り様には少し前から真向反対していたのだ。しかし、そうは言っても実の父親に軍勢を向けるというのは抵抗がある。


 そのため、先日トトマからやって来たレイモンドの使者に対しては「前線防衛第一」という名目で、応援の兵を出すことを断ったのだ。しかし、


(お爺様が、父を廃嫡する……その上で公爵位もろともレイ兄に奉還する……ならばレイ兄が名実共に王子派の首領に成る訳か)


 祖父からの書状を読んだマルフルは、それは悪くない事だと思う。自身もアートン公爵家の人間だが、彼の心情はレイモンド王子に近いものがあった。それは、レイモンドの守り役である騎士アーヴィルからの影響だったのかもしれない。


***************************************


 マルフルが騎士オシアらと共に沈黙しつつ書状への対処を考えている一方、長い沈黙に耐え兼ねたようなヨシンは、つい何時もの調子で思った事を口にしていた。この青年騎士はそういう性格だから仕方ないことなのだ。


「カテジナさん、オレはここで失礼する。トトマに向ったユーリーとイナシアさんが心配だし、もしもレイが動いていたら……アーヴィルさんも危ない」

「そ、そうね……ヨシンさん、ありがとう」


 ヨシンはカテジナに別れを告げると砦の居館を出て行こうとするが、その背中にマルフルの声が掛かった。


「ちょっと待ってくれ、今、イナシア姉さんがどうとか、アーヴィルが危ないとか言わなかったか?」

「あ、ああ、ドルフリーって奴がトトマの近くに軍勢を出しているらしい。オレの親友のユーリーがイナシアさんと一緒にトトマに向っている。レイに無暗に動くなと伝えるためだ」

「な……カテジナ、どう言う事だ?」


 ヨシンの言葉遣いは相手の立場を余り考慮していない雑な物言いだが、マルフル達はそれを咎めることも忘れたように、驚いた表情になるとカテジナに問いかける。一方カテジナとしては、先に書状を渡していたので細かい経緯を説明する暇がなかったのだが、隠すつもりも無い話なので有体に全て説明した。


「うぬ……姉さんは昔からアーヴィル一筋だったからな……」

「しかし、あの物静かなイナシア様が、何と大胆な……」

「いや、姉さんは昔から思い詰めると極端なところが有る人だった」


 経緯を聞き終えたマルフルは片腕役の騎士オシアと言葉を交わす。そして、


「お爺様の書状には、演習の事は記されていなかった。しかし、先日あったトトマの使者の言う事には合致するな……オシア」

「はい」

「五十騎ほど騎士を出しても問題ないだろうか?」

「そうですな、ここ数週間は南のストラの街付近も特に異変がありません故、短期間ならば問題ないかと」

「ならば、選抜はお前に任せる。直ぐに出発できるように」


 命令を受けたオシアは少しだけ娘のカテジナと視線を交わすと、居館を走り出て行った。一方、それを見送るマルフルは、これまた立ち去ろうとするヨシンを呼び止めて言う。


「そなたは、この国の者ではないだろう? 何故そのようにレイ兄に肩入れするのだ?」


 突然の質問を受けたヨシンは、一瞬戸惑ったようになるが、直ぐに答える。考えるまでも無いことだった。


「オレもユーリーも、レイが気に入った。それだけだ」

「……そうか、少しまってくれ。砦の騎士団と共に行こう!」


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