【コルサス王国編】王子派糾合

Episode_13.01 窮鼠の策


  レイモンド王子の元にマーシュが報告を持ち帰った翌日の午前遅く、トトマの街から使者が出発した。その使者は蒼褪めた顔色で口を堅く引き結ぶと、自ら見送ったレイモンド王子に一礼した後、決意に満ちた表情でトトマの東口を潜り街道を行く。その護衛に付いたのはダレス率いる遊撃隊の班だった。そして使者の一団は真っ直ぐ街道を東に進むと、アートン公爵の演習軍が陣を張る場所へ向かった。そして、三時間ほど街道を進んだところでアートンの兵らと接触すると、使者一人がまるで身柄を拘束されたように、本陣のあるダーリア近郊のドルフリーの本陣に移送されるのだった。


 その使者がドルフリーの本陣に到着すると、ドルフリーではなく、ドリッド将軍がその言葉を聞くために姿を現した。王子の立てた使者の言葉を家臣である公爵家の嫡男自らでなく、その配下の騎士が聞く、この一例を以て見てもドルフリーがレイモンドを真の主と思っていないことが窺えるのだが、使者はそのことに敢えて触れず、淡々と伝えるべきことを伝える。


「我があるじ、レイモンド王子は明日午前にトトマを出発し演習に参加します。しかし、トトマの防備を割く訳にはいかないため、兵はレイモンド王子旗下二百人の・・・・近衛遊撃隊・・・・・となります」

「なんだ? その近衛遊撃隊とは?」

「レイモンド王子に忠誠を誓う兵達、先のトトマ襲撃事件でオーク達を撃退した立役者・・・でございます」

「ほう、そんな兵力を作っていたのか……」


 ドリッド将軍は意外そうな口調で言うが、それに構わず使者は言葉を続ける。


「レイモンド王子は主座に於いて、アートン公爵軍が演習に励むさま視閲しえつなされます。昨今の公爵軍はその槍の先を向ける相手を良くわきまえていない、と巷の噂に上がっており、レイモンド王子に於かれましては、そのことを憂慮されております故……」


 蒼褪めそうになる顔色を腹の底に仕舞い込んだ使者は、ややもするとふてぶてしい・・・・・・と取られるような表情でそう言う。これには対するドリッド将軍は言葉に詰まった。


「な、なんと申すか!」


 凄んで見せるが、後ろ暗い事のある人間のする事、この堂々たる使者は動じることは無かった。その上で使者は慇懃な態度を保ったまま、まるでドリッド将軍に親切な忠告をするように、伝えるべき最後の言葉を伝える。それは、


「臣民たる周辺農民も、明日は大挙して演習を見物にやって来るでしょう。これもレイモンド王子の御意志でございます。騎士団の皆さんは、民草に後ろ指を指されぬよう精々今日は訓練に励むのがよろしいでしょう」

「貴様!」


 ドリッドは使者の言った言葉の内容に激昂すると慇懃な態度を崩さない使者に掴みかかろうとするが、寸前の所で配下の騎士達に押し留められた。一方、凶暴な騎士の怒気に曝された使者は額に脂汗を滲ませるが、表情は努めて変わらない。そして、


「これ以上ここに居ても、怒声以外のもてなしは期待できないようですね。主君の使者への対応としてはどうかと思いますが、このことは我が主には伏せておいて差し上げます。今後も仕える主から、礼節を知らぬ猪騎士、とは思われたくないでしょうからね。それでは、立っているのも疲れましたのでトトマに帰ることにいたします。皆さま御機嫌よう」


 使者はそう言うと、騎士達の元から立ち去った。終始丁寧な態度であったが、威圧感のある騎士相手に伝えるべきことをしっかりと伝えた胆力は生半可ではない。しかも、ドルフリーが言う「演習参加」を「演習を視閲する」という内容に変じて、その上相手を挑発するような内容を織り交ぜ、相手の反論を奪う。その話術はとても騎士には真似の出来ない、商人のわざである。それもそのはず、この使者はゴーマス隊商がレイモンドに預けていった番頭役のトーラスだった。そのトーラスは、最後まで言い切ると、激昂するドリッド将軍を後目にアートン公爵軍の陣を後にした。戻り路は移送を務める騎士が付かなかったが、トーラスは街道を真っ直ぐ西に戻ると、途中で待っていたダレスの班と合流した。


「トーラスさん! お疲れ様です!」

「あぁ……もう、絶対こんな役目はしないぞ……」


 そう零すトーラスは安堵から、不意に歯の根を鳴らし始める。良く見れば膝も笑っているように震えているのだ。しかしダレスの班の面々は、トーラスのその様子を見ないようにして、ただただトーラスの勇気を讃えながらトトマに引き返した。


***************************************


 丁度使者トーラスがトトマに帰還したころ、トトマの東口を入れ違いに農民の集団が出ていく光景があった。総勢三百人弱の農民達は五十人の塊に分かれて三々五々に東口を出ていく。そんな彼等は全員が草臥れた着古しの服を身に着け、大きな荷物を抱えている。そして夫々の集団は一台の荷車を中心に街道を東に進むと、途中で脇道を南に逸れていくのだ。丁度、アートン公爵軍が演習を行っている近隣の農村からトトマに来ていた農民が、自分の村に帰っていくような様子に見えないことも無かった。


 その集団が曳く荷車には粗末なムシロが被せてあるが、物干し竿のように長い何かを荷としていることは外から見て取れた。そんな荷車が大勢の農民によって曳かれていくが、その中の一台が不意にわだちを踏み越えてしまい、ガタンと大きく揺れる。そして、荷台を覆っていたムシロが弾みで地面に落ちると、午後の陽の光を受けて鋼色の何かがギラリと荷台で光った。


「ばか! 轍に沿って押せよ!」

「うるせー、そっちが変な方向に引っ張るからだろ」

「騒ぐなお前達、早く荷台を隠せ!」


 農民達は、口々に悪態を吐くが、その中のリーダーのような男が地面に落ちたムシロを取り上げて、荷台を隠そうとする。そうすると、言い合っていた男を含めた数人の農民が駆け寄り、それを助ける。そして、直ぐに元の状態に戻った荷車を囲んで農民の集団は先を急ぐのだった。


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