Episode_12.25 舎弟


「レイモンド王子こそ我々の君主です。その上敢えて言うならば、レイは私の弟も同然。それにアーヴィルは……彼をみすみす死なせてしまっては、私に生きる意味は無いのです!」


 儚げな見た目の印象とは裏腹に、力強い声で語り終えたイナシアは一息吐く。その隣では、カテジナも同様の表情を浮かべている。一方、イナシアの話を聞き終えたユーリーとヨシンは顔を見合わせた。あの堅物そうな騎士アーヴィルの命運に対して、儚げで可憐なイナシアが「生きる意味が無い」とまで言い切る、その想いの深さについては脇に置くとしても、再三に渡りアートンからやって来た使者に対してレイモンドが頑なに帰還を拒んだ理由が分かった気がしたのだ。


(ドルフリーか……レイの伯父さんはレイを手元に置き、傀儡として自分が国を牛耳るつもりなのか……節操の無さが、リムルベートへ助力を頼むという選択になったんだな)


 リムルベート等の国外勢力の介入を望まないレイモンドが強引なドルフリーのやり方に反意を示しトトマに留まり、それをドルフリーが力尽くで何とかしようとしているのが現在の状況なのだと推測する。


 そして、ユーリーは、レイモンドが国外勢力の介入を嫌う理由も納得の出来るものだと考えるのだ。


(今は、コルサス王国内で争っているだけだ……しかし、もしも片方が国外の手を借りたら……もう片方も同じことをするだけだ。そして、コルサス王国の内乱は国外勢力の介入で決着が付かない泥沼になってしまう……それをレイは怖れているんだな)


 一見すると、実直で若さの割にかたくな過ぎるように見えるが、その内側では思慮深く物事を考えている。しかし、それを表現するには未だ不器用さの方が目立つ。レイモンド王子をそう評するユーリーは、一旦は断られたとはいえ、やはりレイモンド王子に、いやレイという若者に協力したい気持ちが強い。そして、それはヨシンも同じなのだろう。その証拠に、


「なぁ、やっぱりもう一度トトマに戻ってみないか? レイの方はともかく、イナシアさんとカテジナさんを二人で行かせる訳にはいかないだろう」


 と小声でユーリーに話しかけてきた。


「勿論そうだよ、ただ……」


 ヨシンの言葉はユーリーも賛成だ。いずれにせよ、この森の中で別れるというのは危険が大きい上に、万が一何かあれば寝覚めの悪い思いをすると感じる。しかし、レイへの協力となると、受け入れられるのは難しいように思う。


 生真面目さが勝ち過ぎている性格だから、ユーリーとヨシンの二人きりの、大勢に影響の無さそうな僅かな助勢でさえ、レイモンドは私心を押し殺して断るだろう。実際、自分達と訣別を告げた時のレイの表情は辛そうだった。


「どうしようか……」


 レイモンドの意志を酌んでやりたい気持ちと、手助けしたい気持ちが相反して、ユーリーはヨシンの言葉に直ぐに答えられない。何かいい方法はないか? と考えているのだが良い案が浮かばず、黙り込んでしまう。


 その時、黙ってイナシアの話を聞いていたアデールが声を上げた。


「てぇしたもんだ! 主君を守るため、愛する男を守るため、危険を顧みずに城を飛び出すなんて、生半可な決意じゃねぇ!」


 突然の大声に、ユーリーとヨシンはもとより、少し離れた場所に座っていた手下達でさえギョッとした表情でアデールを見る。


「お二人がトトマを目指す理由が、このアデールにはよーく分かった! こうなりゃ男アデール、トトマだろうがエトシアだろうが、地の果てまでもお二人を送り届けるぜ!」

「あ……ありがとう……相応の謝礼はいたします」


 突然のアデールの申し出に、侍女のカテジナが驚いたように眉を吊り上げる。そして、イナシアはアデールに礼を言うと報酬を約束したのだが、


「いや、それじゃイケねぇ……金で動いたとあっては、そこらのヤクザ者や破落戸ごろつきと変わりがねぇ」


 アデールは自分達の見た目を棚に上げてそう言うと、眉間の辺りに力を籠めて決め台詞のような言葉を言う。


「俺達アデール一家は、『忠』と『義』の二文字で動くんだ、謝礼がどうとか、野暮ったい話はよしてくれ!」


 その言葉に、アデール一家の手下達から驚きの声が上がっている。手下が驚くくらいだから、きっと今そう決まったのだろう、とユーリーは変な確信を得ていた。


 しかし、自分の言葉に酔ったようなアデールは尚も口上を続ける。


「さぁ、イナシア様にカテジナさん、今日から俺達はアンタらの手下だ。トトマへ連れていけと、景気良く命令してくれ!」

「い、良いんですか?」

「さぁ!」

「じゃ、じゃぁ。私達を……トトマに連れて行きなさい!」

「野郎共聞いたか!」

「オウ!」


 本来ヒッソリと静まり返っている裏街道に、賑やかで威勢のいい掛け声が響く。その場の流れとは怖いもので、ヤクザ者崩れのアデール一家は、この瞬間からアートン公爵家公女イナシアの手下・・になったのだ。そして、


「あ!」

「どうした、ユーリー?」


 呆れたようにその様子を見ていたユーリーは何かを思い付いたように声を上げていた。


「そうだ、アデールさん!」

「なんでぃ?」

「オレ達、アデールさんの舎弟・・ですよね?」

「え?」


 ユーリーの突拍子も無い言葉に、アデールは間の抜けた返事をするが、


「舎弟で良いですよね・・・・・・?」

「い、いい、良いよ……イイさ」


 ユーリーが力を籠めて確認するように言うと、気圧されたように頷くアデールであった。


(レイに断られたとしても、イナシアさんの手伝いをするアデール達を助けてやることだ……詭弁だけどね)


 実際にはレイモンドを説得できるような理由とは思えない、只の言い訳だが、ユーリーはそう考えることで自分自身に納得する。そして、アデール一家の舎弟となったユーリーにヨシンは、彼等と共にトトマを目指すのであった。



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