Episode_12.23 放逐騎士と姫とチンピラ


 ユーリーとヨシンは森の中の道を駆ける。物心付いた頃から遊び親しんだ樫の木村の森ではないが、それでも柔らかい地面や時折突き出している木の根、地面から顔を出す岩や石の感じは、故郷の森と似ていると思うのだ。そんな二人は、軽装板金鎧に身を包み旅姿としてはそれなりに重装備であるが、それを物ともしない身軽さだ。後ろに続く愛馬を引き離すほどの勢いで森を駆け抜ける。そして、


「見えたぞ!」


 先を走っていたユーリーの視界に、声の主達が現れた。そこには、十人の旅姿の男達が森魔犬フォレストハウンドとゴブリンの群れに囲まれている光景が展開されていた。更によく見ると、男達はその中央に同じく旅姿と思しき男装の女性二人を庇うように立っていることが分かる。


「ヨシンは右へ!」

「分かった! 油断するなよ!」


 そう言葉を交わすと、ユーリーとヨシンは左右に分かれて男達を包囲する魔物に接近しようとする。その時、


「うぉぉぉぉ!」


 突如男達が怒声を上げる。そして包囲網の一番厚い場所目掛けて突進を始めたのだ。その光景は捨て鉢のヤケクソ、しかし気迫だけは一級品だった。男達の勢いに驚き、距離を取り損ねた森魔犬フォレストハウンドが数匹、男達のこん棒や粗末な剣で殴り飛ばされる。


 だが、他の魔犬とゴブリンは、そんな男達からサッと距離を取ると突出した彼等を逆に狭い包囲網で包囲してしまった。それは、先ほどまでの様子を見るための包囲では無く、敵を殲滅するためのものだ。その証拠に、魔犬達は一斉に男達に飛び掛かると、その何人かを地面に引き倒していた。


「親分! 早く!」

「逃げてくだせー!」


 男達の怒声が悲鳴混じりの声に変わる。そして一人残された男は、聞き取り難い大声を発すると、力任せに二人の女性の手をとって来た道を引き返そうと振り返る。そこで、


「あっ!」

「あ、テメーは!」


 ユーリーはその男を正面から見る。男も同様だった。二人はお互いに見知った顔と不意に対面したために一瞬固まる。だが、平静を取り戻したのはユーリーが先だった。


「あんたの手下か?」

「たのむ、助けてくれ」

「分かってる、下がってて!」


 それだけ言葉を交わすと、ユーリーはアデールと二人の女性を背に庇うように前に出る。既に矢を番えた古代樹の短弓で狙いを定める先は、男達の奥に見えるゴブリンの弓兵。丁度、向こうも逃げようとしたアデールに狙いを定めているようだが、弓の射手としての腕も、扱う弓もユーリーの方が数段上だった。


ヒュン、ヒュン!


 矢継早、その言葉通りの早さでユーリーは矢を二回放つ。それは、包囲された男達の頭上を飛び越えて狙い通りに、二匹のゴブリンの弓兵の夫々首筋と胸に突き立っていた。矢を受けたゴブリンの弓兵は自分の弓を取り落とすとその場で崩れ落ちる。そして、


「うらぁ!」


 右から包囲網の裏をついたヨシンが「首咬み」を遠慮なく森魔犬フォレストハウンドの背中に叩き付ける。鋭さよりも丈夫さを重視した鋼の刃は、魔犬の背骨を叩き折る勢いで切り裂くと、その勢いで弾き飛ばす。ハウンドと名のつく魔犬種では、小柄な部類に入るフォレストハウンドはヨシンの敵では無かった。しかも、別の獲物に気を取られている彼等の背後を突いた今、ヨシンは一振一殺の勢いで魔犬を屠っていく。


 新手の強敵の出現に、魔犬達は咄嗟に包囲を解いて距離を取る。野生の本能がそうさせたのだが、それはユーリーにとって絶好の好機となる。既に弓を背中に仕舞い「蒼牙」を抜き放っていたユーリーは、距離を取った群れに突進しながら魔力を剣に叩き込む。そして、短い補助動作の後に「魔力矢エナジーアロー」を発動する。十本の淡く輝く魔力の矢は殺傷力という面では心許ないが、与える衝撃で相手の行動力を短時間奪うことが出来る。その上、少ない魔力の消費で短時間に発動できる。


 そんな魔力の矢は、走り続けるユーリーの眼前に一瞬留まると次の瞬間、魔犬とゴブリンの群れへ降り注いだ。


バン、バン、バンッ!


 凝集した魔力の弾ける音が魔犬とゴブリンの悲鳴を掻き消す。そして、


「――っ!」


 混乱した敵集団に飛び込んだユーリーは青み掛かった片刃剣の刀身を振るい、手当たり次第に魔犬を切り払う。一気に攻守が逆転し敵は混乱に陥るが、そこへヨシンが「首咬み」と「折れ丸」を引っ提げて退路を断つように乱入すると、勝負は時間の問題だった。


****************************************


「あ……有難うございます……」

「うへへへ……い、いいって事よ……」

「……」


 二人の男装の女性、その内美しい金髪を後ろで纏めた女性が、アデールとユーリーの両方へお礼を言う。安堵と戸惑いと若干の怖れが入り混じった表情を浮かべる女性だが、それでも、その姿は美しいものだった。その証拠に、礼を言われたアデールは柄にも無く赤面して照れている。一方のユーリーは、その女性の美貌をどうこう思う前に、その顔立ちにある人物を連想せざるを得なかった。


 そんな三人の背後では、女性の連れが、怪我をしたアデール一家の手下に神蹟術の「癒しヒール」を掛けている。そしてヨシンはというと、


「痛い、やめてくれ!」

「ばか、抜かないと傷口から腕が腐るぞ」

「やめてぇー、ひえー……ぎゃぁ!」

「ほら、お姉さん、早く!」

「は、はい!」


 一人だけ肩口に矢を受けた男を、他の男達と共に取り押さえると、問答無用で肩に突き立った矢を抜いたのだ。男の悲鳴と共に鏃が抜けると、ブワッと血が噴き出る。そして、女性の連れが、その男の傷口に手をかざすと祈りの言葉を唱える。すると、彼女の祈りに応じたように、男の傷口は塞がっていた。


「はぁ、はぁ……有難うございます……」


 さっきまで悲鳴を上げていた男は大人しくなり、それを周りの男達が囃し立てているのだった。


 一方、ユーリーがそんなやり取りに注意を逸らしている間に、アデールが目の前の女性に問いかけていた。


「この辺りは今みたいな魔物や野盗が出る場所なんだが、なんでアンタらはこんな道を?」

「それが……」


 金髪の女性は少し言いよどむが、意を決したように言葉を続ける。


「私の名はイナシア、アートン公爵の孫です。そちらは私の侍女でカテジナ」

「え!? 公爵の……孫?」

「はい、火急の要件でトトマにいるレイモンド王子の元へ向かっておりますが……」


 そこまで言い掛けたイナシアの言葉に、侍女のカテジナが割って入る。


「イナシア様! それは!」

「いいのです、カテジナ。私はこの方達を信じます」


 そんな言葉を交わすのだった。


****************************************


 突然、アートン公爵家の令嬢であることを明かしたイナシア。それを聞いたアデールは驚愕の表情を浮かべていたが、ユーリーは「やっぱりそうか」という感想だった。金髪碧眼に通った鼻筋、まったくそっくり・・・・という訳では無いが、イナシアの美しい容姿にはどことなくレイモンドに似たところがあったのだ。


 そして今、ユーリーとヨシン、それにアデール一家十人と公女イナシアに侍女カテジナの十四人の一団は、裏街道の一角に腰を下ろし、少しばかりの休憩を取っている。アデール一家の面々は車座になると、夫々思い思いの携帯口糧を取り出して口に運んでいる。それを見たヨシンも自分の荷物から堅く焼いた種無しパンビスケットと干した豆類が入った袋を取り出し、手掴みで食べている。


「これ、美味しいものでは無いですけど、良かったらどうぞ。一杯ありますので遠慮なく」


 ユーリーは自分の荷物にあったヨシンと同じ携帯口糧と湯冷ました水の入った水袋を二人の女性に差し出していた。二人が荷物らしいものを何も持っていないことに気付いてのことだ。


「ありがとう……ございます」

「……」


 ユーリーが差し出した食糧を受け取ったカテジナは、ぎこちない礼を言うと慣れない素振りで水袋に口を付ける。一応毒味のつもりなのか、一口飲んで軽く頷くとそれをイナシアに手渡した。


 イナシアは少し躊躇ったようだが、喉の渇きに勝てず恐る恐る口を付けた。独特の匂いを帯びた水は、普段なら飲めるはずが無いほど不味いものだが、森の中を必死に逃げてきた令嬢の喉に染み渡るような感覚を与えた。思わずゴクゴクと喉を鳴らして飲んでしまう。


「こっちの乾燥豆は口に入れる前に良く見た方が良い。たまに小石が混じっているからな。まともに噛むと歯が折れる」


 ヨシンは、冗談ぽくそう言うと袋から手掴みで取り出した豆を一度数えるように確認してから口に放り込んでみせた。


「ああ、よかったらこっちの干し肉もどうぞ」


 そんなやり取りを聞きつけたアデールが自分の食糧の中からとっておき・・・・・の逸品を持ってやって来た。しかしそれはドス黒い肉片としか形容できない物で、幾ら空腹とは言え旅慣れない女性には手に取り難いものだった。


「あ、それって……梟頭熊オウルベアの?」

「お、ユーリーさんだっけ? 良く知ってるな。アレの肉は喰えたもんじゃないが、塩漬けしてから干して燻製にすると、独特の臭みが旨みに変わるんだよな。それに何より精が付く」

「でも、結構高いだろ?」

「へへへ、とっておきよ……ささ、遠慮せずに」


 そう言うアデールは、好意に満ちた様子でソレを勧めるのだが、流石にカテジナも手を伸ばそうとはしない。


「アデールさん、そりゃ幾らなんでもこの二人には難しいって」

「なんでい……そうかな?」

「お気持ちだけ、頂いておきます。ありがとう」


 その様子にユーリーが助け舟を出すと、アデールは納得いかない、という表情になるが、それに続いたイナシアのお礼に気を悪くすることは無かった。その代わり、その辺にドカッと腰を下ろすと、ユーリーとヨシンに話しかけてきた。


「それにしても、アンタら二人は強いな……」

「そっちは、相変わらずの威勢の良さですね」


 そんなやり取りを不思議に思ったのか、イナシアは種無しパンビスケットを呑み込むと疑問を口にした。


「あの、元々のお仲間では無いのですか?」

「そうですよ。ここで会ったのは偶然なんです。オレ達も驚いています」

「そりゃ、こっちのセリフだぜ」


 イナシアの疑問に答えるユーリーとアデールは簡単に知り合った経緯を話した。当然レイモンド王子やアーヴィルも関係している出来事に、イナシアは驚いた表情を浮かべた。偶然にも自分達の危機を救ってくれた者が、皆何かしらの縁でレイモンドと繋がっていたのだから、驚くな、という方が難しいだろう。


「カテジナ……私、幸運の神フリギアに宗旨変えしようかしら?」

「……今ならパスティナ神も文句は言わないと思いますよ」


 と、冗談のような言葉を真剣に言い合うイナシアとカテジナであった。


 その後話は、自然に二か月前にトトマで起こった襲撃事件でのレイモンドとアーヴィルの様子に移る。そして、その話が済んだところでユーリーは気になっていた疑問をぶつけることにした。それは、


「先程、火急の要件でトトマにいるレイモンド王子の元へ向かっているとおっしゃいましたが、どういうことでしょうか?」


 というものだった。


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