Episode_12.22 はみ出し者の勇気
イナシアは、侍女のカテジナに手を引かれて森の中を走っていた。二人は乗馬用の男装と取れるような旅姿に身を包んでいるが、馬上ではなく自分の足で走っていた。森の中の裏街道を進んでいる時に不意打ちを食らい、馬を逃がしてしまったのだ。そんな二人は既に何度か転倒し、腕や足の彼方此方には擦り傷を作り血が滲んでいるが、追われる恐怖によって無我夢中で走っているのだった。
二人を追って来ているのは、ゴブリンと野犬の集団だった。ゴブリン達は、飼い慣らした
「きゃっ!」
侍女のカテジナに手を引かれて走るイナシアは不意に足元を木の根に取られて転倒する。思わず悲鳴を上げるイナシアに、カテジナは引き返すと彼女を背に庇うように立ち、震える声で言った。
「姫様! お逃げください!」
「駄目よカテジナ! 一緒に!」
既に森の木立の切れ目から数頭の
「いいから、早くお逃げください!」
カテジナはイナシアとほぼ同じ年齢。イナシアが目立つほどの美貌のため、あまりカテジナが男達の注意を惹くことは無いが、地味ながら中々美しい顔立ちをしている。そんなカテジナは、その顔を恐怖と決意に歪めつつ、一歩も引かないと言う風に倒れ込んだイナシアを庇い立つ。そして、腰から小型の
カテジナの父は騎士である。彼女自身は幼い頃からアートン城に出仕しイナシア姫に仕えるまでの十年間、パスティナ神殿で修道女として信仰生活を送っていた。そのため神蹟術も多少使えるし、父の教えで少しは護身の心得があった。しかし、それは精々が街中で暴漢に襲われた場合に抵抗できるかどうか? という程度のものだ。森中で魔犬の群れを率いたゴブリン達と対決できる腕ではない。それでもカテジナは主であるイナシアを守るため、二人を遠巻きにしながら距離を詰めてこない
しかし、この手の狩りに慣れているのか、
一方、すっかり周りを包囲されてしまったカテジナは必死で突破できそうな場所を探る。丁度ゴブリン達が出て来た反対側は、数頭の魔犬しかおらず一番突破できる可能性が高そうだ。そう見て取ると、カテジナは声を上げる。
「イナシア様、突破します! とにかく走って!」
そう言うと、返事も待たずに左手でイナシアの手を握り、包囲網を突破しようと走り出した。
「パスティナ神よ、ご加護を!」
カテジナの祈りが絶望的な状況に木霊するが、彼女は神蹟術の「
ドンッ
不意に横から飛び出してきた魔犬に突き飛ばされると、転倒してしまった。それは、一見逃げ道に見えそうな場所へ獲物を誘導し不意打ちを食らわせる狡猾な魔犬の狩りの方法だった。
「きゃっ」
カテジナは短い悲鳴と共に戦槌を取り落とし転倒する。そんな彼女の身体の上に、獣臭い息を吐き出す
(うぅ……もう……だめ)
身動きできないカテジナが観念したように目を閉じる。その時、
「お前達! アデール一家の意地を見せろ! 男を見せろ!」
「おお!」
そんな怒声が上がり、次いで石や木の枝等が投げ付けられた。丁度、カテジナの首筋に噛み付こうとしていた
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その日その時、アデール一家が進んだ裏街道を、まるでその後を追うように行く二人連れの旅人があった。夫々立派な体格の馬を曳く二人の若者はユーリーとヨシンの二人連れだ。三日前にトトマの街を出発した二人はダーリアからアートンへ続く街道を避けるように南へ下ると野営をしながら森の中を進んでいた。
そんな二人はいつになく寡黙な様子で、ただ歩を先に進めている。他愛の無い事をどちらともなく話すのだが、普段と違い会話は続かなかった。そんな二人の様子は、やはりトトマを後にした経緯によるものだった。
早い話がレイモンド王子に追い出された二人だが、その時のレイモンドの表情を考えるに、それは彼の本意では無くあくまで「コルサス王国の正当な王継承者として」他国の騎士団に所属する者の助力は頼めない、という頑なな決意であった。そう二人は考えている。だから、会話の内容は
「なんとか、レイの力になれないかな?」
「でも、
といった堂々巡りになるのだ。今も、ついさっきまでそんな会話を交わして答えが無く押し黙っている状況だった。その時、ユーリーの曳く黒毛の軍馬の耳がピクリと動く。
「ん? ユーリー?」
その様子に後ろを歩いていたヨシンが気付くと、前を行くユーリーに声を掛ける。
「なに、ヨシン?」
「馬が……」
そうヨシンが言い掛けたとき、
「アデール一家の意地を見せろ! 男を見せろ!」
「おう!」
という、複数の男達が上げる怒声が離れた所から響いて来たのだ。
「なんだろう?」
「
「とにかく、行ってみよう!」
「分かった!」
短い会話は息の合った証拠、そんな二人は夫々の「古代樹の短弓」と「首咬み」を馬の鞍から抜き取ると、徒歩で裏街道を駆け出した。その二人の後を二頭の賢い軍馬が追って行く。
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「うりゃぁぁ!」
「こん畜生!!」
「あっちへ行きやがれぇ!」
アデールを始めとするヤクザ者「アデール一家」は、特に戦闘を生業とする集団ではない。寧ろ、強面さで一般庶民を脅かすばかりで、実際の荒事にはそれほど手慣れている訳では無い。それでも、二人の見目麗しい女性を助けようと、そして自分の
魔犬達は突如現れた十人の人間によって、包囲の外輪にいた数頭が殴り倒されるが、直ぐにまるで潮が引くように距離を取る。
「お嬢ちゃん、早くこっちへ!」
その隙にアデールは怯えた表情で立ち尽くすイナシアと、起き上がろうとするカテジナを掴んで自分達の方へ引き寄せる。そして、
「こるぁぁ! あっちへ行きやがれ!!」
と叫びながら、抜身の
ヒュゥン、ヒュゥン
とやや間延びした風切音と共に、矢が二本射掛けられる。魔犬の背後にいたゴブリン達が矢を射掛けて来たのだ。彼等の目には、山賊の追剥同然に見えるアデール一家が、自分の獲物を横取りに現れたように映ったのだろう。
「痛てぇ!」
「気合いだ! 我慢しろ!」
二本の矢の内、不運にも一本の矢を受けた男が肩口を押えて悲鳴を上げるが、アデールはその手下を鼓舞すると、体勢を整えて飛びかかって来た魔犬を切り払う。
キャン!
アデールに斬られた魔犬は、飼い犬のような悲鳴を上げる。しかし、一頭二頭と倒したところで数が違う。二人の女性を中心に庇うアデール一家はアッと言う間に周囲を魔犬とゴブリンに取り囲まれてしまっていた。
「くそ!」
「親分……」
「てめぇら弱音を吐くんじゃねぇ、困った人を助けるのがアデール一家だ!」
そう言って怯む手下を鼓舞するアデールだが、多勢に無勢であった。自分達十人に対して魔犬は少し数を減らしたが、未だ十五匹、そして十匹のゴブリンが醜悪なニヤケ顔で包囲に加わっている。
「親分! おれが囮になるから、その間に逃げてくだせぇ!」
「俺も!」
「俺もだ!」
「チクショー、俺も!」
そんな窮地に、手下の一人が
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