Episode_12.20 別離の宴


 そして、北の森林地帯への遠征部隊は十日間の予定を二日延長し、十二日の行程を終えてトトマに帰還した。復興に追われるトトマの街の人々は、彼等の成し遂げた小さな偉業にそれほど関心を持っていた訳ではなかった。そのため、北から戻る二十人弱の隊列は特に人々の注意を惹くことなくトトマの街中に入ると、そのままレイモンド王子が居する南の城門砦に入って行った。そこで、解散となった兵達は十日分の憂さを晴らすため、又は支給された手当を使うために早々に夕方の街へ消えていく。そして残ったのは、怪我人のダレスを含めた数名の兵士、それにユーリー、ヨシン、マーシュであった。彼等はレイモンド王子が手配した夕食へ招待される事となった。


 しかしそこは、何事も財政の厳しいレイモンド王子派のすること、南の城門砦に料理や酒を運び込んでの晩餐とはいかなかった。そんな彼等は当然のように「トトマ街道会館」の一階ホール奥の個室でテーブルを囲んでいたのだった。ホールには、一日の労働を終えた人々や衛兵、兵士達が夫々の一日を締めくくるため、そして夕食と酒にありつくために集まり賑わっている。そんな賑わいを扉の向こうから聞きながら、レイモンド王子が声を発する。


「目標達成、犠牲者皆無! マーシュ隊長、ご苦労であった!」


 まだ娼婦達が出勤してくる時間ではないトトマ街道会館一階奥の個室、給仕達によって飲み物が行き渡ったテーブルで、麻地の上着の上にフードを被ったレイモンドがそう言うと、手に持ったワインの杯を掲げる。それに応じてテーブルを囲む一同は同じく杯を掲げるとそれを飲み干した。


 テーブルを囲むのは部屋の奥を背にしたレイモンドから時計回りでアーヴィル、ユーリー、ヨシン、ベロス、アグム、トーラス、行政管理官、ダレス、ロージ、マーシュの順になる。


 そして、レイモンドの言葉を契機に杯を空けたマーシュは、しかし彼の言った言葉に引っ掛かりを覚えたようにレイモンドを見る。


「隊長というのは?」


 マーシュの問いに、隣に座る弟のロージが嬉しそうな表情になる。レイモンドはその表情をマーシュ越しに見ると一つ頷き、マーシュの問いに答える。


「うむ、マーシュとロージの率いていた騎兵と歩兵について、衛兵隊と統合するつもりであったが、衛兵団への入団希望者が思った以上に多くなったので統合する必要がなくなったのだ。そのため遊撃隊として独立編制とすることにしたのだ。マーシュはその部隊の指揮官、ロージが副官、ダレス達騎兵と歩兵は編制をそのままにして遊撃隊に移管する」


「……有難うございます。しかし……」


 マーシュは礼を述べつつも疑問を呈する。元々彼等は民衆派の組織「解放戦線」の出身だ。今は、マーシュもロージもレイモンド王子の言う「民が治めるコルサス」という考えに心底同調しているが、人の心は定規を当てて測ることが出来ないものだ。背景と経緯だけを考えれば中々信頼することの難しい彼等に貴重な騎兵戦力と歩兵併せて四百五十もの兵を預けるという判断の根拠が知りたかった。


「どうした、マーシュ? 如何にも『自分を信用していいのか?』という顔だな」

「あ、いえ……はい。もう少し用心深くてもよいのではないでしょうか?」


 レイモンドの疑問にマーシュは素直に答える。自分が言うのは少し滑稽な気がしたが、この若い主君は、何処か天真爛漫として人を直ぐに信じ過ぎると思うのだ。しかし、


「ははは、マーシュは自分でそういう事・・・・・を言う男だから、信用しているのだ」


 ということだったので、結局マーシュは、


「遊撃隊隊長の役目、謹んでお受けいたします」


 と答えるのだった。そして、


「それではもう一度乾杯だ、新部隊のマーシュ隊長の武功を願って、乾杯!」

「乾杯!」


 レイモンド王子の再度の乾杯にその場にいた面々は再び杯を空にする。そして、テーブルに並んだ「トトマ街道会館」名物のメニューの選べない食事に手を伸ばす。レイモンド王子主催の宴席だが、メニューはホールの客と同じ物だった。しかし、腹を空かせた一同、特にユーリーとヨシンは物凄い勢いでテーブルの皿に手を伸ばしている。


 流石に見栄えだけは良くなるように盛り付けられた料理は、塩漬け肉を細かく刻み夏野菜と共に窯焼きにしたもの、焼いてから少し日の経った堅いパン、そしてここ二週間の好天候でようやく出回るようになった葉物野菜を中心としたスープである。特に塩漬け肉については、独特の製法でもあるのだろうか? ドレイクの外皮に勝るとも劣らない頑丈さと濃い塩加減がいつまでも口の中に残る逸品・・だった。


 そんな食事を競うように口に詰め込んでいるユーリーとヨシンに、食事の手を止めたレイモンドが話しかける。


「ところで、ユーリーとヨシン」

「はい?」

「ん?」


 ちょうど口の中の物を呑み込んだ二人は、次の皿(といっても同じ窯焼きだが)に伸ばし掛けた手を止めてレイモンドの方を見る。


「二人は、これからどうするのだ? 今は、デルフィルまでの護衛ということになっているが……私はもうデルフィルにもリムルベートにも行くつもりは無いぞ」


 身分を偽った状態でリムルベートへ向かっていたレイモンド王子を、デルフィルまで護衛する、というのがユーリーとヨシンの受けた仕事であった。その後、トトマの街の襲撃事件の最中に身分を明かしたレイモンド王子であったが、ユーリーとヨシンはなし崩し的にこれまでトトマに留まっていたのだ。


「うーん……」


 レイモンドの問いに、ヨシンは答える役割をユーリーに譲ったつもりで食事を続行する。そして、ヨシンの様子を少しだけ睨んだユーリーはどう返事するか考え込む。ユーリーにしてみれば、自分達の本来の任務は「東方見聞」つまり、悪く言えばリムルベートの間者である。アント商会のスカースや隊商主ゴーマスは勘付いているようだが、この間までレイモンドと行動を同じにしていたゴーマスはその事をレイモンドに告げた様子は無かったのだ。


(これ、言っちゃまずいかな……でもなぁ)


 少し考え込むユーリーはテーブルに視線を落とす。トトマの街の襲撃事件の後、レイモンドの自室で聞いた彼の夢。「民が治めるコルサス」とは荒唐無稽な夢の話に聞こえたが、その話を聞いていなければ、ユーリーとヨシンはここまで長くトトマに留まるつもりは無かった。


 ――極力どちらの勢力にも干渉せず――


 と言っていたアルヴァンの言葉を思い出す。あの親友が言っていたことは正しいと思うが、自分達には傍観者でいることは出来そうも無いと感じるのだ。


 一方問い掛けたレイモンドも、その隣に座るアーヴィルも、考え込んだ表情を浮かべるユーリーを注視している。彼等二人の心中を推し量ることは出来ないが、二人とも目の前の若者達に留まって欲しいと思っているようだ。


 しばらく無言の時間が過ぎる。そして、ユーリーが意を決して返事をしようと顔を上げたとき、硬いパンを無理矢理ワインで流し込んだヨシンが一息吐くと、先に声を発した。


「なぁユーリー、俺はレイには話した方が良いと思うぞ」


 本人は小声のつもりで言ったのかもしれないが、部屋中の人間が返事をしようとしていたユーリーの言葉を聞くために耳を傾けていたのだ。ヨシンの言葉はハッキリと全員が聞き取っていた。当然レイモンドが疑問を投げかけてくる。


「話した方が良い、とはどういうことだ?」


 その言葉に、再び睨むような視線をヨシンに送ったユーリーは、結局自分もそう思っていたので、これまでの経緯を説明することにした。


****************************************


 少し長い説明になったが、ユーリーは自分達の立場を説明した。リムルベート王国ウェスタ侯爵家哨戒騎士団の哨戒騎士に任じられる寸前で同騎士団を「追放」という処分を受けたこと。そして、二年の月日を掛けてコルサス王国の現状を調査するという命をウェスタ侯爵家から受けていること。更に、追放となった経緯についても簡単に説明していた。


 その言葉を聞いた面々の反応は様々だった。


「なんだ、てっきり何かやらかして・・・・・俺みたいに追放されたのかと思ってたぞ」


 とは、ユーリーの説明を聞いたダレスの言葉だった。一方、マーシュとロージの兄弟は二人の戦場での働きを「只の傭兵や冒険者にしては……」と訝しく思っていたため、精強で鳴らすウェスタ侯爵領騎士団の一員だったという二人の出自に納得したようになっていた。更に、老魔術師アグムは、


「なんと、ユーリー君はあの大魔術師メオンの養子であったか……」


 と感慨深げに呟いていた。その他には、衛兵団長のベロスは、二人が兄の隠遁先である村の出身者であることを既に聞いていたし、トーラスは特にこれと言った感慨は無いようだった。しかし、肝心のレイモンドは少し蒼ざめた顔色で悩むような表情を顔に貼り付かせている。


「レイ、黙っていて済まない」

「しかし、レイさえよければ、俺達にも手伝わせて欲しい」


 レイモンドの様子に、ユーリーとヨシンが言葉を発する。ヨシンはそれでも手伝わせて欲しと言っているし、ユーリーもその思いが強かった。そんな二人の言葉を聞いたレイモンドはようやく口を開く。


「しょ、正直に教えてくれてありがとう。これまでの助力に感謝する……その上今の話は聞かなかった事にするから、自分達の使命を全うすればいい」


 そう言うレイモンドは辛そうな表情を浮かべているが、その言葉は突き放すような冷たさがあった。そんな主の反応にアーヴィルが声を上げる。


「レイモンド王子! まさか二人を?」

「アーヴィル、まさかも何もないだろう。ユーリーとヨシン、二人が他国の、それもリムルベートの騎士と分かればこれ以上の助力は……頼むべきではない……」


 ささやかな凱旋を祝したはずの宴席は、レイモンド王子の言葉で水を打ったような静かさに包まれる。重い沈黙に包まれた室内には、ドアの向こう側のホールで騒ぐ酔客たちの楽しそうな声ばかりが漏れ響いていた。



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