Episode_12.19 ささやかな凱旋


 北の沼地でのフォレスト・ドレイクとの戦いは、振り返って見ればダレスら数名の負傷者を出しただけで、大した人的被害も無く終わっていた。ドレイクの群れという強敵を相手にしてこの程度の損害で済んだ今回の勝利は「快挙」と誇っても良いものだった。偶然にも部隊の編制が弓矢を中心として魔術師を二人も擁する遠距離攻撃力に優れた物であったこと、それに、森人達が地形を熟知していたことが奏功したのだろう。上々の戦果にトトマから派遣されたレイモンド王子の部隊は、意気揚々とオル村へ引き上げたのだった。


 一方、オル村の森人達はそれなりの被害を覚悟していたようで、送り出した狩人達が怪我一つ無く全員帰ってきた事を大いに喜んでいた。その上で、マーシュが改めて自分達の意図 ――つまり、森の木の伐採と狩猟の許可―― を申し出ると、二つ返事で了承されたのだった。


「南の森の端から半日分歩いて到達できる範囲は、自由にやって貰って構わない」


 と言うのがオル村からの返答であった。その上で、今回討伐したドレイクの戦利品については、肉類を除き持って帰っても良いとも言われたのだ。これについては、ドレイクの外皮、特に背中側を覆っている鱗はかなりの強度があり、さらに竜鱗ドラゴンスケールとは比較にならないほど加工し易いため、高値で取引される素材であった。


 また、ユーリー達一行を驚かせたのは、ドレイク達が住み付いていた沼地の横穴の内部であった。以前は狗頭鬼コボルトの集団が棲みついていたという情報から、一行に兵士として参加していた元冒険者の男(元々ダレスの隊にいた男)が横穴の探索を提案したのだ。


 これはあまり一般には知られていない事だが、コボルトという種族は輝石や水晶、金や黄鉄鉱といった光る鉱物を好む習性があり、その巣穴は往々にして何かの鉱脈に存在している可能性が高い。但し、ゴブリンに似た体格を持ち、一般には臆病な性格と考えられている犬頭の種族は人間の生活圏から大分距離を置いて生息しているため、普通の暮らしをしている人々はまずお目に掛かることの無い種族でもある。そのため、彼等の習性は一部の冒険者しか知らないものなのだ。


 とにかく、元冒険者の兵士による提案は、そんな冒険者時代の知識に基づいたものだった。一方、それを受けたマーシュは当初この提案に応じることを渋った。目的である伐採と採取が認められたのだから、いち早くトトマに帰還して今後の伐採計画を実行したかったのだ。しかし、老魔術師アグムが


「ああ、そういえば、そんな話は聞いたことが有るな……コルサス金貨を鋳造するため、建国王カウモンドが金鉱山を見つけたのもコボルトの姿を探し求めた結果だったらしい」


 と発言した事や、


「少しでも収入の足しになるのなら、やるべきだ。落ちているお金はたとえ小銅貨一枚でも拾うべきだ」


 という相変わらずのヨシン、更に


「アートン公爵が追加の援助を渋っていると聞きました。このままでは兵にも労働者にも給金どころか食糧の支給も難しくなる……」


 と言う冷静なユーリーの意見もあったことから、ドレイク討伐の翌日にその巣穴である横穴を探索したのだ。そして結果は、


「ほれ、みたことか」

「だから言っただろ」

「これで、当分は心配いらないですね」


 と三人が口を揃える結果となったのだ。何故ならば、それほど深く無い横穴の奥には、掘り出された水晶や自然金を含んだ鉱石が整然と並べられていたからだった。ドレイクの体格では、その場所まで入って来られないため、それらの鉱物は先住者であるコボルトの遺品だと思われた。そして、横穴の終点には掘削作業を中断した痕跡があり、幾つかの水晶が岩の間から頭を出していたのだ。


「何事も労を惜しんでは良い事がない……ということか」


 三人にそう言われたマーシュも、普段の堅い表情を崩すと後ろ頭を掻きながら嬉しそうに応じたのだった。


 この金鉱脈と思われる鉱脈の発見は、資金源の乏しいトトマのレイモンド王子派にとってまさに僥倖ぎょうこうといえる出来事だった。みな口には出さないが、アートン公爵家からの圧力は日増しに高まっており、領地であるはずのトトマの復興にも助力を惜しむような態度を取り始めているのは周知であった。その上、食糧徴発令をレイモンド王子自らが「否定した」ことも公然の秘密として皆が知っていた。


「本物の金鉱なのか、それならば埋蔵量はどれほどか? 早々に調べる必要があるな」

「いずれにしても、水晶が産するのは間違ないようですから、そうなると……」

「盗掘が心配じゃな」


 老魔術師アグムの言葉に、マーシュが応じる。どうするかについては、最終的にレイモンド王子の決済を仰ぐ必要があるため、このことはしばらく秘密にされることが決まった。但し、眼と鼻の先に集落を持つオル村の村長には真実を伝えざるを得なかった。鉱脈を調査するにしても、採掘するにしても森人の土地ですることである、彼等の同意は必要と考えたマーシュの一存であった。


「我々は、金とか……そういう物に興味はありませんので……もしも人手が入って採掘をしたいとなったら……」


 オル村の村長はそこで一旦区切ると、少し悩まし気な表情に成りながら続ける、


「若い連中の中には、街の暮らしに憧れる者が居るようで……もしもアイツらが街に出たときは、仕事を融通してやってくれないか?」


 ということだった。実に森人らしい、世間ズレしていない純朴な申し出にマーシュを始めとした一行は「悪いようにはしない」と約束するのだった。


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