Episode_12.15 国家のカタチ


 翌朝早く、レイモンドは例の大部屋で二人の騎士の訪問を受けていた。朝早くから、レイモンドが起きるのを待っていた二人の中年の騎士は、部屋に入るなりその場で跪くと、腰から剣を外し自分達の前に切っ先を自分に向けて置く。その動き以降、微動だにしない二人の様子は謁見を待つというよりも、断罪を待つ罪人のように見えた。そんな様子に少し驚いたレイモンドは、彼等を連れてきたアーヴィルに問いかける。


「この二人、マーシュとロージといったな? なぜ、このような態度なのだ? 私の部下でも家臣でもないだろうに」

「はぁ……それが……」


 アーヴィルは、ここに至る経緯をレイモンド王子に語る。部屋にはレイモンドとユーリーとヨシン、それにアーヴィルと二人の騎士しかいない状況だ。その状況でアーヴィルが語る話は、若い三人を驚かせるものだった。


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 アーヴィルが語るには、昨晩遅くアーヴィルと共にマーシュとロージの兄弟は、地下牢に捕えたオークの指揮官に尋問を加えていた。既に自分の命を諦めてしまったようなそのオークの指揮官は、素直に取り調べに応じる態度をみせていた。


 そんなオークが語ったのは、自分達は「解放戦線」とアフラ教会の依頼を受けてベート国内の森の中から山岳地帯と森林地帯を大きく迂回して進軍し、トトマの街を襲ったということだった。「解放戦線」の部隊と示し合わせて街を襲撃、適当に暴れた後にアフラ教会の宣教師の演出する「奇跡」と「解放戦線」の部隊の到着を合図に撤退する予定だったが、襲撃間際に実は街を襲うこと自体が目的だと聞かされた、というものだった。


「マーシュ殿、貴殿はこの件に?」


 アーヴィルの声は否が応でも怒気を孕む。しかし、マーシュは取り繕う嘘も無く素直に


「そうだ……」


 と認めると、自らオークへ尋問したのだ。


「街を襲う事が目的、とは誰の依頼だったのだ?」

「多分、アイツだ。アフラ教の西方しきょう? とかいう……」

「アルフ殿か?」

「そうそう、そんな名前だった。話を聞いたのはオヤジだけだが、多分そうだろう。出発する前に俺達の野営地にやって来た時の話だと思う」

「なんと……」

「俺達も騙されていたんだ!」


 マーシュの問い掛けにオークは素直に知っていることを話していた。これが事実ならば、マーシュもロージも率いる部隊全員が最初から騙されていた事になる。その事実にロージが声を上げるが、マーシュが一喝する。


「やめろ! 騙された云々の問題ではない!」

「くっ……」


 そうやって弟を黙らせたマーシュはアーヴィルに向き直ると、


「どうか、レイモンド王子に、いやトトマの住民に謝罪させて欲しい。その上で罪は我ら兄弟に。部下の者達は我らの命令に従っただけだ」


 と言うのだった。


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「しかし、そのオークの出まかせということは無いのか?」


 至極当然なレイモンドの問いであるが、アーヴィルは首を振る。


「襲撃時、トトマ街道会館に逃げ込んだ住民の中にアフラ教会の宣教師と思われる人物がおり、その者がオークに退散を呼びかけ、殺害されております。また、その際に『魔水晶』を用いてくだんの奇跡を演出しようとした者がおり、その者達は『解放戦線』であることが分かっております」

「そうか……」


 アーヴィルの説明を聞いたレイモンドは瞑目する。トトマを襲う意図は、恐らく自分達王子派と称されるアートン国境伯と西側との連絡を絶つため、そして兵の士気と民衆の支持を落とすためだろう。


(おおかたこの二人は、「解放戦線」にとってはお払い箱の存在なのだろう……)


 レイモンドはそう思うと、急に目の前で跪き不動の体となっている二人が憐れに思えてきた。


「マーシュにロージ、顔を上げよ」


 レイモンドの静かな声に二人の騎士は顔を上げる。


「お主たちはロンド家の者ということだな?」

「はい、領地も領民も既にベートに奪われておりますが、亡き父の遺言に従い『民を守る』という誓いの下、今日まで……」


 マーシュの言葉は途中で途切れる。民を守ると思い身を投じた民衆派の運動。その運動を助ける軍事組織である「解放戦線」に身を置きつつ、民を傷付ける作戦に身を投じていたのだ。如何に騙されたといえ、それは言い訳に過ぎない。大きな自己矛盾に苛まれ、言葉が続かないのだ。


「よい……言いたい事、その気持ちは分かるつもりだ。私は、民衆派の活動のその全てを受け入れることは出来ぬが、目指す処に大いに一致するものがあると思っている。なんとか協力しあえないかと考えていたが、これまでは制約が多く儘成らなかった」


 レイモンドの言葉はマーシュとロージの想像を裏切る内容を語り始めていた。


「今、コルサスは乱れに乱れている。その責任の半分は私にある。いずれ、伯父であるライアードか、この私か、いずれかの者がこの混乱を治めるだろう。しかしこのまま行けば、国は治まっても民の苦しみは変わらないだろう」


 そこで一旦言葉を区切るとレイモンドは目の前の二人を見る。目の前の二人もまたレイモンドを見詰めていた。


「これは或る人物の受け売りだが、国は王や貴族の物では無くそこに住む民の物、民こそ国の主であるべきなのだ。しかし、民と言っても様々、それらを纏めて集団として国の形を成すために王がいて、それを助ける貴族がいる。言ってしまえば、民が自分達だけで集まり国の形を保てるならば、王など無用の長物。いや、そんな王や貴族が国を二つに割ってしまうならばいっそ害悪でしかない」


 レイモンドの言葉にアーヴィルが居心地悪そうに身じろぎする。


「しかし、実際に十人十色の民が一つに纏まることは至難の業だ。だから、皆が寄って立つ王のような存在・・・・・・・は必要かもしれない。王はいるが、国の主は民。そのような国にコルサスが変わっていければ良いと考えているんだ。だから……」


 レイモンドの隣に立つユーリーとヨシンは、昨日レイモンドが語っていた彼の夢の話を思い出していた。だから、これから何を言い出すのか何となく分かってしまい、つい視線を交わすと笑みを浮かべるのだ。


「どうだろう、そんな国を造るのを手伝ってくれないか?」


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 その日以降、トトマの街に陣取ったレイモンド王子の指揮下に、トトマの衛兵隊やゴーマス隊商とは別の部隊が加わった。率いるのはレイモンド王子に忠誠を誓い剣を捧げた二人の誇り高い騎士。そして、従うのは身を持ち崩したような雑兵ばかり。始めは少しいびつな部隊であったが、士気の高さだけ・・は折り紙付きだった。そんな部隊は、指揮官による厳しい訓練によって精悍な精鋭兵に生まれ変わると、長くレイモンド王子を助ける存在へと成長していくのだった。


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