Episode_12.14 王子の大志
トトマの街に突如降り掛かったオーク兵による襲撃の災禍は、真夜中を過ぎる時刻に終息を迎えていた。南ばかりを警戒する衛兵団の警備体制の虚を突いた襲撃ではあったが、お忍びでトトマに滞在する予定だったというレイモンド王子とその一行の活躍、そしてレイモンド王子の指揮下に入った衛兵団の粘り強い防戦。更に
西口を占拠していたオーク兵達は、逃げ遅れた住民達を襲うことと、対する衛兵団が構築した防衛線への攻撃の二つに兵が分散してしまい、統率を欠いていた。そこへ合流したレイモンド王子とその配下の騎士や戦士達、さらに「解放戦線」部隊の副長ロージが率いる四百を超す歩兵部隊が一転反攻に出たのだ。
それらの先頭に立っていたのは、副長ロージでもなければ、騎士アーヴィルでもなく、彼等の制止を振り切ったレイモンド王子だったという。敵側のオーク兵が矢を粗方討ち尽くしていたことが奏功し、レイモンド王子は矢に曝されることなく、オーク兵の集団に一番に斬り込むと後続の兵達のために血道を切り開いたと言う。
稚拙で闇雲な突撃であり、騎士アーヴィルや隊商主ゴーマス、更にロージまでも血の気が引くような気持ちを味わったという。しかし、多くの衛兵や「解放戦線」の歩兵達、さらに逃げ遅れた住民達の目には、レイモンド王子の蛮勇とも言える攻撃がとても象徴的に映っていた。
それは、王家を象徴する「紫禁の御旗」を背に、白銀に輝くミスリルの剣を振りかざし、兵の先頭に立って戦うその姿。コルサス王国建国王カウモンド・エトール・コルサスの若き頃の姿を描いた絵画の構図にそっくりだったのだ。人々にはまるで、その絵から建国王が飛び出して来て自分達の危機を救ってくれたように感じられたのだった。
「レイモンド王子こそ、カウモンド建国王の生まれ変わりに違いない」
そんな与太話とも噂話ともつかないものは、今後尾鰭がついて、周辺の農村や近隣のデルフィル、そしてダーリア、アートンのみならず、王弟派の支配地域となっているディンスやストラにも広がり、レイモンド王子達の予想を超える反響を生むことになるのだが、今は未だその時ではない。
そんな民衆の興味の対象と成りかかっているレイモンド王子は、今トトマの街の南側に造られていた砦のような居館にいる。衛兵団と行政機関が同居しているこの建物は、まだ建設中だが、完成後はトトマの街の中枢として機能する予定になっているものだ。
そんな建物の二階にある部屋を宛がわれたレイモンド王子は、少しゲッソリとした表情でベッドに腰掛けると、先ほどまでの会話を思い出していた。それは、戦闘後の後始末と被害状況を報せる報告を受け、さらに行政管理官ら数名の役人と謁見した後の話だった。
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「もっとお立場を|弁(わきま)えた行動を取ってください!」
「今後戦場では私の指示に従って頂けませんか? そうで無ければ危なくて戦陣に立って頂く事ができません」
レイモンドは愚かな人物ではない。寧ろ聡明さと若さからくる爽快さを併せ持つ好人物だ。そんな彼はゴーマスとアーヴィルの言葉を、尤もだ、と認めている。そして、自分が独断専行しすぎたことを反省する気持ちも多分にあった。しかし、この二人に言われている時点では、未だレイモンドは反論したい気持ちの方が強かった。
「しかし、戦いとは勢いとも聞く。総大将が先陣に立てば兵は奮起するではないか。違うか? アーヴィル」
「違いませんが……場合によります!」
アーヴィルもゴーマスも、本当はもっと厳しい言葉をぶつけたいのだが、王子という相手の立場を考慮すると言葉尻が緩くなる。ゴーマスにとっては祖国統一の希望の星であり、アーヴィルにとっては幼い頃から成長を見守って来た主君である。そんな彼等の言葉は今一つ締まりの無いものになっていた。しかし、その場には彼等の他に二人の若者がいたのだ。そんな彼等は遠慮の無い言葉をレイモンドにぶつけてきた。
「レイ、君の行動は兵を殺す」
少し怒った声で言うユーリーの忠告は、レイモンドにとってかなり堪える内容だった。ユーリーは、西口で繰り広げられた最後の戦闘には関与していないが、それでも東口を突破する際にレイモンドが取った向こう見ずな行動 ――敵中突破し詰所を奪う―― には言いたい事が山ほどあったのだ。
「民を大切にしたい、危機に瀕した人々はなるべく助けたい、手の届く範囲の人が傷付けられる事に我慢が出来ない……でも、自分が死んじまったら結局何も出来なくなるんだぜ」
とは、ヨシンの言葉だった。ヨシンとしては、レイモンドに向けたと言うよりも、何処か性格が似ているユーリーとレイの二人に向けた言葉だった。流石に、ヨシンの言葉の一部が自分に向けられていることに気付いたユーリーは居心地悪そうに身じろぎしたが、一方のレイモンドは、そんな様子に気付かないほど衝撃を受けていた。
(俺の行動が兵を殺す……)
戦になれば、兵も騎士も死ぬものだ。しかし、ユーリーの言葉は
「こらっ! ユーリー君もヨシン君も、言葉がすぎ――」
慌てて止めるゴーマスだが、アーヴィルによって遮られた。
「王子、この二人の言う通りです」
「わ、わかっている!」
結局その時は、レイモンドが大広間を後にする格好で話が終わっていた。そして、今レイモンドは、自室に戻りベッドに入ろうとして考え込んでいたのだった。
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相変わらずベッドに腰掛けて、自分のつま先をジッと見つめるレイモンド。疲労は感じるが眠気が襲ってこないのは気持ちが昂ぶっているからだと思う。
(それにしても、痛い所を突かれて部屋を飛び出すなど……
そう考えるレイモンドは今更ながらに自分の取った行動を恥じる気持ちになる。
グゥ……
そんなレイモンドは不意に鳴った腹に、昨日の夕方以降何も食べていないことを思い出していた。その時、コンコンと部屋のドアをノックする音が響く。
「……誰か?」
「俺、ヨシンだ、食い物を持って来た」
食い物、と言う言葉にレイモンドは立ち上がるとドアを開ける。
「あ……」
「や、やぁ」
「ほら、通してくれ」
レイモンドがドアを開けると、そこにはとても一人分とは思えない量のパン、炙った塩漬け肉、蒸したイモと野菜類、そしてスープと飲み物の入ったポットを持ったユーリーとヨシンの姿がった。ユーリーは何となく気まずそうに声を掛けるが、一方のヨシンは構わずにレイモンドを脇に退かすと部屋に入って来る。
「アーヴィルさんが、食い物を持って行けって。折角だから一緒に食べよう」
「あ、ああ、助かる」
先ほどの会話の経緯を心底気にしていないヨシンは、自分も腹が減っているのだろう、テーブルの上に盆を置くと、ユーリーから飲み物のポットを奪い取るようにしてそれもテーブルの上に置く。そして、
「立ったまま食べるのか?」
とユーリーとレイの二人に言葉をかけてきた。
「あの……レイ、さっきはちょっと言い過ぎだったかも……」
「いや、俺の方こそ、話を聞かずに部屋を出て、スマン」
「まぁ、二人とも食べながらでも良いじゃないか」
ヨシンの言葉で、二人もテーブルに着くと目の前の食べ物に手を伸ばす。結局空腹の三人はしばし無言で食事に取り組むが、その内ポツポツと話をし出すのだ。その内容は、自ずと先程までの戦闘の内容、ユーリーとヨシンがこれまで経験してきた戦場について、だった。
やがて腹が満たされた三人は、いつの間にか語り主がユーリーやヨシンからレイモンドに移っている。その内容は先ほどの戦闘の反省から始まり、抑圧されたアートンでの暮らしや、それでも彼が心に思い描く理想の国家像についてだった。
そんな三人の話は、睡魔に勝てなくなる昼過ぎまで続くと、続きは翌日に、という言葉で解散となった。そして、若い三人は夫々の部屋で休息を取るのだった。
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