Episode_12.13 決着


 木製の大きな人形、それは老魔術師アグムが作り出した木人形なのだが、ユーリーもヨシンもその事を知らない。


「なんだ、あれ!」

「わからない! ゴーレムの一種か?」


 驚いたヨシンの叫びにユーリーが答えるが、そうする間にも木人形は手近なオークから順に手当たり次第に踊りかかっていく。丁度右手が大木槌の形状をしており、それを振り回してオークを殴りつけているのだ。


 恐慌状態に陥ったオークは、必死の反撃をする。戦槌や斧、大剣などを振り回し挑み掛かる。それらの攻撃は木人形の体を削り、切れ目を入れる。そして、一匹のオークが振るう両手持ちの大斧がその左手に食い込むと、


バキィ


 とまさに太い枝を折るような音と共に、木人形の左手がへし折れて宙を舞う。しかし、それだけだった。左手を失っても動きを止めない木人形は尚も右手の大木槌を振るう。そして、


ドガッ! グシャ! バゴォン!


 強烈な打撃を受け跳ね飛ばされる者、潰される者の数が増えていくのだ。


(オークだけを目標にしていますように……)


 恐らく中に魔術師がいたのだろう。そしてその魔術師が作り出したゴーレムの一種と思われる木人形に、余計な命令が擦り込まれていないことを祈るようなユーリーだった。


****************************************


 マーシュは駆ける。その眼中にあるのは、オークの集団、そして既に打倒されて屍を内庭に曝している衛兵達だ。そしてその心中は、


(私は、なんという事を……)


 という後悔と懺悔の念が渦巻いていた。


 衛兵団の副団長ベロスという中年の兵士が語った事が本当ならば、西口には逃げ遅れた人々がいるという。彼等はどうなったのか? 家を壊され物を奪われ、命までを脅かされているはずだ。そして、それは意図した状況と幾ら違うと抗弁したところで、自分達「解放戦線」の作戦によって起こされたことだ。


 民を守る、そんな父の教えに従い、王家に背を向け身を投じた民衆派の運動。自分達の理想とする、民による民のための国を造る、その大義の前には少しの犠牲は仕方が無い。そう平気で言っていた男の顔が脳裏を過る。


(私は、アルフ殿に騙されたのか……)


 事の真相を知るためには、一人くらい指揮官級のオークを生け捕りにしたいと思う。しかし、生け捕ってしまえば自分達の企みがレイモンド王子達にも知れるだろう。それでいいのだろうか? そんな自問自答する。騎乗のマーシュに熟考する時間は無かった。ただ一つ言えることは、


(今更保身など、民の苦難に比べれば……)


 という気持ちだった。


 心の葛藤は整理できていない。寧ろそんな葛藤を振り払うかのようにマーシュは前を見据える。視線の先、内庭の奥の壁は打ち壊され、その附近に他のオークとは違う金属鎧を身に着けた大きなオークが供回りを引き連れてこちらを伺っているのが見えた。


(指揮官だな!)

そう見込みを着けたマーシュは馬上槍を頭上で振り回す。そして、


「薄汚いオーク共め! 覚悟しろ!」


 と大音声で叫んでいた。


(薄汚いのはどちらの方か?)


 という彼の心の呟きは、答える者のいない問いだった。


****************************************


 族長の長男は、順調に推移している略奪行為に満足していた。彼ほどの地位になれば、自らいそいそ・・・・と略奪する必要はない。手下が奪って来た、物であろうが、女であろうが、自動的に気に入った物を手にすることが出来るのだ。


 そんな彼は悠々と戦況を眺めていた。少し手間取っているが、もうじき建物を占拠するはずだと思う。あの中には食糧や女が沢山いるはずだ。男も若ければ奴隷として売っても良いかも知れない。そんな事を考えているとき、眼前の内庭に闖入者が現れたのだ。


 その闖入者は二手に分かれると、二騎の騎士風の若者が宿の建物へ、そして残りの五十騎程度の騎兵が内庭のオークを目指して突進を始めたのだ。


「騎兵は不味い、お前達、突撃に備えろ!」


 トトマの街には存在しないと思っていた騎兵の登場に、彼はそう喚く。しかし、内庭の隅に追い詰めた衛兵隊を殲滅することに夢中となっている部下達にその声は届かなかった。数名の者が馬の蹄が立てる音に気付いたが、既に遅すぎたのだ。


「薄汚いオーク共め、覚悟しろ!」


 先頭を行く厳めしい鎧を着た騎士がそう叫び、部下の集団に飛び込んで行った。そして後続の騎兵がそれに続く。


 内庭の隅にひしめいていた彼の兵士達は全く虚を突かれる形になると、真横から騎馬の突撃を受けた。そして――


「な、なんだ、あれは?」


 騎馬の突撃を受けて混乱する兵の中へ、宿屋の建物から飛び出してきた奇妙な物体が躍りかかる。それは、木製の大きな人形だったが、まるで命ある者のように躍動すると、騎兵とオークの集団に突入し、正確にオークだけを屠っているのだ。


「に、にげましょう!」


 族長の長男の周りには護衛のように六匹のオーク兵がいる。彼等は騎兵の突撃を受けている集団からは少し離れた所に居るため被害は無いが、目の前の光景に浮足立っていた。


「お、おう! にげるぞ」


 族長の長男は、護衛のオークの声に応じると打ち壊された壁の切れ目を目指す。その時、


「まてー!」


 と言う大声と共に、矢が射掛けられたのだった。


****************************************


 ユーリーは逃げようとするオーク達へ向かって矢を放つ。そしてヨシンが馬を駆けさせた。


 少し前、マーシュ達騎兵が突撃を敢行したころ、トトマ街道会館の扉の前にたむろしていたオーク兵は全てユーリーの矢とヨシンの「首咬み」それに、突然現れた木人形によって打倒されていた。


 めぼしいオークを倒し切った後、木人形は動きを止めず、そのまま騎兵の後を追うと、内庭の隅に固まっていたオーク兵の集団に突入していた。その光景にユーリーは最初、騎兵が狙われているのか? と思ったが、木人形は正確にオークだけを狙って攻撃をしているのだ。勿論周囲の騎兵をその異様な援軍に驚いたようで、中には不幸なことに落馬する者もいたが、大勢としては不意をついた騎兵と強力な木人形の攻撃が優勢であった。


 それを観察していたユーリーが、少し離れたところで逃げようとするオークの集団を発見したのだ。


「ヨシン! あれ!」

「ああ!」

「きっと指揮官だ、鎧が違う」

「分かった!」


 そんなやり取りと共にユーリーは弓を、そしてヨシンは突撃を敢行したのだ。


ヒュン!


 ユーリーの放った矢は放物線を描くと、逃げようとしていたオークと、壁の切れ目の間に突き立つ。この距離では、ユーリーの狙いは覚束ない。しかし、けん制の意味を込めてありったけの矢を正に矢継早に放っていた。そして、足を止められたオークの集団にヨシンともう一騎・・・・が突っ込む。それは、乱戦を離れたマーシュだった。


「うらぁぁ!」

「……ッ!」


 ヨシンのお馴染みの怒声と、マーシュの無言の気合いが炸裂する。結果はあっさりとしたものだった。


 ヨシンが壁の切れ目に回り込み、護衛のオークを二匹屠る。一方のマーシュは正面から集団に突っ込むと馬上槍を器用に操り、瞬く間に護衛全員を倒したのだ。そして、マーシュは馬から飛び降りると、槍を一度頭上で大きく降り回し、その勢いのまま中心にいた大柄なオークの指揮官の横っ面を殴りつけた。


ゴンッ


 槍の柄の部分で横殴りに打ち据えられたオークの指揮官はその場で昏倒する。そこへ、ヨシンがトドメとして「首咬み」を馬上から突き入れようとするが、


「まて! 生け捕りにするんだ!」


 マーシュの声に、ヨシンの斧槍は寸前で軌道を逸らすと、倒れ伏したオークの首を紙一重で躱して地面に突き立っていた。


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