Episode_12.12 蹂躙
(先生……やっぱり、
サーシャがそう確信したのは、ちょっと前の出来事だった。読み書きを師事しているアグム先生が呼んでいる、と二階から声がかかり降りて来てみると。
「サーシャか、すまんが少し魔力を借りるぞ。もしかしたら、失神したり、吐き気や頭痛に襲われるかもしれんが、なぁに若いんじゃ、しばらく寝ておれば治る」
ということだった。サーシャは以前
一方事態を理解していないサーシャは、言われるままにアグムの隣に立つ。老魔術師の説明に少し怖れを感じが、しかし、一階のホールでオーク兵相手に暴れ回っている木人形を援護するために魔力が必要ということなので仔細を気にする暇がなかった。
アグムの右手が、これから発動する術の予備動作として宙を舞うように動く。「
(そういえば、さっきもお尻を触ってたわね……)
そう思うと、急に恥ずかしくなったサーシャ。パッとアグムの方を振り向くと
「先生のスケベ!」
バチンッ
大き目の音が響く。思わず他の酔客に対してするように、平手打ちをアグムに見舞っていた。そして、右手の掌を振り抜いた瞬間「
「あっ……」
サーシャは不意に襲った脱力感に、その場で倒れ込みそうになる。それを、
「痛たたた、おっと」
左頬を少し赤く腫らした老魔術師アグムが受け止めたのだった。
「ホォホォホォ、元気が有ってよろしい」
何故か機嫌の良さそうなアグムは、先ほどまで土気色だった顔色に血色が戻っている。若い女性から活力を得たからか、
(なんだ……まるで、ただのスケベ爺だな……)
一部始終を見ていた中年男は、そっと溜息を吐くと、サーシャを立たせて三階へ移動させるのだった。
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トトマ街道会館の敷地内に侵入したユーリーとヨシンは、後続の騎兵隊が隊列を整えている状況を後目に、自分達の獲物は宿屋の建物一階に殺到するオーク兵達と定める。中にどれだけ侵入しているか分からないが、外にいる連中の数は三十匹を超える大勢だった。そんな敵の中程、扉の前に立つ一際大きなオーク兵が周囲をどやし付けるように、兵を中へと追い立てているのが見えた。
「ユーリー! どうする?」
「こうする!」
ヨシンの声に答えるユーリーは抜き放った蒼牙に魔力を籠めると、術を発動する補助動作に入る。普通ならば「
火炎矢ほど円滑には出来ないが術陣を展開し発動まで漕ぎ着けたユーリーの目の前には青白い火花を宿した半透明の矢が六本空間に浮かんでいる。勿論「蒼牙」の持つ「
バチバチバチッ!
青白い雷の矢は、扉に殺到するオーク兵の丁度真ん中に炸裂すると、弾けるような音を立てて小さく爆散する。空間に一瞬火花が飛び散り、直撃を受けた者は酷い火傷や肉が弾けるといった外傷を負う。そして、直撃しなくても至近にいたものは雷撃の影響を受けて軽い麻痺状態に陥るのだ。狙った指揮官のオークは兵達に囲まれていたため、雷撃の直撃は免れたが、爆散した雷撃の影響を受けて地面に膝を付いている。
そして、その雷撃を
そんなユーリーとヨシンの攻撃により、宿屋の入口扉に殺到していた敵の集団は、ようやく二人と、その後ろに控える騎兵隊の存在に気付いた。そこへユーリーの放った二撃目の「
「全員、俺に続け。駆け抜けるだけだ!」
「マーシュ隊長に続け!」
ユーリーは、後ろで上がる「解放戦線」指揮官とダレスの声を聞くと馬を脇に寄せる。そんなユーリーの横を駆け抜ける五十騎弱の集団の目標は、内庭の隅に衛兵隊を追い詰めている別のオークの集団。その数三百だが、目の前の衛兵隊にトドメを刺すことに注意を奪われており、大きな音を立てる騎馬の突進に気付かないでいた。
そんな状況を目の端に捕えつつ、ユーリーは目の前のオーク集団の状況に疑問を感じる。
(なんであんなに追い詰められたような状態になるのだろう……)
ユーリーの疑問が示すとおり、目の前の集団は二回の雷撃を喰らい、ヨシンの攻撃を受けても尚、二十匹以上の数がいる。血気盛んなオークならば、嬉々として立ち向かってきそうな状況なのだが、彼等の目は一様に恐怖を浮かべ、室内、ユーリー、ヨシンの順に文字通りキョロキョロと視線を動かしているのだ。
「分からないけど、好機だな!」
ユーリーはそう断じると、一旦片刃剣を鞘に納め、背中から古代樹の短弓を取り出す。矢筒には手製の矢が五本と拾ったオークの矢が十本入っている。敵がその場に留まるなら、弓で確実に数を減らすつもりなのだ。そんなユーリーが矢をつがえ、弦を引き絞る。その瞬間、
ゴバァンッ!
鈍い音と共に、開いたままの宿屋の扉から一体のオーク兵が文字通り
「え?」
矢を放つ寸前のユーリーも、再突入しようとしていたヨシンもその光景に次の動作を止めてしまった。何故なら、
ドシンッ、ドシンッ――
重い地響きを立てて、何かが宿屋の内側から外へ飛び出してきたからだった。それは木製の大きな人形、としか表現できない物だった。
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