Episode_12.11 共闘


 ユーリーはヨシン、それに今や「解放戦線」の騎兵となったダレスと共にトトマの街を中心部にある「トトマ街道会館」目指して進んでいる。斥候ということだが、姿を隠す場所もないし、オーク兵の姿も見えない。


「火が出ているのは、西口、北側、それにさっきの東口だけだな」

「そうだね……オークが侵入したのもその辺りだろう」

「そうなのか?」


 ヨシンの観察に、ユーリーが推察する。そんな二人の会話を聞いたダレスは疑問を発するが、二人の若い騎士は頷くだけで返事とした。そうやって街の中央を東西に貫く街道を行く三騎はしばらくして、前方に人影を認める。


「衛兵隊だな!」


 ユーリーがそう言い、三騎は同じように馬の速度をあげる。せまってくる衛兵隊の人影は、丁度東西の街道と南へ向かう街道の交差地。トトマ会館よりもやや南側の場所に障害物を積み上げて急造の壁として、西から迫るオーク兵の侵入を食い止めているようだった。


「誰だ、お前達は?」


 不意にその衛兵達の中から指揮官らしい男が進み出ると、三人に声を掛けてきた。状況が状況だけに鋭く誰何すいかする言葉に、ダレスは答えに詰まるが、ユーリーは明瞭に返事をする。


「レイモンド王子の手下の者だ! 状況は?」

「王子! どうして?」

「お忍びで今晩トトマに滞在する予定だった。しかし、この火急の状況に王子はトトマを守ると決意されたのだ、手勢は少ないが東口から此方へ向かっている」

「……」


 馬上からそう告げる若い騎士の姿は、アートン国境伯の騎士団の鎧を着たものではなかった。どこか胡散臭い印象をもった衛兵団の副団長ベロスは、藪睨みするような視線をユーリーに向けてくる。その時、


「あれ? あの衛兵のおっさん……似てる」

「誰に?」

「木こりにロスペさん……なぁそう思わないか?」

「あ……ホントだ、ロスペさんそっくりだ!」


 戦場と化したトトマの街、その中心部にあって、西から攻められる防衛線を間近に見ながら、ヨシンの発した言葉は何処か緊張感の無い内容を語っている。二人の郷里、樫の木村の木こりの棟梁ロスペ、もう六十近くの老人だが、その風貌は歴戦の兵士然としたもので、何処で無くして来たのか、前歯が数本無くなっていることが拍車を掛けていた。そんなロスペの風貌と、目の前の衛兵の責任者の風貌は、こちらは前歯が揃っていることを除けば、とても似ていた。


「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ?」


 そうやって言い合っているユーリーとヨシンに、苛立ったようなベロスの声が掛かる。その言葉には、この忙しい時に妙な闖入者に構っていられない、という雰囲気がありありと醸し出されていた。


「いえ、何でもないです……とにかく、救援が直ぐに来ますから! ダレス、戻って知らせてくれ」

「あ、ああ……わかった!」


 対するユーリーは、ベロスの苛立った表情に幼い頃の記憶が蘇っていた。それは、ヨシンとマーシャの三人で遊んでいる時に森の深い所まで入り込んでしまった時のことだ。子供が三人行方不明になったと、大騒ぎになっていたのだが、当の三人はそんなことを知らずに森の中で遊んでいた。そして、探しに来た木こり達に見つかり大目玉をくらったのは十歳に成らない頃の記憶だ。しかし、ロスペにこっぴどく、拳骨付きで叱られた記憶は忘れられるものでは無かった。


 そんな記憶があるからか、丁寧な言葉遣いになったユーリーは、ダレスを後方へ走らせた。ここに防衛線が有る事を報せるためだ。


****************************************


「まぁいいか、今は戦える奴は多い方がいい」


 ベロスは、そう言うと持ち場に戻り掛ける。それを呼び止めるのはヨシンだった。


「状況はどうなってるんだ?」

「ああ、西から三百、北からは……報告が入っていない。東は……」


 東から来た騎士達に問いかけるような視線となるベロスに、ユーリーが答える。


「東口のオーク兵は片付けました」

「ああ、そうだったな。少しは楽になったか……しかし、こちらの衛兵はこの防衛線に二百、北のトトマ会館の辺りに百、残りは南を守っている、手一杯だよ」


 敵勢力の全容が見えないため、下手に兵力を動かせない、という状況だった。しかし、ユーリーは気になっていることを質問せざるを得なかった。


「住民はちゃんと避難したんですか?」

「西の連中は逃げ遅れた奴も多いだろう……東の方は南の詰所へ大分逃げたはずだ。北は、一旦宿屋に集めたが、ここが持たないかもしれないから、避難場所毎に南へ誘導している。残ったのは街道会館に避難した住民だけだな」


 北側の住民を南の要塞化された詰所付近へ避難させるには、この交差地を防衛することが重要である、というベロスの判断だった。それを聞いたユーリーは、トトマ街道会館の有る方を見る。その時、北側の路地から衛兵が飛び出してきた。


「副団長! トトマ会館の防衛線、突破されそうです!」

「なに? 敵の数は?」

「四百以上、五百近いです。一部トトマ会館の建物に侵入しています」


 良く見れば、報告に来た衛兵も凄まじい格好をしている。太いオークの矢が二本背中から肩に突き立っているが、そのまま駆けてきたのだろう。その様子に、ベロスは唸るが、ユーリーの反応はもっと明確だった。


「ヨシン、行こう!」

「お、おう……だけど」


 ユーリーが急きたてるようにヨシンに言い、ヨシンが戸惑ったように返す。二人がそんな問答をしている時、大勢の兵と馬が駆け足で近づいて来る音が通りに響き出した。それは、レイモンド王子指揮下のゴーマス隊商戦士団、そして「解放戦線」部隊が近づいて来る音だった。


「な! 本当に王子様だ……」


 目を剥いて驚いたベロスの視線は「紫禁の御旗」を背に馬に跨るレイモンド王子に向けられている。そして、直ぐに跪き臣下の礼を取ろうとするが、


「待て、衛兵……階級は?」

「ふ、副団長のベロスです」

「よし、ベロス副団長、礼は後回しだ! 状況はどうなっている?」


 騎乗のレイモンドはそう言うと周囲の状況を見渡そうとする。やはり前方で障害物を挟んで対峙するオーク兵と衛兵隊の攻防に視線が行くが、そこにユーリーの声が割り込んできた。


「レイ! 北の防衛線が突破された、逃げ遅れた住民がいる」

「ユーリー、それは本当か?」


 問い返すレイモンド王子の言葉に、ベロス副団長が肯定する言葉を発する。


「北の防衛線は百人の衛兵を配していましたが、対するオーク兵は五百で攻めてきたようです」

「レイ、歩兵を中心にこの場所の防衛を行い、機動力のある騎兵は北のトトマ街道会館を援護するんだ」

「しかし……」


 ユーリーは咄嗟の思い付きで作戦めいたものを提案する。しかし、対するレイモンド王子は返事に窮した。なぜならば、


「騎兵といっても彼等は『解放戦線』だ……動いてくれるか」


 言いよどむレイモンド王子の代りに、アーヴィルがその理由を言う。しかし、


「見損なうな! 住民の窮地なのだろう、ユーリーとか言ったな、場所は何処だ? 案内してくれ」


 アーヴィルの言葉に割って入るのはマーシュ、後ろにはロージも控えている。彼等は土地勘が無いため動けないが、住民の危機と聞いて放置するような男達では無かった。


「貴殿らも助勢してくれるか……すまん」

「ちっ、違う、助勢ではない、たまたま目的が一致しただけだ、ロージ!」

「おう!」

「歩兵を率いてこの場の防衛に当たれ!」

「分かった!」

「ダレス! 騎兵を纏めて付いて来い!」

「了解です、マーシュさん!」


****************************************


 ユーリーとヨシン、そして二人に先導された「解放戦線」の騎兵約五十騎は、街道を北に折れると、街道と並行に走る商店街が連なる別の通りに出る。そしてしばらく進むと、そこが「トトマ街道会館」という大きな宿屋になる。二メートルもない外壁は外敵の侵入を防ぐためのものではなく、精々が馬泥棒をやり難くする程度のものだ。


 その外壁沿いの道を進むユーリーは、丁度のところで自分の視線の高さから壁の向こうが見えないことに苛立ちつつも、中から響いてくる罵声や悲鳴、そして武器を打ち合わせる音を聞いている。数日前に滞在していた場所がそんな戦場の音に包まれている事態にゾッとした感覚を覚えるユーリーは、手綱を持つ手に自然に力が入るのを感じていた。


(サーシャは無事なのか?)


 ひょんな事から知り合ったサーシャという少女の身を案じるユーリーは、そんな乗り手の気持ちを察して歩調を早めようとする黒毛の愛馬をどうにか押えつつ、ようやく外壁の切れ目、門になっているところへ辿り着いた。そして、内庭を見渡す。


「隊列を整えろ! 二列縦隊、突っ込むぞ!」

「二列縦隊だ! いそげー」


 不意に斜め後ろからマーシュという「解放戦線」の指揮官の声と、それを復唱するダレスの声が響いた。ユーリーはその声を聞きながら目の前の光景を茫然と見ていた。そこには、正に「殺し合い」という情景が広がっていたのだ。


 ざっと見渡しただけで三百以上いると分かるオーク兵達は、倒れた同じオーク兵や衛兵の死体を踏みつけながら、外壁の内側、右隅に衛兵隊およそ四十を追い詰めていた。その様子は、今にも衛兵達を押し潰そうとしているように見える。そして、視線を反対の左へ動かすと、残りのオーク達が「トトマ街道会館」の建物の一階入り口へ殺到しているのがわかった。


 ユーリーは無言で「蒼牙」を抜き放つ。そして、その動作のまま、建物の一階に殺到するオーク兵凡そ五十を指し示すと。


「ヨシン! 俺達はあっちだ!」


 恐ろしいほど殺気の籠った声を発していたのだった。


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