Episode_12.10 傀儡術師アグム
オーク兵達が侵入してきたトトマ街道会館の一階は不意に起こった閃光に包まれていた。そしてそれが治まった時、ホールの入口でオーク相手に
「テーブルを障害物に使うんじゃ!」
二階からこの光景を見ていた学者風の老人が一階に降りた男達に声を掛ける。しかし、その声に対して、直ぐに動ける者はいなかった、二人の若者以外は――
「ドッジ!」
「セブム、くそぉ!」
元白銀党の二人は、ダレスの腰巾着のように常に付き従って小さな悪事を積み重ねていた頃のには想像もしなかった勇気を振り絞る。アフラ教には興味は無かったが、暫く行動を共にしたオゴティスが目の前で殺されたことも、彼等の行動の原動力となっていた。
互いに声を掛け合う二人、ドッジの方が懐に忍ばせていた予備の「
「うおー!」
セブムは眼を瞑ったまま、自分が隠れていた丸テーブルを持ち上げると、それを丁度前に突き出すようにし扉の前にたむろしたオーク兵へ突っ込む。
ゴキィ!
テーブルの表を相手に向ける格好で脚を掴んで突進したセブムは鈍い手応えを感じる。そして、
「ドッジ、早く!」
セブムの悲鳴のような声に急かされて、ドッジも同じようにテーブルを持って扉へ突っ込んでいた。結果的に二人の元不良青年の勇気によって、一旦ホール内に侵入したオークは突き飛ばされるように、屋外へ叩き出される。
「何をしておるんじゃ! 手伝わんか!」
二階から掛かる声に、他の男達もやるべき事を
「それでいい、お前達、二階へ上がりなさい!」
先ほどから指揮官よろしく声を掛け続ける学者風の老人は、そう声を掛ける。目の前に餌をぶら下げられた状態のオーク達の略奪欲は、これくらいの障害物で防ぎきれるものでは無い事は百も承知だった。しかし、時間稼ぎが出来ればいい、そう思っていたのだ。
一方ドッジやセブムを含むホールの男達は、その老人の言葉をまるで免罪の鐘のように聞くと、我先に二階への階段を駆けのぼってくる。そして、
「でも爺さん、あんなテーブルを積んだだけの壁じゃぁ――」
普段はカウンターで働いている中年男が声を掛けるが、老人はそれを遮ると懐に手を入れる。そして何かを探り当てると、前合わせのローブの懐から一つの物を取り出した。その皺枯れた手に握られているのは、木彫りの人形二つ。
「……なんだ、お守りか」
中年男は拍子抜けしたように言うが、学者風の老人は籠った笑を上げる。そして左手に持った二体の木彫りの人形に対して、右手を人差し指を立てた状態でかざすと、小刻みに何か文字を書くような仕草をする。
それは、見る者が見ればロディ式魔術の最高位に位置づけられる複合魔術であることが分かるだろう。「付与系統」と「変性系統」それに「召喚系統」の術陣が複雑に混ざり合うが、それはこの老人にしか見ることの出来ない光景だった。暫くの時間、老人は右手を動かし続け、額には汗がにじむ。一方一階のホールには、何とか障害物の積み重なった扉を開けようとするオーク達の立てる騒音が響いていた。
そして、一際大きな衝撃音を立て、切りっ放しの大木の幹が扉と突き破り、積み上げられたテーブルを跳ね除けてホール内にヌッと顔を出す。オークが防御を破ったのだ。
「よし……完成じゃ」
その時、騒然となる二階の人々の悲鳴に紛れて学者風の老人が呟く。その手には淡く燐光を放つ木彫りの人形が二つ……その老人は掌の人形を一階ホールへ放り投げる。
シュゥゥゥゥ……
次の瞬間、まるで沸騰する鉄瓶が上げるような甲高い音がホールに響き……ついで二つの人影が姿を現した。それは、人間の女性のような丸みを帯びているが、かなり大柄なシルエットを持った木の人形だった。
複合魔術「ゴーレム生成」の中でも特殊な系統に分類される「
「じ、爺さん、あれは?」
突然現れた二体の人形に中年男は驚きの声を上げるが、老人はそれに構わない。
「行け! ポルム、タバス! オーク共を蹴散らすんじゃ!」
老魔術師の少し籠った声がホールに響いた。
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トトマ街道会館に再度突入したオーク兵達はいきり立っていた。外の庭では数を四十まで減らした衛兵隊が何とか防衛線を玄関の扉まで繋げようと必死の防戦を行っているが、所詮多勢に無勢、攻めかかるオーク兵に押されまくる状況となっている。一方、余裕の生まれたオーク兵達の多くは沢山の住民が避難した大きな宿屋に目を付け始める。こうなると、先ほど一度建物から叩き出されたオーク兵達は、折角一番乗りを果たしたのに「旨み」が減ってしまうと考えていたのだ。
そんなオーク兵達は、ホールに侵入するなり、異形の二体の木人形と遭遇する。
「なんダ?」
「さぁ?」
大きさで言えば、大柄なオーク兵よりも更に頭一つ大きい。胸から腰、そして尻に掛けて滑らかな曲線を有した胴部に腕や足が付いている。しかし、頭部は円筒の木材の端面を滑らかにしただけで顔の造形は一切なかった。そんな二体の木人形がホールの階段付近に直立しているのだ。
オーク兵達は少し警戒を示しながらも、それらの先、階段の上に大勢いるはずの人間の雌の発する臭いに興奮し、結局階段を上ろうと近寄る。その時――
ギギィー
そのまま、木材が軋むような音を発して二体の木人形が突然躍動し始めた。ポルムと呼ばれた一体は、右腕の手首から下が鋭い槍の穂先のようになっている。そして、タバスと呼ばれたもう一体の右腕の拳は尋常では無い大きさの木槌のようになっている。そんな二体は、近づくオーク兵の集団に襲い掛かったのだ。
「なんだァ……」
「ぎゃァッ!」
「ウゴォ!」
総勢十匹のオーク兵は、突然動き出した木人形に驚きの声を上げるが、それは直ぐに悲鳴に変わった。ギクシャクとした動きながら、強烈な刺突を繰り出したポルムの右手に一匹が胸板を貫かれる。そして、大木槌の形状になっているタバスの右手は別の一匹の頭を叩き潰していた。
不意を突かれた格好となったオーク兵は、慌てて夫々の武器を手に取ると、木人形に叩き付ける。
ガキィ……
ガンッ
木製のこん棒に金属の鋲を打込んだ戦槌を持つオーク兵は振りかぶった一撃をタバスの頭部に叩き込むが、それは、タバスの頭頂部に当たる部分を少しささくれ立たせるだけだった。逆に、まるで岩を殴ったような衝撃を受けたそのオーク兵は戦槌を取り落としてしまう。そこに、タバスの木槌の一撃が振り下ろされていた。
「ぎゃっ!」
オーク兵の断末魔が一階のホールに響く。一方、二階にいた人々は喝采を上げて、心強くも、どこか不気味な木人形の活躍に声援を送っている。
「爺さん、あんた凄いな!」
そう言うのは、中年の男だ。しかし言われた側の老人、名をアグムという、はジッと二体の木人形の動きを見ながらボソッと呟くのだ。顔色が悪く、額には脂汗が滲んでいた。
「もっても、二十分が限度じゃな」
老魔術師アグムがそう言うのは、二体の木人形に籠められた
魔術理論の構成には秀でた才を持っている老魔術師アグムだが、彼の最大の弱点は魔力の弱さだった。どんなに頑張っても「
「おい爺さん、顔色悪いぞ。大丈夫か……」
「魔力の使い過ぎだ……あ」
そこでアグムは何か思い出したように三階へ続く階段を見る。そして、
「スマンがサーシャを呼んできてくれぬか?」
と言うのだった。
一階では、相変わらず二体の木人形とオーク兵達の戦いが繰り広げられている。変性術で表面硬度を上げた木人形だが、無敵という訳では無い。その証拠に、命知らずのオーク兵による攻撃で、何度か武器の刃が体に食い込む場面が見られた。
(魔力の補給じゃな……)
その様子を見ながら、アグムは少し言い訳めいて呟くのだった。
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