Episode_12.09 護民の徒
突撃する騎兵達、殆どの者が馬上で身を小さくする。五十騎近くの騎兵の殆ど全員にとって、今回が初の戦闘だった。皆、心の中に不安と恐怖を持っている。しかし、それらを精一杯の努力で押し殺し、指揮官の言う通りに馬を駆けさせることに専念している。それはダレスも同じだった。もう十年近く昔、五歳離れた兄と一緒に乗馬の練習をしていた頃を思い出す。そして、今更ながらに、
(もっと真面目にやっておけば良かったな)
と思うのだ。荒んでいた頃、十代後半の貴重な時間を無為に過ごした事を後悔するのはこんな瀬戸際の時だった。それでも、自分は生まれ変わったのだ、そう信じるダレスは畏れを振り払い前方を見据える。
ロージに先導された騎兵の集団はトトマの街の東口、その北側から、オークの集団に突入する。最大速とはいかないが、それでも人が駆ける速さと比較にならない勢いで、人の十倍以上の重量のある塊が集団で突っ込めば、オーク兵の戦列は乱れざるを得なかった。
ゴンッ! バゴォッ!
鈍い音を立てて馬に跳ね飛ばされるオーク兵、跳ね飛ばされた敵は周囲の者を撒き込んで転倒する。オーク兵の殆どが自分達の隊列を崩した騎兵を見る。それが、魔術騎士アーヴィルへの最大の好機となった。アーヴィルは自身への攻撃が弱まった一瞬の隙を突き、剣を地面に突き立てると右手で補助動作を行う。発動するのは「
バシィィッ――ドォォン!
発動された雷撃の嵐は、騎兵の突入によって南北に切り分けられたオークの南側の集団に炸裂する。そして、
ドォォンッ!
ほぼ時を同じくして、孤立した詰所の二階からユーリーの放つ「|火爆矢(ファイヤボルト)」が同じ集団目掛けて炸裂した。
荒れ狂う炎と、広範囲に広がる電撃を受けて、五十を超えるオーク兵が地面に倒れ伏す。そして、
「うぉぉぉ!」
丁度、騎兵達の突撃と魔術の炸裂で目の前の敵が薙ぎ倒されたヨシンは、騎兵が通り過ぎた後の空間に飛び込むと、そのまま詰所の入口を目指す。右手に「首咬み」左手に「折れ丸」を持ち、それらを振り回す若い騎士は返り血に一際赤く染まった赤髪を振り乱しながら、突撃を避けて建物に身を寄せていたオーク達に斬りかかった。
「詰所を確保しろ!」
時を同じくして護衛戦士団のバッツの声が上がると、疲弊していた戦士達は最後の力を振り絞ってその号令に応じる。そして隊商主ゴーマスも手近にいた弓兵達に、
「高台を占拠しろ、さっさと行け!」
と乱暴な指示を飛ばしていた。雇い主の号令を受けた弓兵達は一目散に詰所へ向かって行く。程なくして、死体を重石に閉ざされていた詰所の扉が開き、レイモンド王子が合流する。ユーリーは未だ二階に残って攻撃の機会を探っているようだ。
こうやって膠着して、ジリ貧と成りかけた東口の戦況は、突如現れた騎兵団の突撃によって一気に均衡が崩された。別働隊の増援を受けたオーク兵達百匹以上は二つに分断され、
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トトマの街の東口からオーク兵を一掃した二つの勢力は、少し距離を取りながらお互いの出方を伺う、という状況になる。
後続の荷馬車に括り付けられた「紫禁の御旗」の下に集合するのはゴーマス隊商の護衛戦士団、弓兵以外の全員が何等かの手傷を負っているが、幸い戦闘不能となる者はいなかった。彼等はお互いに傷の具合を確かめ合い、簡単な処置をしながら突如現れた騎兵の集団の様子を気にしている風だ。
一方、突如現れた五十騎の騎兵は彼等の後続部隊であった四百前後の歩兵隊と合流すると、マーシュの指示で道に散乱したオーク兵の死体を脇へ退ける作業に当たっていた。そんな彼等が作業の合間にチラチラと視線を送るのは、彼等の指揮官であるマーシュとロージの兄弟と、レイモンド王子、それに騎士アーヴィル、隊商主ゴーマスらの会談の行方だった。
「貴殿らの掲げる旗は本物か?」
「……王家への忠誠が無い者には分からぬだろうが、間違いなく本物の『紫禁の御旗』だ」
「ならば、こちらにおられる方は?」
マーシュの問いに騎士アーヴィルが応える。アーヴィルの出自はコルサス王国では無い、その上コルサス王家に忠誠を誓ったことも無い。ただレイモンド王子を庇護しているだけだ。そんな自分が「王家への忠誠」という言葉と口に出すのが皮肉だとアーヴィルは思った。しかし、そんな事を知る由も無いマーシュは、質問の矛先をアーヴィルの後ろに立つ青年へ向ける。
「この方は……」
その質問に、アーヴィルは答えを詰まらせる。自勢力圏内の街でありながら、他勢力の兵力に圧倒されている状況での会談だ、言葉を慎重に選ぶ必要を感じたのだ。しかし、
「俺はレイモンドだ。前王ジュリアンドの一子、この剣とあの旗を見れば疑いようは無いはずだ」
アーヴィルが応える前に、彼の横まで進み出たレイモンドが堂々と名乗る。金髪碧眼はコルサス王家の血筋、そしてその整った顔立ちは前王ジュリアンドとアイナス王妃の面影を色濃く残していた。マーシュとロージの兄弟は二十数年前、亡き父に伴われて一度だけジュリアンド王に拝謁したことがあった。その時の記憶を思い出す兄弟は、レイモンドの顔に確かにジュリアンド王の面影を認める。
「……しかし、なぜ王子派の首領たる王子自身がこのような街に、護衛の騎士団を連れずにいるのか?」
「それは……」
「お忍びの視察でございます」
「視察……お忍びとはいえ、護衛に付くのが
ゴーマスの咄嗟の詭弁に、マーシュの指摘は鋭かった。確かに旗の下でひと塊になって休息をとっている戦士団は、訓練が行き届いた精鋭兵には見えない状態だ。そんな指摘にゴーマスは言葉を詰まらせる。そこへ、
「ゴーマス、詭弁や方便は止めよ」
「しかし……」
レイモンド王子は、ゴーマスを
「何故と詮索するならば、こちらは貴殿ら『コルサス解放戦線』の部隊が支配地を遠く離れた西の国境付近にいること、そして都合よくオークの襲撃と共に姿を現した事を問いたいが……
今度はレイモンド王子の言葉に返事に詰まるのはマーシュの方だった。今回の襲撃、本来の意図と違う動きを見せているが、首謀者の一人は間違いなく自分だと思っているのだ。返事に窮してしまう辺り、マーシュという人物の性根の誠実さが浮かび上がっている。そして、レイモンド王子の方は、その沈黙を承諾と受け取ると、更に何かを言おうとして――
「いつまでお喋りをしてるんだ!」
「動かないなら、俺達だけで先に行く!」
割って入ったのは若い声だが怒鳴り声だった。声を発したのはヨシン、そして焦れまくったユーリーだ。言葉通り、馬に飛び乗ると街の中心へ目掛けて駈け出そうとしている。
「待ってくれ、ユーリー、ヨシン! マーシュ殿、私は民を助けたい、御助勢頂きたい! アーヴィル、ゴーマス、街の中心へ進むぞ!」
若い二人の声に追い立てられるようになったレイモンド王子は、マーシュにそう言うと返事を待たずに指示を出す。レイモンド王子の指示を受けたゴーマスが配下の戦士達を立たせる。文句が出そうな状況ながら、何故かただの隊商の護衛である戦士達はまるで自分が近衛兵になったように、根性を見せると立ち上がるのだ。
(民を助ける……望むところだ)
「ロージ!」
「分かってる!」
王子派も王弟派も、民の事など気に留めることは無い。そう頭から思い込んでいたマーシュは、立ち去り際にレイモンド王子が言った言葉に衝撃を受ける。しかし、まだ反発が強かった。真に民を助けるのは、「
「騎兵を先頭に四列縦隊だ、歩兵はその後ろへ、ダレス!」
「はい!」
「先行して、斥候を務めろ!」
「了解です」
矢継早に飛ぶ指示に「解放戦線」の兵達は隊列を整える。一方、レイモンド王子率いる隊商の戦士達は、少数で有る事から先に街道を街の中心目指して進みだしていた。その隊列を斥候の役目を担うダレスが追い越す。その時、
「ダレス! 先行すると!」
「ユーリー! 違う、斥候だ」
ダレスの馬をユーリーが呼び止めた。単騎先行など死ににいくようなものだと、早合点したユーリーの言葉にダレスが怒鳴り返す。
「ユーリー、お前、人の事言えないだろ」
「うるさい……オレも行く」
「おいおい……ちょっ……アーヴィルさん! 俺達斥候で先行します!」
勘違いしたユーリーをヨシンがなじるが、ユーリーはダレスに付いて斥候に立つと決めると、馬を進める。仕方なくヨシンは後ろのアーヴィルに声だけでそう言うと親友の後を追うのだった。
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