Episode_12.08 トトマの戦いⅢ
アーヴィルは不意に上方から射掛けられるようになった矢の攻撃に舌打ちをする。敵の防衛線に釘付けにされている内に、高所から狙い撃ちをされる。それは防衛側としては理想的な兵の配置であり、攻勢を仕掛けるアーヴィル達から見れば悪夢のような状態だった。
(もう一度「
詰所の二階に陣取る弓兵を睨みつける刹那、そんな事を考えるアーヴィルだが、敵のオーク兵は休みなく斬りかかってくる。そんなアーヴィルは、ユーリーを後方のレイモンド王子の場所まで下げる理由にもなった「魔力欠乏症」に襲われていた。彼自身も放射系の大魔術を放ち、しかも接近戦になってからも何度も魔術を放っているのだ、魔力の消耗は激しかった。
(しかし……!)
アーヴィルは心を強く保つ。魔術を使う剣士たるもの、
――いいか、アーヴィル、眩暈にも吐き気にも頭痛にだってリズムが有るんだ――
笑ながら自分にそう教えた偉大な
しかし、大きな魔術を放つ隙が生まれない、そう焦るアーヴィルは隣で
(なんだ?)
アーヴィルは釣られるようにそちらに視線を移す。そして驚愕した。そこには後方に下げたはずのレイモンド王子とユーリーの姿があったのだ。数で劣勢ながら「紫禁の御旗」の効果を受けた戦士団は互角に、いや少し優勢にオーク兵を押していた。そんな状況を覆す可能性のある高台に陣取ったオーク弓兵、それを叩く必要があるのは理解しているが、それは決死の斬り込みだ。そんな決死行に何故アーヴィルにとって最も重要な人物
「ぐおぉぉ!」
野蛮な雄叫びと共にこん棒が振り下ろされる。
「ちっ!」
アーヴィルは反応が遅れたが、寸前の所でそれを躱すと、そのまま突っ込んで来たオークの顔面を盾で殴りつける。
ゴキィ
鈍い音がして、突っ込んで来たオーク兵は前歯を失いひしゃげた豚鼻を更に潰して昏倒する。しかし、アーヴィルが相手にしているのはこの一匹だけでは無い。打ち倒された仲間の体を踏み越えて新手が次々と押し寄せてくる。更に悪いことに、東の詰所の建物を回り込むようにして、新手のオーク集団が姿を現した。北か西からの別働隊かもしれない、そう思うアーヴィルは、
(いっそ捨て身で行くか……)
と考えて始めていた。
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「レイ! しっかり付いて来いよ!」
「わ、わかった!」
敵の前列を突き破って突出してしまったレイモンド王子を庇ったユーリーは、そのまま詰所を目指す。先程の「火炎矢」の攻撃によって立ち塞がる敵は一瞬姿を消していた。その間隙を縫うように二人の若者は突進する。
(……リリアがいてくれたら!)
これから突入する詰所の建物の中に何匹のオークが潜んでいるか分からないユーリーは叶わない願いを心の中で唱える。彼女がいたならば、見えない場所の敵の数や大まかな配置を風や地の精霊で探って教えてくれただろうに、と思うのだが、それは考えるだけ詮無い話だ。
ふと脳裏に浮かんだ、愛する少女の力無い笑顔を掻き消すと、ユーリーは声を上げて詰所に飛び込む。
「儘よぉっ!」
そして、室内の様子を観察する事無く、
グォンッ!
「蒼牙」の持つ
その時、詰所の一階には族長の次男を含むオークが四匹、それに放置された衛兵の死体が五体あった。それが五メートル四方の狭い建物の中にいたのだ。そこへ不意に一人の騎士が飛び込んで来て、一瞬後に室内は荒れ狂う魔力の嵐に襲われた。
「うがぁ!」
「ぎゃぁ」
捲り上げられた衛兵の死体に横殴りにされ、石壁に叩き付けられるオーク兵達は一瞬戦闘力を失う。そこへ、
「レイ! トドメを!」
非情な声が響く。
族長の次男は自分達が嬲り殺しにした衛兵の死体に覆い被され、うつ伏せになって床に倒れ伏す。何とか起き上がろうともがくが、直ぐに立ち上がることが出来ない。そして不意に、うなじに冷たい感触を覚える。次の瞬間、それは鋭い痛みと共に熱い感覚へ変わる。そして彼の頭蓋の中で、グリッ、と硬い物同士がぶつかる音が響くと、それ以降族長の次男は何も感じなくなっていた。
一階を制圧したユーリーは盾を前面に出して、二階への階段を駆けあがる。案の定、一階の騒ぎを聞きつけた弓兵が、階段の上り口から顔を出すとユーリー目掛けて矢を放ってくる。しかし、
カンッ!
至近距離で発せられた矢であっても、ミスリル製の盾を貫通出来るはずがなかった。ユーリーはそのまま階段を駆けあがると、その一匹を屠る。そして二階の室内に飛び込むと、ギョッとした表情を示す残りのオークの弓兵六匹を撫で斬りに斬り捨てていた。
「はぁ、はぁ……」
最後の一匹の首筋を割り切ったところで、動く者の無くなった室内を見渡すユーリーは荒い息を吐く。彼の両手も甲冑の胸から腹の部分も、べったりと赤いオークの血に塗れていた。そこへ一階からレイモンド王子の声が聞こえる。
「ユーリー! 不味い、包囲された」
(早いな……)
当然の結果ではあるが、思った以上に相手の動きが早いことに溜息を吐くと、ユーリーは下へ向けて声を発する。
「扉を閉めて、死体を積むんだ! 今行く」
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二人の若者が飛び込んだ詰所は直ぐにオーク兵に取り囲まれてしまう。ヨシンの奮戦により一時戦線を下げたオーク兵達だったが、北からやって来た別働隊と合流し勢いを取り戻したのだ。幸い詰所は扉を固く閉じ、中に侵入される事態にはなっていないが、ユーリーとレイモンドは閉じ込められたも同然の状態になっている。
「分断されたな……レイモンド王子は御無事か……」
旗を持つゴーマスは、自分の制止も聞かずに飛び出して行ったレイモンド王子が閉じ込められた格好となった詰所を恨めし気に睨む。この状況では退却する訳にはいかなかった。ゴーマスは、祖国コルサスの復興をレイモンド王子に掛けているのだ。
しかし「紫禁の御旗」の効力を受ける戦士達には限界が近付いていた。既に過剰な疲労を溜め込んでおり、体が動くこと自体が不思議な状態なのだ。御旗の効果は疲労と恐怖を忘れさせるが、消し去るものでは無い。そんな彼等の動きは目に見えて精彩を欠くようになってきた。
「何としても詰所を解放するんだ!」
ゴーマスは鼓舞するように大声を上げるが、返事をするものはいなかった。皆黙々と目の前の敵と切り結んでいる状態だった。
その状況にゴーマスは覚悟を決める。御旗を取り付けた長い竿を地面に突き刺すと自らは短槍を手にする。加勢するつもりなのだ。
(なんとしても、詰所と前線を繋げなければ……王子を助けなければ!)
ゴーマスがそんな気持ちで捨て身の突進をしようとする、まさにその時、外壁の外側、北の方から多くの馬が駆ける蹄の音が聞こえてきた。
「っ!」
ゴーマスは新手の登場かと身構える。しかし、オーク兵は馬に乗らない(馬は食糧と見做される)ことを思い出すと、その音の方に目を凝らす。暗い闇の向こうから、音の主は直ぐに姿を現す。そこには重厚な騎士の鎧を着た二騎を先頭にした五十騎前後の騎兵の集団があった。
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馬上のマーシュは我が目を疑っていた。見た目は隊商と言える集団が東口に展開し、オーク兵と戦っている光景だけでも、彼には信じられないものだったが、何よりも
(何故! 王家の旗が!?)
そんな彼の疑問と同じものを感じたのだろう、ロージが慌てたように声をかけてくる。
「兄貴! あれは王家の旗『紫禁の御旗』じゃないか?」
「わからん! 偽物かもしれんが……とにかく、オークと戦っている者達に助勢をするぞ! 全員続け!」
「応!」
騎兵の中で「紫禁の御旗」を直接見た経験があるのはマーシュとロージの兄弟騎士だけだった。それ以外の者は、隊商の旗にしては妙に豪華な旗がはためいているとしか感じていない。だから、単純に指揮官の号令に従うのだ。
「敵の集団だ、突っ込め! 余計な事はするな、馬を駆けさせて、駆け抜けるんだ! 続け!」
錬度の足りない部下に指示を出すロージは怒鳴り終わると、本当は最大まで上げたい速度を堪えて騎兵達の先頭に立つ。一方のマーシュは速度を落とすと一行の
王家を見限り民のために尽くすと誓った兄弟騎士と、民を何よりも大切に思う若い王子の運命が絡み合った瞬間だった。
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