Episode_12.07 トトマの戦いⅡ


 レイモンド王子を中心とした一団は、略奪を中断して東口に戻って来たオーク兵の集団を相手に戦線を展開していた。既に百を超える敵を街の外におびき出し殲滅しているが、残る敵の中には指揮官がいるのだろう、組織だった戦いを展開して一団の前に頑強に立ち塞がっている。


 約十メートルの幅がある東口では、主力のゴーマス隊商の護衛戦士団約十五人が二列横隊の格好となり、オーク兵と武器を交えている。その横隊の中央には盾と剣を縦横無尽に操り、時に氷雪矢チルアロー魔力衝マナインパクトを放ちつつオーク兵を圧倒する騎士アーヴィルと、依然として斧槍を振り回しているヨシンの姿があった。彼等二人は既に下馬して戦士達に混じり奮戦している。そんな二人が奮戦する中央部分は、敵を押す格好となり、突出する。しかし、左右を固める戦士団はその二人ほど簡単にオーク兵を倒すことが出来ない。そのため、必然的にアーヴィルとヨシンの二人だけが突出する格好となり、新手のオークから反撃を受けて後退する。という攻防が繰り広げられている。流石に五倍の兵力を持つ相手を簡単に崩すことは出来ないのだ。


 そんな戦況を馬上から見守るユーリーは何故かレイモンド王子の隣、旗を掲げるゴーマスの手前まで後退していた。これは騎士アーヴィルの指示によるもので、最初ユーリーは反発したが、


「王子の周囲を手薄に出来ない! それに君は魔力欠乏症が出ているだろう。後ろから弓矢で援護してくれればいい」


 という指摘には黙らざるを得なかった。確かに、東口の敵と戦闘に入る直前に、ヨシンを始めとした二十人の戦士達に「加護」の付与術を一気に発動してから、軽い魔力欠乏症の症状である眩暈と頭痛を感じていたのだ。先の戦闘でも「火炎矢フレイムアロー」や「火爆矢フレイムボルト」それに「静寂場サイレンスフィールド」を何度も使っているため、如何に常人離れした魔力を持つユーリーでも流石に魔力欠乏症の症状が出始めていた。それでも、振り絞れば後数発「火爆矢ファイヤボルト」級の魔術を撃つことが出来ると思うが、


(ここにいるオークが全部じゃないだろう……少し温存しなければ)


 と考えている。だからこそ、アーヴィルの指示に従って後退したのだ。そんなユーリーは、背中の留め金に掛けた古代樹の短弓を取り出すと矢をつがえ、引き絞り、狙って放つ。


ヒュンッ


 と小気味良い風切り音を立てた矢は低い弾道で真っ直ぐ飛ぶと、最右翼の戦士と切り結ぶオークの肩に突き立った。柄の長い斧を振りかぶろうとしていたオークはその一撃で武器を取り落とす。そこへ、


ヒュン、ヒュン


 と立て続けに鳴った風切り音は味方の弓によるもの。二本の矢はよろけるオークの額と喉元に突き刺さり、そのオークはもんどりうって地面に倒れ込んだ。


 ユーリーはチラと味方の射手の方を見る。レイモンド王子の肩越し、やや後ろに停められた荷馬車の影から顔を出した射手達は残りの矢の数を気にしながらも弓矢による狙撃を行っているのだ。五人しかいない彼等の内二人が、ユーリーの視線に気付くと右手の人差し指と中指を突き出してクイクイと動かす仕草を送って来た。


 ユーリーは弓の射手がよくする仕草を返そうとしかけるが、その時――


ビュンッ!


 鋭い風切り音と、隣のレイモンド王子が呻く声が聞こえた。


「しまった! レイッ……モンド王子」

「クソッ……油断した。だが、かすり傷だ、それにレイのままで良い!」


 レイモンド王子は反射的に左腕を押えつつ、気丈な言葉をユーリーに返す。矢はレイモンド王子の左腕 ――丁度甲冑に覆われていない肘の上辺り―― をザックリと切り裂きつつ、突き刺さることは無く後方へ流れていた。


 油断したのはこちらの方だ、と言いたいユーリーは舌打ちしつつも「縺れ力場エンタングルメント」を発動する。空間に発動した力場術は、主に飛翔物の勢いを削ぎ落す効果を発揮すると、二の矢三の矢とレイモンドとユーリーを狙い放たれた矢を次々に手前の地面に落としていく。


 一応の安全を確保したユーリーは、決して「かすり傷」とは言えないレイモンド王子の傷口に「止血ヘモスタッド」を施しつつ、矢を放って来た敵のオーク弓兵の場所を探す。彼等は占拠した衛兵詰所の二階に陣取っているようだった。


(高所を取られてるな……不味いぞ)


 ユーリーは内心焦る。後方への射線は「縺れ力場エンタングルメント」で潰しているが、こちらからの射線も潰してしまっている。そして、詰所の二階に陣取る射手はユーリーやレイモンド王子の方では無く、東口付近でオーク兵と死闘を繰り広げるヨシンやアーヴィルを始めとした戦士団を狙うことが出来る位置取りだった。


「ユーリー、あの建物詰所を制圧するぞ!」


 ユーリーの焦りと同じ理由で、レイモンド王子も詰所の重要性に気付く。そして実戦経験の乏しい若い王子は、ユーリーにそう言うと、自ら剣を抜き放ち右翼へ突進するのだ。目の前には二重三重にオーク兵の戦列が在るにもかかわらずの特攻であった。


「レイモンド王子、お待ちください!」


 後ろで旗を持って控えていたゴーマスが悲鳴のような声を出す。一方のユーリーは悪態を吐きつつ、その後を追っていた。追いつつも大声で、前線で奮闘している親友に声を掛けた。


「レイッ! くそっ! ヨシン!」

「なんだ!!」


 休みなしに「首咬み」を振り回しているヨシンは、それでも冷静に状況を把握できるようで、ユーリーの呼掛けに顔を前に向けたまま答えていた。


「右翼を潰してくれ!」

「えっ? 聞こえない!」

「右翼だっ!」

「分かった!」


 ヨシンにはユーリーの言う言葉の理由までは分からなかったが、背後から掛かる親友の指示に従う。こんな時、ユーリーの指示は間違っていたことが無かった。それを信じるだけだった。


「うらぁぁぁ!」


 そんな若い騎士は蛮声を響かせつつ、一際大きく「首咬み」を振り回す。二メートル強の長尺の武器は斬って良し、殴って良し、突いて良しの三拍子そろった山の王国ドワーフの自信作だ。ヨシンはこの武器を大いに気に入っていた。何と言っても頑丈なのが良かった。鍛え上げた膂力を遠慮なく武器に乗せて敵に叩き付けることが出来る。


バンッ、バンッ、ガンッ


 ヨシンは振り上げた「首咬み」を三度、目の前のオーク兵に叩き付ける。一度目は敵も両手持ちの武器で頭上を守った。二度目も何とか守る。しかし三度目で防御が間に合わず「首咬み」の鋭い刃が敵の頭蓋骨を両断し、豚鼻を断ち割って下顎の前歯で止まった。


「うぉぉぉ!」


 再び響く蛮声。敵の頭部に埋め込んだ武器を力任せに横に振り抜き、先端を自由にしたヨシンは、右へ向けて走ると、戦士達と戦っていたオーク達の横っ面へ突っ込む。そして、慌ててヨシンの方に向きを変えた一匹を殴り倒し、さらにもう一匹を鋭い穂先で突いた。しかし、穂先を体に埋め込まれたオークは、必死の形相で「首咬み」の柄を掴んで抵抗の意志を示す。死んでも離さない、といった形相のまま、その通り絶命したオーク兵に対し、ヨシンはあっさりと「首咬み」を手放すと、替りに腰に佩いた「折れ丸」を抜き放つ。そして、


「うぉぉぉ!」


 三度目の蛮声が響き、血風が舞った。


***************************************


 ヨシンが右翼側の敵を引き付けた間隙に、レイモンド王子が飛び込む。既にその右手には「守護者ガーディアン」が握られている。総身ミスリル造りの片手剣は、オーク達の奥で弱い炎を上げて燻る倒れた荷馬車の残骸からの明かりを受けて赤銀色に鈍く輝く。そして、


「てぇいっ!」


 気合いの声も鮮やかに、レイモンドはその剣を目の前に立ち塞がったオーク兵に叩き付ける。


カンッ


 極上の業物と言っても良い剣は、スッパリと敵の斧の柄を断ち斬るとその太刀筋のまま袈裟懸けに斬り付ける。その太刀筋は爽快明瞭、試合や稽古ならば確実に「止め」の合図が入る一撃だ。しかし、ここは戦場だった。オークであろうが人間であろうが、その命に「止め」の合図を出す審判はいない。


 レイモンドの一撃を受けたオークは、鎖骨から数えて三本ほど肋骨を断ち斬られたところで止まった白銀の刀身を掴むと、虫の息とは思えない膂力で柄だけになった棒を握る右手でレイモンドを殴りつけた。


「ぐわっ!」


 殴られたレイモンドは、横にたたらを踏むと膝を付きそうになるが、寸前のところで踏み止まる。目の前に火花が散ったようだった。しかし、闘志を振るい立たせる若い王子は、歯を喰いしばると再度オーク兵を睨みつける。その視線の先で、そのオーク兵は肩から胸に斬り込んだミスリルの剣を左手で握ったまま倒れ伏し絶命していた。その光景にレイモンドは溜飲を下げるように肩で息をすると、剣を絶命したオーク兵の死体から引き抜こうとする。しかし、


「レイ、危ない!」


 レイモンドは、絶命したオークの後ろから自分目掛けて突進している二体のオークが目に入っていなかった。戦場では良く有る事だ。極度の集中によって、対象物以外が背景に溶け込んでしまう。それはベテランの兵士であろうが凄腕の騎士であろうが、誰にでも訪れる可能性のある「死の一瞬」だった。その一瞬にユーリーが割って入る。


 ユーリーは既に展開したミスリルの仕掛け盾で、迫る一匹のオーク兵を殴りつけ、抜身の「蒼牙」でもう一匹の武器を持つ右手首を切り落とした。


「あ……」


 ユーリーの言葉に視線を上げたレイモンドが見たものは、手首を落とされて悶絶するオークと、返す刃でもう一匹のオークの首筋を切り払うユーリーの姿だった。


「周りを良く見ろ! 大勢を相手にするときは、目の前の敵だけに注意しては駄目だ!」


 ユーリーは、背中に庇ったレイモンドを見ることも無くそう言う。そして「蒼牙」に魔力を叩き込むと得意の「火炎矢フレイムアロー」を発動した。十本の燃え盛る炎の矢が目の前に出現すると、ユーリーの意図通りに扇状に広がって押し寄せるオーク兵を打ち据えていく。この一撃で詰所の入口へ続く血道が開けた。


「――っ、分かった……」


 レイモンドは、自分と歳の変わらない青年の言う言葉に気圧されるように返事をしていた。何が自分と違うのか? そんな疑問を感じるが今はそれを考える場合ではなかった。自分を追い越して詰所への血道を開くユーリーの背中を追う王子は、周囲に注意を払いつつも、その背中を追うことに必死だった。


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