Episode_12.06 トトマの戦いⅠ
マーシュとロージ、それにダレスを含めた騎兵五十騎は夜の森を駆け抜けると、そのままトトマ近郊の荒れ地へ出た。そして、そのまま街の北側の外壁を目指す。彼等は急いでいた。そのため、足の遅い歩兵は各兵長に預け、騎兵達だけで先行したのだ。そんな一団を率いるのは、先頭を駆ける元騎士のマーシュ。そして、その兄の姿を斜め後ろに付ける弟ロージが追う格好だ。そんな彼は、騎馬の修練度にばらつきが大きい自隊の様子を振り返り、全員が付いて来ているのを確認すると再び視線を前に戻す。そして、森の中で交わしたやり取りを思い出すのだ。
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作戦に手違いが発生したと思い、トトマへ急行した「解放戦線」の兵達は、森を進む途中でオーク兵の野営後を発見していた。それだけならば、急ぐ一団は無視して先に進むのだが、ちょうど野営地の外れに立っている大木に伝令兵の死体が吊るされているのを発見した一団は立ち止まらざるを得なかった。
「なぜだ!」
ロージは憤った声でいう。その伝令兵の亡骸は、正面から鳩尾を突き刺された致命傷の他にも、恐らく面白ずくで痛めつけられた打撲や切傷を全身に刻み付けられていたのだ。
「こんなの、まるで拷問じゃないか!」
ロージの後を継いでダレスの声も上がる。この伝令兵は、元は街の破落戸だった男だ。足が速く、ひったくりを生業としていた、そう以前語っていたのを多くの兵が覚えていた。そんな彼の亡骸は、ダレスの小隊によって樹から降ろされると、浅く掘られた急造の穴に葬られる。祈りを唱える者が大勢、彼等の祈る神は幸運の神、富の神、戦の神そして統一神アフラ、と言った具合に様々だ。しかし、苦痛の末に果てた仲間の冥福を祈る気持ちは変わらなかった。
一方、ロージはマーシュに詰め寄る。小声で、しかも部隊の面々からは見えにくいオークの野営地の端での事だ。
「兄貴、これは裏切りだと思う! どうする、引き返した方が良いんじゃないか?」
「いや……裏切り……だとどうなる? トトマは襲われるばかりじゃないのか?」
「王子派だって馬鹿じゃない、街を守る衛兵はいるだろ!」
そんなやり取りをする兄弟の所にダレスが彼の小隊に所属するヤクザ者、そして元冒険者を伴って現れた。
「マーシュさん、ロージさん、
「ん? なんだ!?」
「言ってみろ……」
話の腰を折られたマーシュとロージは少し棘のある言い方でダレス小隊の面々を促す。
「ほら、オメー、早く言えよ」
「あ、あのー。ここのオークの連中ですけど、多分、千匹を超す大軍勢だと思うんですよ」
「なにっ?」
「おまえ、何故そんなことがわかるんだ?」
小男の冒険者が言う内容にマーシュもロージも疑問を投げかける。アルフから聞かされている話では、オーク兵の集団は五百前後ということになっていたのだ。それは、万が一オークが暴走しても自分達の兵力で何とかなる範囲に留めるというマーシュからの要望でもあった。しかし目の前の兵士が言う数は、それの倍であった。
「はい……その……」
指揮官二人を相手に言いよどむ冒険者だが、隣のヤクザ者が変わりに理由を言ってしまう。
「糞ですわ」
「糞?」
ヤクザ者の説明では、その小男の冒険者が言うには、オークは糞便をする場所を階級によって分ける習性があるということだ。ばらつきはあるが、上位者の使う場所は多くても十匹、一方下級の者が使うのは五十匹前後で共有するということだ。
「それで、数を数えてみたところ……」
「千匹前後の集団が二、三日は滞在していたと思うんです」
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マーシュもロージも、この話を聞き決意を固めていた。トトマを救う、という決意だった。それは、敵対する勢力に助勢することを意味するのだが「民を守るために戦う」と誓った兄弟にとっては、些細な問題でしかなかった。何と言っても、千を超える大集団を相手に、五百前後のトトマの衛兵団が太刀打ちできるとは思えなかったのだ。そして、衛兵団が破れれば、その後には悲惨な略奪と蹂躙が待ち構えている。ベートとの国境付近出身の彼等からすると、それはある意味日常的な光景だった。だからこそ、その悲惨さを知っているのだ。
「いそげ!」
ロージの声が掛かる。騎兵と言っても、ただ馬に乗れるだけ、という程度の兵が殆どの部隊はそれほど速度を上げられるわけではないが、精一杯の速度で夜の荒れ地を駆けていく。
街から上がる炎を目印に馬を走らせる一行は、やがて、トトマの北側の外壁が見える位置に辿り着いた。前方の外壁には幾つもの梯子が掛けられており、今もオーク兵の最後の集団と思われる二十匹前後が梯子を上り外壁を乗り越えようとしているのが見えた。
「兄貴、前方に敵兵二十!」
「よし、突っ込むぞ! お前達、騎乗での戦闘に自信の無い者は無理せず下馬して戦え! 分かったな!」
「はいっ!」
指揮官の指示にダレスを始めとした騎兵達が応える。マーシュの言葉通り、彼等の錬度とはこの程度 ――つまり、騎乗での戦闘が覚束ない――である。そして、何が起きているかを完全に把握している者はいなかった。ただ「街を救う」と言う指揮官の言葉に、自分達の中の使命感を
そんな一団は、薄い月の浮かぶ夜空の下をオークの集団目掛けて突き進む。先頭を行くのは馬上槍と
「ぐわぁ」
二騎の騎士の二振りの槍が、矢継早に梯子の上のオーク兵と突き刺す。一方、順番待ちをしていた他のオーク兵は突然現れた騎士に狼狽えつつ、夫々の武器を構える。しかし、駆け抜けた二騎の騎士は既に彼等の武器が届かない距離まで遠ざかっている。
そして、一旦距離を取った二騎の騎士は方向転換すると、今度は集団のど真ん中を目指して馬の速度を上げる。その接近は強い圧迫感を伴い、迎え撃つオーク兵を浮足立たせる。そこへ、
「おぉぉぉ!」
最早誰のものか分からない、数十人の男の声が混ざり合った雄叫びが響き、残りの騎兵達が集団の後方から殺到してきた。
逃げようとしたところに、退路を塞ぐように五十騎近くの騎兵が現れたため、オークの集団は蜘蛛の子を散らすように、ちりぢりになって逃げ惑う。既に勝負は決していた。
「二人一組で確実に討ち取れ!」
「森へ逃げたものは、深追いするな!」
マーシュとロージの指示が飛ぶが、やがて外壁の外は静かになった。「解放戦線」の騎兵隊によるささやかな勝利だった。
「兄貴、壁は越えられない」
「そうだな、東側へ回ろう。オイ!」
外壁を見上げるロージの言葉にマーシュが頷く。そして、東口から街の中へ入ることを決めると、手近にいた騎兵を呼ぶ。そして、
「後続の歩兵達に、東口へ回るように伝えるんだ!」
「はい!」
その指示を受けて騎兵が森の方へ引き返して行った。
「よし!外壁沿いに東へ向かうぞ!」
ロージの言葉に、他の騎兵達の応じる声が響いた。
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