Episode_12.04 魔術騎士アーヴィル
アーヴィルの号令により、四十の矢が一斉に放たれる。矢は狙いを外したものが多かったが、それでも前方へ飛ぶと、頑丈な革鎧を着たオーク達に突き立つ。威力重視の弩弓ならではの貫通力で、革鎧を貫いた矢に、十匹近いオークがその場で倒れる。
「第二矢、準備次第放て、他の者は投石だ!」
護衛戦士団の中の弓兵達は、一射終えた弩を棄てると自身の短弓を構える。威力は劣るが連射が効くのだ。一方、他の戦士達は弩弓の先端をつま先で踏むと渾身の力で弦を引っ張り上げ、引き金に引っ掛ける。そして矢を取り付けると第二射に掛かる。その後ろでは使用人達が闇雲に石を前方に放っている。
対するオークの集団は混乱に陥っていた。今の今まで荷馬車があると思っていた場所には右往左往する自分達の姿が映っている。そして、その光景から突然弩弓専用の太い矢が自分達目掛けて放たれた。しかも、その矢を放った者達の姿が全く見えないのだ。下級オークの知能では、事態を理解することは難しかった。
それでも、荷馬車があった場所を本能的に目指そうとする者が出てくる。そんなオーク達は、目の前に移り込む自分達の姿の正体を確かめようと、矢の洗礼を振り除けながら強引に前へ駆け出す。彼等に降り掛かる矢は第一射目ほどの濃密さはなく、オーク達の前進を止めるには力不足だった。
そうやって前へ駆け出すオーク達の一部は、十メートルも進んだところで「|鏡像(ミラーイメージ)」の力場を突破していた。そして、今まで見えなかったはずの荷馬車の集団が目と鼻の先に姿を現したことに驚きつつも、声を上げる。
「前へ進メ! ちゃんと獲物がいるゾ!」
そんな言葉に勇気づけられたオーク兵達は我武者羅に前進を開始する。オーク兵と荷馬車の陣地の距離はもう十メートルも無い状況だ。
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アーヴィルは陣地の直前まで迫るオーク兵の集団の中央に意識を集中する。外界の音が音量を下げたように感じるほどの集中だ。そして、再び右手を宙に躍らせると複雑な魔術陣を起想する。そして、展開を終えて発動したのは「
オークの集団の中央に紅い火の玉が出現すると、それは中央に向って収束し、次の瞬間爆裂、噴き出した炎が辺りを舐め尽くし、爆風が荷馬車と「紫禁の旗」をも揺らす。そして、それらが治まった後には、もっとも馬車に肉迫していたオークの集団が黒焦げの千切れ飛んだ悲惨な
「抜剣せよ! 斬り込むぞ!」
「火爆波」が炸裂した直後、旗を掲げるゴーマスが配下の戦士達に号令を掛ける。思いも掛けない反撃の連続で混乱の極致に陥った後続のオーク兵に対して、畳み込む好機と判断したのだ。その声を受けてアーヴィルも抜剣するが、既に剣を抜いていたレイモンド王子がいち早く先頭に飛び出す。そして、大声を発する。それは、立派な口上では無かった。ただ、心の底から湧き上がった言葉だ。
「我に続け! トトマを救うぞ!」
「応!」
強力な
更に、その場から逃げ出そうとするオーク兵達は、後ろに控えていたユーリーとヨシンによって、やはり次々と討ち取られていく。ヨシンはここぞとばかりに斧槍「首咬み」を振るい、逃げるオークを馬上から屠っていく。ユーリーも片刃剣「蒼牙」を抜き放つと、馬上からその青い刀身をオーク兵に振るう。そんな二騎の騎士は馬上にあって声を交し合う。五月雨式に逃げてくるオーク兵を迎え討ちながらである。
「なぁユーリー!」
「なに?」
「あの、アーヴィルさんもそうだけど、レイも凄く強いじゃないか!」
「そうだね!」
ヨシンの言葉にユーリーは、潰走しかけているオーク兵の集団に斬り込み散々に敵を斬り立てているレイモンドを見る。ヨシンが言うように、その剣筋は鋭く「確かに強い」と思わせるものだ。しかし、ユーリーの視線はどちらかと言うと、そんなレイモンドの隣に控える騎士アーヴィルに向けられる。カイトシールドと、何の変哲も無い
「アーヴィルさんて、本当にデイルさんより強いんじゃない?」
「ははは、勘弁してくほしいな。デイルさんより強いなんて!」
「全くだ! 今度稽古してもらおう」
「それにしても、世の中って広いんだな!」
「本当に!」
そう言い合う二人の騎士は、手を止める事無くオーク兵を屠っていく。そんな自分達自身こそ、レイモンド王子やアーヴィルからどのように見られているか? そこまで考えが至らないところに、まだ若さがあったようだ。
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トトマ衛兵団の副長ベロスは、トトマの街の中央 ――東西と南へ伸びる街道の交差地――で防衛線の指揮をしていた。西から攻め寄せるオーク兵は、すでに西の詰所を陥落させており、防衛線の目の前に迫っている。その数は目測で三百前後、対する防衛線を担う衛兵は二百に届かない数だ。これが、しっかりと準備された砦ならば、防衛には問題の無い数と言える。しかし、衛兵達が守るのは防衛線とは名ばかりの物だ。そこら辺に立てかけてあった梯子や木樽、それに荷車などを積み上げた急造の障害物に身を隠しつつ、懸命に弓で応射している状況だった。
ベロス自身、優秀な長弓の使い手だが、衛兵達は通常その職務柄弓を使う必要性は先ず無い。よって、矢の備蓄など殆ど無いのだ。今は、オーク側から射掛けられる矢を拾って撃ち返している状態だった。
「くそ! お前ら、良く狙って撃てよ!」
「はい!」
ベロスの周辺には同じ北の森出身の「森人」の弓兵が十人程集まっている。みな優秀な射手だが、矢が無い事には話にならない。因みに、他の衛兵達はトトマ出身で弓を扱うことを知らないものばかりだ。そんな彼等はバリケードの影に身を隠すのが精一杯の様子だった。
「副長!」
「どうした!?」
矢を拾い弓につがえる動作の途中でベロスは声を掛けられる。それは、街の北側にあるトトマ会館の防衛に就いていた衛兵の一人だった。
「北側の防衛線、持ちそうもありません!」
「駄目だ、持たせろ!」
「そんなぁ!」
泣き言を言う衛兵は、良く見れば浅い切傷や打撲によって傷だらけの様相を呈している。
「……状況を!」
「トトマ会館の外壁で敵の侵入を食い止めている状況です。衛兵隊の数は百前後が健在ですが、トトマ会館の中には住民が八百人、周囲の宿屋も含めると二千近くの住民が避難しています」
「敵の数は」
「良く分かりませんが五百近いと思われます。恐らく北が敵の本隊です」
「わかった……、ここの防衛線ももう限界だ、お前は北に戻って住民達を南の詰所付近へ誘導しろ! 分かったな、行け!」
ベロスの命令にその衛兵は一度大きく頷くと、来た道を走って引き返えして行った。その後ろ姿を少しだけ見送ったベロスは部下を鼓舞するように声を上げる。
「お前達! 北の住人が避難するまではこの場所を死守するんだ! 分かったか」
しかし、ベロスの言葉に返事をする者は少なかった。皆の表情には絶望の色が浮かんでいたのだ。
「くそっ! お前らの街だろ……」
その様子にベロスは小さく毒づくと、途中で止めていた射撃を再開する。オークの矢は造りが粗末で中には反り返ったように曲がった物が多い。しかし、優秀な射手であるベロスはそれを目算で調整すると引き絞った長弓から矢を放つ。矢はフラフラと揺れながらも宙を走り、障害物から顔を出していたオークの眉間を貫いた。
(焼石に水だな!)
醒めた感想を持ったベロスは次を放つために、落ちている矢を探すのだった。
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