Episode_12.03 連携攻撃


 荷馬車が突入した直後、ユーリーは馬上から五回矢を放っていた。古代樹の短弓から撃ち出される矢は、弾道鋭く夜空を飛ぶとオーク兵達に突き立つ。一発で仕留めることが出来たのは三匹、残り二匹は矢を肩や腕に受けつつも倒れるまでは行かなかった。


「チッ」


 ユーリーは軽く舌打ちすると、右側に位置するヨシンを見る。ヨシンは騎馬をかなり前進させると、早くも二人へ距離を詰めようと突進してくるオーク兵と戦闘に入っている。馬上から二メートル強の長さの斧槍を振るうヨシン。本来歩兵の武器であるそれを、馬上用に改良した山の王国謹製の武器は血飛沫を迸らせ、オーク兵の腕や首を刎ね飛ばしている。


 前に突出したヨシンが目立つため、多くのオーク兵は彼を目掛けて距離を詰める。その状況に時間を得たユーリーは「火爆矢ファイアボルト」の攻撃術を念想する。火属性の投射型攻撃術だが、着弾点周辺の狭い範囲を爆風で加害することのできる範囲攻撃が可能な術だ。その術を滑らかな補助動作で発動させたユーリーは、赤く燃え上がる投げ槍ほどの炎の矢をヨシン目掛けて殺到するオーク兵の集団に投げ付ける。


ドォォンッ!


 火線を曳いて宙を走った炎の矢は、狙い通り十匹前後のオーク兵集団の中心に着弾すると、爆炎と爆風でそれらの敵を薙ぎ払った。そして、


「ヨシン! 退くぞ!」

「おう!」


 ユーリーの合図で、予め決められた通りに後退する二人。その馬足は常歩なみあしに毛が生えた程度の速度だった。走れば追いつけないことはない、そう思わせる速度にオーク達は何の疑いも無く後を追う。指揮官役の上位のオークが略奪に精を出していることが災いしていた。明らかに「誘い」である二騎の動きを見抜けないオークは、縦に長い列となって街道へ誘い出される。


 オーク兵の集団を誘い出すことに成功したユーリーとヨシン。ヨシンは時折馬を止めて「首咬み」を振るいオークと切り結ぶ。一方のユーリーは街道で止まって敵を食い止めるヨシンを射線から外すために脇へ避けて、縦に長い列となったオークの集団の中程目掛けて火炎矢フレイムアローを放つ。


 ヨシンが喰い止め、ユーリーが攻撃術を放つ。そして再びヨシンが後退し、ユーリーも距離を取る。何度もこの戦法を繰り返すが、二人の連携が乱れることは無かった。結局七度に渡って繰り返された二人の攻撃でオーク兵は五十匹ほどの損害を出す。しかし、それでもまだ百を超える集団が迫って来るのだ。


(そろそろか?)


 八度目に、仕上げとしてもう一度火爆矢を放ったユーリーは、背後の荷馬車で作られた陣地を目視するとヨシンに合図を送る。そして、敵を待ち構えるゴーマス隊商の陣地付近へオーク集団を誘導した二騎の騎士は、街道の左右に二手に分かれて距離を取る。そんな二騎の動きに、どちらを追うべきか逡巡する先頭のオーク兵は、自分達の前方に荷馬車が壁のように連なった光景を目にしたのだ。


「荷馬車があるゾ!」

「お宝ダー!」


 無人に見える荷馬車の集団に、オーク達は押えていた略奪欲を甦らせる。既に、追っていたはずの二騎の騎士など頭の中から掻き消えていた。そんな彼等は、今まで以上の脚力で前方の荷馬車に突進するのだった。


***************************************


「来たぞ! 構えろ」


 荷馬車の影に身を潜めた人々に対して、アーヴィルの声が掛かる。身を潜めた人々はゴーマス隊商の護衛の戦士、負傷者、そして使用人達だ。全員が弩弓クロスボウを持っている。この弩弓は先日襲撃してきた連中が落として行った武器だった。連射が効かないため、放てるのは一度か二度だ。特に武器の扱いに慣れていない使用人達は一度放つのが限界だから、一射した後は各自投石に移ることになっている。


 そんな彼等に迫るのは残虐さで有名なオーク兵達、略奪への期待に目をギラつかせるその様子は本職の兵であっても恐怖を感じる光景だ。しかし「紫禁の御旗」の元に集う四十の人々は、本職の兵士では無いにもかかわらず勇気一杯で敵を待ち構えるのだ。


(「紫禁の御旗」強力な魔術具なのだな……)


 倍以上の敵が殺到してくる中、取り乱す者が一人も居ない状況にアーヴィルはそんな感想を持った。彼の隣では、レイモンド王子が同じく弩弓クロスボウを構えて荷馬車の影に身屈めながら迫って来る敵を観察していた。


「もうか?」

「いえ、せめて百メートル以内でなければ矢は当たらないでしょう」


 急かすように言うレイモンド王子も、実際弩や弓を扱ったことは無かったので、アーヴィルの言葉に黙るしかなった。そうこうしている内に、オークの先頭集団が荷馬車の陣地から百メートルの範囲に入る。そこで先ずアーヴィルが動いた。


 アーヴィルは普段剣を持つ右手で大きく虚空に模様を描く仕草をする。彫りの深い顔の眉間に普段以上に皺を寄せ、集中を続ける騎士は何度も右手を虚空に走らせる。そして――


 何がどうなった訳でも無い。少なくてもレイモンド王子の目には、何も変化を感じ取ることが出来なかった。しかし、荷馬車へ突進するオーク達は戸惑ったように次々と足を止めるのだ。距離にして凡そ五十メートル。素人の放つ弩弓でも何とか当てることのできる距離だ。そこで立ち止まった集団には後から追ってきたオーク兵達が合流している。


「今だ! 放て!」


 満を持したアーヴィルの号令に、レイモンド王子と、ゴーマス隊商の面々が荷馬車の影から上半身を表わすと次々に矢を放つ。合計四十本の矢は夜空を切り裂き、立ち止まったオーク兵に次々と降り注いだ。


****************************************


 ユーリーは立ち止まったオーク兵の集団の後ろから追いつつ様子を見ていた。街道の左右に散った自分達を追い掛けてくるオークは一匹もおらず、全員がその先にある荷馬車に殺到する状況は予想外だった。


(十匹くらいは付いて来ると思ったけど……これじゃ数が多過ぎる!)


 そう考えるユーリーは、相棒の動きを確かめようと視線を横へ動かす。そこには、既に早駆けの速度で陣地目掛けて騎馬を駆るヨシンの姿があった。ヨシンも同じことを考えていたようだ。四十対百以上の集団同士が平地で衝突すれば、いかに急造の荷馬車による陣地といっても少数のレイモンド王子達が苦戦するのは必至だった。


「ヨシン! 弩の射線に入るな! 横からだ」


 ユーリーは大声で叫ぶと、馬を陣地に対して側面から周り込むように操る。そして正面のオーク達を見据えるのだが……


(な? 荷馬車が消えた?)


 次の瞬間、視界の先に在るはずの荷馬車の陣地が忽然と消え、そこには細い月明かりに照らされた荒れ地と、戸惑ったように立ち止まるオーク達が映って・・・いた。


「ユーリー! 陣地が消えた!」


 離れた所を走るヨシンも驚きの声を上げている。しかし、一瞬の動揺が収まったユーリーはこの状況を洞察していた。


鏡像ミラーイメージ? 一体誰が?)


 ユーリーは、この状況の原因が荷馬車の前に展開された「鏡像ミラーイメージ」という力場系の幻覚魔術だと推測する。立ち止まるオークの集団が、本来荷馬車の陣地が在るべき場所にも映っているのが証拠だった。しかし、ユーリー自身も未だ使えない比較的高位の魔術を一体誰が使ったのか? そんな疑問が湧き上がる。


「ユーリー! どうする!」


 戸惑ったように馬の速度を落とすヨシンの問いに、ユーリーは疑問を一旦頭から追い出すと、大声で返事をする。


「陣地が無くなった訳じゃない、見えなくなっただけだ! 様子を見よう、流れ矢に当たりたくない!」


 ユーリーの声にヨシンは「わかった」と手で合図を送るとその場で馬を止めた。ユーリーも同様に馬を止めると先を見詰める。そこには戸惑ったように立ち止まり周囲をキョロキョロと見回すオークの集団があった。その時、姿は見えないがアーヴィルの号令が夜の街道に響いた。


「今だ、放て!」


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