Episode_11.23 叫喚のトトマ


 …………


 やがて静かになった外壁付近の荒れ地に、ヌッと姿を現す集団があった。ひしゃげた豚のような顔に暗緑色の肌、粗末ながら頑丈な革鎧に身を包んだオークの集団だった。それも中原やベート国、オーチェンカスクで悪名を轟かせるローランド・オークの傭兵部隊だった。一族単位で傭兵稼業に精を出す、おすしか存在しない呪われた種族である。


「おやじ、本当にいいのか?」

「そうだ、伝令の兵も殺しちまって……雇い主との約束は夜明け近くの襲撃だぜ」


 リーダーらしい一際大きな体格のオークに声を掛けるのは同じく大柄なオーク。話し振りから親子のようだが、オークにとって親子の絆がどれ程のものなのか、実際それを知る人間は少ない。分かっている事は、立場が上の者ほど良い獲物 ――この場合は二本足のめす―― を得ることが出来る。そして、優秀な子孫を残せるということだ。


 リーダーに話しかけたオーク達も、その例に従って略取したエルフの女に生ませた子供達だった。


「そうだな、お前達には言ってなかったが、こうするのが『本当の依頼』だ」

「『本当の依頼』? 依頼主はあいつ・・・等じゃぁないのか!」

「そうだ、精一杯暴れて街を滅茶苦茶にしてくれ、だとさ」

「まったく、人間てのは恐ろしいな。同族を平気で殺してくれと言う」

「そりゃ、俺達だって一緒だ。お蔭で仕事に困らない」


 困った事に、オークから見れば人間はこのように見えるらしい。


 その後、しばらく言葉を交わした三匹のオークはやがて暗がりに下がると配下のオーク達に号令を発した。


「目の前の人間の街を襲え!」


 その命令を受け、ローランド・オークの傭兵団、総勢千匹を越えるオーク兵が鬨の声を上げる。その声は、ようやく眠りに就こうとしていたトトマの街に響き渡った。


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 食事目的の客が帰ると、ホールのテーブルはようやく空きが目立つようになる。そして、入れ替わりに入って来る客は酒が目当ての者か、又は女目当ての者になる。そうなると、先ほどまでの忙しさは鳴りを潜めるので、サーシャはカウンターの辺りでホッと一息ついていた。そんな彼女の視線はホールへ向けられている。


 サーシャの視界には、十人前後の歳のバラバラな娼婦達が、給仕の代りに注文を取ったり、客にしな垂れ・・・・かかったりする光景が展開されていた。母親ナータの姿も見えたが、着崩した品の無いドレスではなく、さっぱりとした街の女房風の格好をしている。そして、一人、もしくは数人で訪れた客のテーブルに近付くと「商談」を持ちかけているのだ。


(母さんも、よくやるわ)


 一時期は自分も「そうするべき」と思っていた娼婦という仕事。その世界に足を踏み入れずに済んだ経緯を思い出すと、サーシャは人知れず溜息を吐く。


(ユーリーさん、また来てくれるかな?)


 一人娘だったサーシャにとって、その黒髪の青年は突然出来た兄のように感じられた。出来れば会って、ちゃんと言われた通りに読み書きを習い始めたことを伝えたいと思う。


 サーシャがそんな事を考えていた時、不意に店の外、大通りが騒がしくなる。


「なんだろう?」

「うん? 焦げ臭いな……火事か?」


 サーシャの呟きにカウンターにいた中年男が返事をする。その男は鷲鼻をヒク付かせて臭いをかぐ仕草をしているのだが、一方のサーシャには焦げ臭さは感じられなかった。そして、お互いに顔を見合わせるのだが、


「た、たいへんだ! オークの軍団が攻めてきた!」


 店に飛び込んで来た男が、泡を吹くようにそう叫んだ。その言葉で店内がざわめく。そして、


「衛兵隊だ! この店を住民の避難場所に使う!」


 武装したトトマの衛兵二名が店に入って来ると、先に飛び込んで来た男を脇に退けてそう言い放つのだ。


「なんだって!?」

「どういうことだよ」


 という声が客の間から上がるが、衛兵は無視するともう一言発する。


「怪我人が出ているんだ、直ぐに運ばれてくるから協力するように!」


 そう言うと、駆け足で店を出て行った。残された人々の動揺したざわめきだけが店内に残ったが、直ぐに誰にでも分かるような「焦げ臭さ」が漂ってきた。そして、店の窓から庭越しに西の方を見る客達は、夜空が赤く染まっているのを目にすると息を呑むのだった。


****************************************


 ユーリーとヨシンは相変わらずの位置でレイの馬車の横に着けているが、その馬車の主は二人の騎士と共に騎乗になっていた。


「ずっと馬車の中だと、息が詰まるし気が滅入る」


 そう主張したレイは、馬車を曳く馬の一頭を解き、鞍を載せて騎乗したのだ。当然アーヴィルは良い顔をしなかったが、止めさせるほどでは無かったようだ。丁度日が落ちて周囲に旅人の姿が無いことが理由だったのかもしれない。


 そんな一行は出発が遅かったため、日没から体感的には二時間ほど経過して、ようやくトトマが、目と鼻の先、という所まで進んでいた。細い月が彼等の背後の東の山の稜線から姿を見せ始めている。


「もうそろそろトトマだな」

「そうだね……」

「またあの『街道会館』なんだろ?」

「仕方ないよ、これだけの荷馬車と馬を収容できるところはあそこしか無いって話だろ」

「二人とも『街道会館』とは何だ?」

「えっと……まぁ行けば分かるよ、はぁ」

「はぁ……」


 ユーリーとヨシンの会話が終わるころレイが割り込んでくる。そんな彼に、二人は自然とため息を吐くのだ。


(この純粋な青年レイがナータ達の洗礼を受ける・・・・・・のか)


 殆ど同じ事を考えて溜息を吐くユーリーとヨシンを不思議そうに見るレイは、しかし屈託無い調子で言う。


「君達がいて、旅が楽しくなったぞ」


 そう言うと笑い声を上げるのだ。その笑を聞きながら、ユーリーはふと思いを馳せる。それは、


(サーシャ、ちゃんとやってるかな?)


 ユーリーには、別に恩人振る気持ちは無い。ただ、不思議と妹のように思うようになった少女のことが気になるのだった。


 一行は、緩く曲がった街道を進む。丁度南の森の木立がせりだした場所を街道にそって進むと、視界が開けてトトマの街影が見えるはずなのだが……


「なんだ? 燃えている?」

「おい……火事か?」


 先頭の方を行く護衛の戦士達や荷馬車の御者がざわついた声を上げる。その様子に隊商主のゴーマスは隊列に一旦停止を命じる。そして、荷馬車の荷台の上に立つと円筒形の遠見鏡を取り出してトトマの方を見る。


「ゴーマス殿、どうだ?」


 そこに近付いてきた騎士アーヴィルが、遠見鏡を覗いたまま固まっているゴーマスに声を掛けた。


「たいへんだ……」

「ゴーマス殿、何が見えた?」

「オークだ」

「今何と?」

「オークに街が襲撃されている! オイ、引き返すぞ! 急げ!」


 ゴーマスの叫び声はユーリーにも、勿論ヨシンやレイにも聞こえていた。


「!」

「おい、ユーリー! あっ、レイ! ちょっ、待てよ!」


 ゴーマスの叫んだ内容に、ユーリーは馬を走らせた。引き返すためでは無い、トトマへ向かうのだ。そして、そんなユーリーの後を追う者がいた。ユーリーはヨシンかと思ったのだが、馬の蹄の音が違うことに気付き振り返る。そこには、同じく馬を駆けさせるレイの姿があった。


「レイ? 君が来る必要ない!」

「……」


 しかし、レイはユーリーの制止の言葉に無言。先程とは一変した険しい表情を見せて、馬を駆けさせるのみだった。


「レイモンド様! お待ちください!」

「クソッ! 追うぞ!」


 二騎の騎馬の後方でそんなやり取りが聞こえる。そして、一旦停止した隊商は再度動き出す。速度を上げて先行する二騎の後を追うのだ。


 彼等の眼前には、炎に身を焦がしながら苦痛をジッと耐えるような、トトマの街が横たわっていた――


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