Episode_11.22 トトマの日常
昨晩遅い時間までユーリーとヨシンを引き留めて話し込んでいたレイ。結局夜更かしが過ぎてしまい、翌日起き出してきたのは昼近くになってからだった。ゴーマスもアーヴィルも、既にダーリアを出発する予定の時刻を過ぎていたが、当然の如くレイには強く抗議出来ない様子だ。
「レイ様、今出発するとトトマへ着くのは夜遅くになります……もう一日ダーリアに留まりますか?」
「……いや、行こう」
そんなゴーマスとレイの会話の後、隊商は昼過ぎのダーリアを出発したのだ。当然、ユーリーとヨシンも騎乗でそれに従う。特に華美な飾り付けは無いが、造りのしっかりした頑丈な馬車の室内には、白銀の美しい甲冑を身に着け、腰に立派な片手剣を差した姿のレイが乗っている。その馬車の右側にはユーリーとヨシン、左の扉側にはアーヴィルが騎乗して警護をしているのだ。
「なぁユーリー」
そんな道中、ヨシンはユーリーに小声で語り掛ける。ユーリーはこの親友が何を言いたいのか大体察していたが、続きを促すように頷いて返す。
「レイの格好だけど……なんであんな立派な鎧を着てるんだ?」
やはり、ヨシンの疑問はそこだった。それはユーリーも考えていたことだが、ユーリーには何となく察する所があった。しかし、確信が無いので言わないでおこうと決める。
「さぁ……でも、似合っていたね」
「ああ……うーん」
ユーリーに
空は相変わらずどんよりとした薄曇り。雨にはならないだろうが、夏を告げる日差しがあってもおかしくない季節に、フッと街道を吹き抜けた風は薄らと寒かった。
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「なに! 伝令が戻らない?」
「ああ、昨晩出て行った伝令だが、今朝には戻るはずだったのに」
「解放戦線」の進駐部隊、指揮官のマーシュは弟で副官のロージの報告に眉を顰める。同じくロージの隣に立つ伝令担当の兵長も困惑気味だ。
「仕方ない、オーク共も街の近くに潜伏しているのだろう。予定通り明日早朝作戦実行と思い準備を怠るな……」
マーシュはその「作戦」の内容を思い、視線を落として苦々しい声でそう言う。指揮官として、こんな態度は良くないと分かっているのだが、どうしても顔に出てしまう。それは、元ロンド家の家来達も同じだった。結局マーシュは一度も顔を上げられず、足音だけで部下が持ち場に戻るのを確認するのだった。
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「トトマ街道会館」は、今晩もいつも通りの賑わいだった。大繁盛という訳では無いが、かといって暇とは言い難い。トトマの街の活気の無さを考えれば、まずまずの客の入りといえる。今は夜も早い時間なので、泊りの客以外で食事や酒を飲むために訪れる客が多い。そのため娼婦達はまだ店に顔を出しておらず、サーシャ達給仕の少年少女は本来の仕事に大忙しとなるのだ。
七割程度のテーブルが客で埋まった一階ホールをサーシャは客を縫うように動き回っている。片手に料理の皿を載せた盆、もう片手には飲み物を載せた盆を持って器用にテーブルの間を進むと注文した客のテーブルに辿り着く。
「お待たせしました!」
「あ、こっちにエール! それとワインだ!」
「はい、ただ今!」
「あれ、サーシャちゃん良い事あったの?」
「えへへ、内緒です!」
次々入る注文に元気良く返事するサーシャは活き活きとした表情をしている。ここ数日で急に将来が開けたような気がしているのだ。
(女将さんも、昼間の仕事を減らしてくれたんだし、頑張らなくちゃ!)
そう思うと自然と表情が明るくなるのだ。
サーシャは、ユーリーから借りた(と本人は思っている)金貨で文字の読み書きや簡単な計算を習うための私塾に通い始めていた。しっかりと文字が読めるようになれば、初歩的な魔術も教えてくれるという高齢の魔術師が開いている私塾を探し当てることが出来たのは彼女にとって幸運だった。そして、母のナータは相変わらず商売を続けているが、今後は長年の経験で培った「客を見る目」を生かして手配師のような立場になるとの事だ。
「サーシャ! これ頼むよ!」
「はーい!」
店の奥のカウンターから声が掛かる。料理が盛られた皿が七つ、カウンターに並んでいるのが見えた。サーシャはカウンターへ駆け寄ると二つの盆に皿を載せ、それを器用に手に乗せるように持つ。そんなサーシャの日常、今晩の仕事は普段通り始まり、普段通り終わるはずだった
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トトマという街は国境に近いこともあり、周囲に高さ二メートルから三メートルの外壁を持っている。そして、東西を貫く街道、それに南のストラへ向かう街道の出入り口には衛兵団の詰所がある。
詰めている衛兵達はアートン国境伯の配下、五百名の歩兵が主力の衛兵隊だ。しかし彼等の士気はお世辞にも高いとは言い難い状況だ。近隣のストラが王弟派に落とされたのだから、
(次はトトマか)
と、衛兵達は落ち着きが無い。その上、街中には民衆派なのかアフラ教会なのか良く分からない連中が神出鬼没に道端に立ち、公爵やレイモンド王子を批判し、人々を煽るような演説をする事件が頻発していた。取り締まっているのだが、住民達があまり協力的でないため成果は上がっていなかった。焦る余り強引に取り調べを行い、それが反って住民の反発を招くという事態も発生していた。
そんな状況下、衛兵隊の注意は自然にストラへ続く南への街道と、街中の取り締まりへ集まる。そして、度々魔物や野盗の類がやって来ることのあった北側の森への警備は手薄になっていた。一晩に二回、十名程の歩哨班が外壁の外側を見回るだけになっていたのだ。
今晩も、そんな気の抜けた警備を行っている衛兵団の班があった。
「はぁ、やっぱり次はトトマが戦場になるんですかね?」
「わかんねぇなぁ……」
「オレ逃げようかな」
「変な事言うなよ、捕まったら縛り首だぞ」
十人小隊の中で最年少の衛兵と年配の衛兵がそんな会話を交わしている。最後の一言は小声だったのは、少し離れた所を歩く班長に聞かれたくなかったからだ。しかし、
「聞こえてるぞ、逃げるんならこうやって城壁の外を見廻りしている時に限るぞ」
「へぇ、班長もそんなお考えで?」
「馬鹿、かみさんも子供も街に残して一人で逃げられるわけないだろ!」
そう言うと、班長は溜息を吐く。実際デルフィルとの国境が閉鎖されていなければ、そうしたいのは山々なのだ。
「みんな、無駄口叩いてないでさっさと終わらそうぜ。今ならまだ飲み屋も開いてる時間だ」
そう言うのは班長よりも年上の古参兵だ。既に色々諦めてしまったのか、
「そうですね、でもサーシャちゃん、狙ってたんだけどなぁ」
「ははは、街道会館のサーシャか……あれは駄目だ、ナータが客は取らせない、って言っていたからな」
「しっかし、なんであんな婆さんから、あんな可愛らしい娘が生まれるんすかね?」
「おまえなぁ……昔はナータも綺麗だったんだぞ」
「うへぇ……じゃぁサーシャちゃんも、いつかは?」
古参兵の言葉に調子を合わせる最年少の衛兵、流石にふざけ過ぎだと思った班長が注意しようと口を開いた瞬間――
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――
無数の風切り音が闇夜に響く。
「ななな、なんだ!」
「うぐぅ……」
「おい! 班長がやられたぞ! うわぁ!」
「ぎゃぁ!」
風切り音を上げて降り注ぐ矢の雨に、十人の班は成す術も無く闇の中を右往左往し、そして射殺されていった。
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