Episode_11.18 再会


ドンッ、バンッ


「ギャッ!」


 敵が跳ね飛ばされ、突き倒される。そして斧槍を受けた敵の断末魔が響く。ヨシンは三人を倒した手応えを得たまま、馬を駆け抜けさせると大きく弧を描くように方向転換して再度突入する。一回目の突撃で自分が崩した敵の後方目掛けての再突撃だ。しかし、武器を持つ右手側でなく、逆の左手側で敵と接することとなったのはヨシンの誤算だった。接敵の瞬間、それでも器用に斧槍の刃で敵の首筋を切り裂いたが僅かにズレた刃筋が敵の頸椎に食い込む。


「しまっ」


 斧槍はヨシンの手を離れ、敵の首を半分切り裂いた状態でそこに残った。それでも、ヨシンの馬は「行きがけ駄賃」とばかりにその強力な馬の蹄で二人ほど蹴り倒しつつ敵の集団を駆け抜けた。


(……こりゃ、ユーリーに笑われるな……)


 ヨシンは馬を再び反転させると、内心苦々しく思いながら腰に佩いた「折れ丸」を抜き放つ。そんなヨシンは再び視界に捉えた敵の集団の端で、自分が取り落とした斧槍が敵の墓標のように突き立っているのが見えた。それは、犠牲になった敵の首に斧槍が噛み付いているようにも見えたのだった。その光景に何かを思い付いたヨシンは兜の中で口角を上げる。


(決めた、お前の名前は「首咬み」だ)


 その時、ヨシンは丁度北側の森を背にして街道へ向いていた。そしてヨシンは折れ丸を肩に担ぐと再び突撃しようとするのだが――


「お前達! 退け! 撤退しろぉ!」


 不意に背後の森から怒号が響き、次いで一騎の騎兵が森から飛び出してきた。丁度ヨシンの右側に飛び出してきたのだ。


「なんだ?」


 その騎兵は軽装の革鎧に片手剣ロングソードという装備で森から飛び出すと、ヨシンの横を追い抜き、荷馬車を襲い続けている敵に声を掛ける。その騎兵の声に敵達は動揺したように顔を見合わせる。そこへ、その騎兵が言葉を重ねる。


「命令違反は不問にする! 直ぐに戻れ!」


 数では勝っているが、頑強に抵抗する護衛の戦士達を相手に次第に数を減らしていた敵は、ヨシンの二度に渡る突撃で戦意を大きく低下させていた。そんな状況で指揮官らしき人物が現れ撤退を呼びかけたのだ、一人二人と、その場を後にすると、あっという間に全員が蜘蛛の子を散らしたように一目散に森へ逃げようとする。だが、彼等の行く手には折れ丸を担いだヨシンが立ち塞がる格好になっていた。


「アイツは俺が引き受ける! お前達は森へ逃げろ!」


 指揮官の騎兵は大声でそう言うと、逃げる者達を庇うようにヨシンへと突進してきた。それは、追い求める理想が高過ぎるが故、足元を見失った無謀な行為だった。彼が挑んだ青年騎士は、精々一年か二年の軍事訓練を受けただけの農家の倅がどうこう出来る相手では無い。しかし不幸にも、直前にヨシンが武器を取り落とす所を見ていたので、その騎兵は自分に勝ち目があると思ってしまったのだ。


 一方のヨシンは、逃げるならば追ってまで討ち取るつもりは無かった。ただ、立ち向かって来るならば話は別である。相手の騎兵は既に速度を上げるとヨシンに狙いを定めて一直線に向かってくる。ぎこちない突撃だった。ヨシンは仕方なく、折れ丸を右手で構えると馬に拍車を掛ける。大柄な栗毛の若馬は撃ち出された矢のように一気に加速すると、二騎はあっという間に交差する。


バキィン!


 勝負は冷然と、一瞬で決まった。騎兵の青年は自らの剣を弾き飛ばされ、そのまま右わき腹から首の根元までを逆袈裟に割り斬られて落馬する前に絶命していた。一方のヨシンは事も無げに折れ丸の血を振るい、馬を反転させる。そこへ、


「貴様! よくもぉ!」


 いつの間にかもう一騎の騎兵が姿を現しており、遠くからヨシンめがけて突進してくる。先程の騎兵に比べれば、その突進は様になっているが、ヨシンには大した違いがあるように見えなかった。


「はぁ……」


 兜の中で一つ溜息を吐くとヨシンは再び「折れ丸」を構える。


****************************************


 ユーリーは黒毛の馬を駆りながら驚いていた。先ず、野盗と思われた敵が指揮官を有する集団であったこと。そして、お世辞にも強そうでない、その指揮官がヨシンに挑んだこと。更に、もう一騎の騎兵が姿を見せたこと等、理由は沢山あるが、最も驚いたのは、


(ダレス?)


 後から現れた騎兵が、あの「白銀党」のアカデミー学生グループのリーダーだったダレスに見えたことだった。


(なんで!)


 ユーリーは一瞬混乱するが、次いで怒りが込み上がってくる。ダレスの罪を減じて国外追放処分にしてもらったのは、親友でありウェスタ侯爵家公子アルヴァンの温情だったが、それを願い出たのはユーリー自身なのだ。心底では悪い奴では無いと思っていた。そう信じた自分が馬鹿のように思えてくる。そして、咄嗟に下げていた面貌を跳ね上げると、


「ダレス! 貴様、こんな所で野盗の真似事か!」


 ユーリーにしては珍しく大声で怒鳴る。そして、ヨシンへ目掛け突進するダレスの馬の前に自分の馬を回り込ませる。一方のダレスは突進を阻むもう一騎の騎士の介入に舌打ちをするが、次いで目を丸くするように驚いた。


「ゆ、ユーリー! なんで!?」

「なんで、はこっちのセリフだ! まだ改心出来ないならば、今度こそオレが斬る!」

「ちがう、待て!」


 二騎は至近距離で馬を止めた状態で言い合う。ユーリーの手には「蒼牙」が握られているが、対するダレスは、手に持った剣を鞘に納めると両掌を突き出して戦意が無い事を示していた。


「何のつもりだ? ダレス!」

「まて、これは意図した戦いじゃないんだ!」

「? どう言う事だ?」


 依然としてユーリーの声は怒気を孕んでいるが、その調子は幾分治まっている。一方のダレスは必死になって状況を説明する。「解放戦線」の作戦であることがバレる危険性にまでは頭が回らないのは、目の前に現れたのが、恩人と心に思うユーリーだったからに他ならない。


「お、俺達は『解放戦線』の部隊だ。食糧が無くなって、森で調達していた時に、そこの隊商を見つけた兵士が暴走したんだ……本当だ、信じてくれ!」


 ユーリーはダレスの馬に括り付けられた五羽の兎をチラと見る。食糧を獲っていたというのは、間違いなさそうだと思った。


「ダレス……どうして『解放戦線』なんかに?」

「お、俺は、改心したんだ。人のために成る事をしたいって。この国で苦しんでいるのは民衆だ。貴族や王族は二つに分かれて権力争いにしか目が向いていない。その陰で苦しむ民衆を助ける。その為に『解放戦線』に入ったんだ!」


「苦しむ民衆」その言葉を口にした時のダレスは、確かに何かの光景を頭に思い描いていたのだろう。一瞬だが表情が曇る。一方ユーリーも、その言葉にトトマで出会った少女を連想した。


「俺は、人に恥じない、お前に言っても恥ずかしくない事を見つけたんだ……今回の件は、本当に済まなかった。指揮官として俺が不甲斐なかった。でも誓って俺達は野盗ではない!」


 必死にそう言うダレスの瞳は、ユーリーが知っている以前の荒んだ暮らしをしていた頃の彼の物とは違っていた。理想と目標を定め、努力する者が持つ輝きのある瞳だった。その瞳を認めてユーリーは剣を納める。しかし、疑問は残った。


「分かった、それは信じるよ。でもなんで解放戦線がこんな所に居るんだ? お前達の本拠地はもっと東と聞いていたんだけど?」

「そ……それは言えない……、スマン!」


 ユーリーの問いにダレスは表情を硬くすると、一言謝罪を言い、馬を反転させた。


「お、おい!」


 ユーリーはその背中に声を掛けるが、ダレスは振り切るように馬を走らせる。そして直ぐに森の中へ消えていったのだ。


「……あれ、白銀党の?」

「ああ、ダレスだ。覚えてるか?」

「ああ、途中で思い出した……追わなくて良かったのか?」


 立ち去ったダレスの背中を追う事無く見送ったユーリーに、近づいてきたヨシンが声を掛けてきた。ユーリーはその問いに肩を竦めて見せるが、何も言わなかった。そして二人の騎士は鬱蒼と茂る森をただ眺めるのだった。


****************************************


 馬車の御者台に立った騎士アーヴィルは、一部始終を観察していた。本当に危なくなった場合は、馬車の中の主君を守るために力を振るうつもりだったが、そうならなくて済んだのは突然現れて助勢した二人の若い騎士の活躍によってだった。アーヴィルの視線は自然とその二人を追うように動く。


(あの大柄な騎士……まだ若いのに騎馬での戦いを良く分かっている)

ヨシンに向けたアーヴィルの感想だった。全部で三度突撃したヨシンは一度も馬を止める事無く、その機動力を有効に活用しきっていた。途中で武器を取り落としたが、それに動じることの無い様子は堂々としたもので、アーヴィルは最初、その騎士は中々のベテランなのだろうと思った。だが、全閉式の兜の面貌を上げてもう一人の騎士と会話をする顔つきは、未だ二十歳前後にしか見えなかったので驚いたものだ。


 そんなアーヴィルは、その大柄な青年騎士と会話を交わすもう一人の騎士へ視線を移す。やや細身の体躯のその騎士は、槍など長物の武器を持つ代わりに背中に弓を担いでいた。そして、魔術を使って見せたことをアーヴィルは見抜いていたのだ。


(あっちの細身の騎士は……!)


 油断なく観察するつもりだったアーヴィルの視線がその騎士の素顔に留まった時、彼はまるで雷に打たれたように全身に衝撃が走るのを感じた。普段は何処と無く優し気な目つきである彼の両眼は驚きに見開かれ、兜の奥の口元は何か言葉を発しようとして出来ない、と言った風にワナワナと震える。口だけでは無かった。震えは次第に全身へと広がるのだ。それは、彼にとって止めようもない自然の反応と言えたかもしれない。そして、掠れた声で人の名前のような言葉を発する。


「マーティス様……」

「おい、アーヴィル! 外の状況はどうだ!」


 しかし、アーヴィルの言葉は馬車の中の人物 ――ゴーマス隊商に『貴婦人』と符丁で呼ばれていた―― レイモンド王子の問い掛けで掻き消えてしまう。少し苛立ったような調子を帯びているのは、そもそもこの道中が彼の意に反したものだからに違いない。だから、立て続けに何度も自分が最も信頼を置ける騎士の名を呼ぶのだった。


 アーヴィルは逡巡する。遠くに見える青年騎士も気になるが、先ずは今の・・主君であるレイモンドの声に応じなければならなかった。


「は、はい、王子」

「外はどうなったのかと、訊いているんだ!」


 馬車の中のレイモンドはそう言うと扉をドンドンと叩く。彼にしてみれば、外からカギの掛かる馬車に閉じ込められた状態なのだから苛立ちは募るばかりなのだ。


「は、賊は退けられました!」

「だったら、出してくれ! 息が詰まる!」


 アーヴィルはレイモンドの口調に苦笑いをする。幼い頃から仕えてきた君主なのだ。彼がどんな性格なのかは、誰よりも理解していた。


(他人の空似ということもある……それに私はレイモンド様をお守りしなければ……)


 無理矢理そういう風に考えると、御者台を下りたアーヴィルは心ならずも閉じ込めた君主を外に出すため扉の鍵を開けるのだった。


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