Episode_11.17 若武者


 ヨシンは人馬一体となって疾走する。彼は、デイルとハンザから譲られた馬をとても気に入っていた。大柄な彼は軽装板金鎧を自分好みに改装した重装備、それに山の王国のドワーフ戦士団から贈られた斧槍と、愛剣「折れ丸」を装備して、馬に申し訳ないほどの重装備なのだ。それでも、大柄な栗毛の若馬はそれを物ともせずに大地を駆ける。そこへ、親友の強化魔術が加わると、


(これが戦場で無ければ最高に気持ちがいいのに!)


 そう悔やむほどの爽快感が湧き上がるのだ。しかし、目標を狙い定めた青年騎士は、吹き付ける風の爽快感を振り払うように兜の面貌を下ろす。そして、街道を走り抜ける一陣の風は、束の間、何も無い空間を全力で駆け抜けると、敵に肉迫する。敵は夢中の様子で荷馬車を守る戦士達と武器を打ち付け合っている。


「うぉらぁ! 盗賊ども! 死にたい奴から掛かってこい!」


 勇ましい雄叫びと共に、ヨシンは街道の西側で隊商の護衛達を多勢に無勢で押していた敵に突進する。あっという間に接近したヨシンは、彼の雄叫びを聞き驚いて振り向いた敵の一人を斧槍の刃で薙ぎ斬った。


カンッ


 乾いた音と血煙を上げて、敵の首が宙を舞う。ヨシンの斧槍は敵一人の首を跳ね、それでは飽き足らず、その隣の兵士の右の肩当てに当たる。そして跳ね上がった鋭い刃は、驚いた表情の敵の側頭部を鋭く抉っていた。一振りで二人を倒したヨシンは、しかし、馬の突進力を殺さずに更にもう一度斧槍を振るう。


バキィッ!


 次の敵は咄嗟に盾で防ごうとしたが、ヨシンは構わずに頑丈な斧槍を叩き付けていた。強化された膂力と馬の突進力、それに武器の重量が加わった一撃を受け、敵は敢無く吹っ飛ぶと隣の仲間を撒き込み転倒する。


 ヨシンは止まらない。立ち往生した隊商の東側、横隊状に伸びる護衛の戦士に対して、同じ横隊となる敵の背後を舐めるように掠めた彼は、一度の突撃で四人の敵を倒すと、更に速力を上げる。狙いは街道の東側で荷馬車の後方から周りこもうとしている敵の集団だ。


 馬の速力を上げながら、ヨシンは右手の斧槍ハルバートを一閃させ、刃にこびり付いた血糊と脳漿を振り払う。弱い初夏の日差しを受けて鋼の刃がギラリと光りを反射した。


 彼の武器は山の王国のドワーフ戦士達から贈られた逸品だった。形状はドワーフ戦士達が愛用する斧槍に似るが、細部が異なる。馬上での使用に主眼を置き、主に水平から下向きの範囲で振る事を考慮して、長さを二メートル二十センチ、先端の造りを小さくしてある。その上で重量のバランスを全長の中央に寄せてあるため、振り回し易く突きの狙いも定め易い。そして極め付けは、突くための穂先と切払う刃のどちらも山の王国の武器工房の鍛冶職人が丹精込めて鍛えた「業物」といえる品質だという点だ。


(こいつにも、その内名前を考えてやらないとな……)


 実戦で振るうのは初めてのヨシンだが、その斧槍の素晴らしさにそんな事を考えていた。東側で護衛の戦士達と剣を交える敵はもう目の前である。


****************************************


 バッツは、視界の端に飛び込んで来た騎士が文字通り「瞬く間」に四人の敵を倒して更に隊列の後方へ走り去っていくのを茫然と見つめる。それは、敵も同じようなものだった。数の上では未だ敵側が優勢なのだが、太刀打ちできない騎士の登場に、彼等は明らかに浮足立っていた。そこへ、今度は別の騎士が襲い掛かった。ユーリーである。


 ユーリーはヨシンと違い雄叫びを上げることはしない。その代りに魔術を放つ。静寂場サイレンスフィールドの術は、狭い範囲で音の伝達を極小にする力場魔術だ。それを、ヨシンの突撃で浮足立った敵の集団目掛けて発動したのだ。目的は敵を混乱させること。


「――?」

「――!」


 突然訪れた静寂に、敵の動揺は極限に達する。悲鳴や焦り、疑問を口にするがそれらは伝わらない。そんな彼等にユーリーが肉迫する。


 ヨシン同様、馬の突進力を生かしたユーリーは右手の「蒼牙」に魔力を籠めると、敵の一人に斬りかかった。


「っ?」


 混乱状態の敵は、間近に接近するまでユーリーの存在に気が付かなかった。そして、気付いた時には既に青い色を帯びた刀身が自分目掛けて振り下ろされる瞬間だった。音の無い空間で、ユーリーは敵の革鎧を易々と切り裂き、左からの袈裟懸けで一人倒すと、その様子に気付いたもう一人の首に切っ先を突き込んだ。


 一方、ユーリーの駆る黒馬は、乗り手の意図を察すると、敵の集団に食い込むように突進する。そして、一人を体当たりで跳ね飛ばすと、慌てて飛び退いたもう一人の敵を蹄で蹴り飛ばす。その間にも背に乗るユーリーは更に二人の敵を葬っていた。自然と敵はユーリーと距離を取ろうと後ずさりするのだった。


 バッツは目の前に現れたもう一人の騎士の姿を見て、その人物が誰かわかった。自然と最初に突撃してきた騎士も誰か分かる。顔に喜色を浮かべたバッツは叫ぶ。


「――! ――!」


 名を呼ぶのだが、その声は静寂場に掻き消される。それでもバッツは構わずに両手斧を振り回しながら、動揺する敵に自ら斬り込んで行った。その姿に、突然現れた騎士の猛攻に魅入っていた戦士達も役目を思い出したように剣を構えると敵に突進する。


 結局、街道の西側は、襲撃してきた敵二十五に対して護衛の戦士はバッツを入れて十一人という不利な状況だったが、ヨシンの突撃とユーリーの参戦であっと言う間に優劣が逆転していた。残った敵は十人にも満たない。そんな彼等は一目散へ森へと逃げ帰るのだった。


(ん……?)


 そんな彼等の姿を馬上から目で追っていたユーリーは、逃げる敵と入れ違いに北の森から飛び出してきた二騎の騎兵の姿を目にしていた。


(……新手か?)


 そう判断すると、何か喚いているバッツに手で挨拶を送り、ユーリーはその二騎目掛けて駆け出すのだった。


****************************************


 隊商の前方、街道の西側で勝負が決する少し前、隊商主のゴーマスは後方、つまり東側を守っていた。周囲にいる護衛の戦士は十二人、彼を加えて十三人が、三十を超える敵と交戦している。しかし、敵はまともにやり合うのではなく、後方へ後方へと迂回して荷馬車を狙おうとしているのは明らかだった。


(レイモンド様目当てでは無いのか? しかし……)


 ゴーマスは相手の素性を見極め兼ねていた。統率無く荷馬車を狙おうとする動きは野盗のそれだが、一方で揃いの防具が示すように何処かの軍隊のようにも見える。


(王弟派の兵士ならば、このようなだらけた・・・・戦い方はしないだろう)


 多勢に無勢、戦況は押されているが、単純に数で押されているだけだ。個人の力量ならば護衛の戦士達の方が数段上に思える。それに、攻撃を主眼に入れるにしても荷の強奪を意図するにしても、圧倒的に有利な遠距離攻撃手段である弩を最初の一射で放棄したのは、明らかに悪手だった。


(こいつら、素人か……)


 結局相手の拙い攻め手に助けられているのだが、いずれにせよ、この状況を脱しなければならないことに変わりは無かった。


「お前達、踏ん張れよ!」


 ゴーマスは護衛の戦士達に声を掛けると、自らも長剣バスタードソードを振るう。齢五十の半ばを過ぎても隊商主として活躍するゴーマスは、並みの戦士では無かった。二人の敵が、そんなゴーマス目掛けて突進してくるが、一人の剣を横に躱し、もう一人の剣を長剣でいなす。そして、そのまま相手の剣の上を滑らすように長剣を振り抜くと血飛沫と共にその敵は崩れ落ちた。


「……」


 ゴーマスは自分が斬った若者を見て暗澹たる気持ちになる。未だ少年と言える年齢だったからだ。しかし敵は、そのようなゴーマスの内心などお構いなしに殺到してくる。その時――


「ゴーマス様! あれを!」


 護衛の戦士の一人が西側を剣で指す。そこには街道の脇の荒れ地を疾走する一騎の騎士の姿があった。


「あれは!?」


 ゴーマスは一瞬、王子派のアートン騎士団かアトリア騎士団からの援軍かと思った。しかし、それにしてはアトリア砦の方角では無く、ダーリアの方角から駆けて来るのは辻褄が合わなかった。正体を見極めようと、その騎士を目で追うゴーマス。その騎士は彼の視界の中で独特の武器 ――斧槍ハルバート―― を一振りする。馬上で歩兵用の長大な武器を使いたがる変わり者をゴーマスは一人しか知らなかった。


「ヨシンか!」


 その騎士は、そんなゴーマスの声が聞こえた訳では無いが、先ほどと同じように雄叫びを上げると、その勢いのまま敵の集団の後方の一角を切り取るように突っ込んでいた。




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