Episode_11.16 襲撃
人通りのまばらなダーリアとアートンを繋ぐ街道、初夏と言うには冷たい空気に、男達の争う音が響いている。
「後ろへ抜かれるな! 弓だ!」
バッツの声に応じて、隊商護衛の戦士達の内、弓を持つ者五人が
バッツ達の短弓は連射が効くが数が少ない。一方野盗と思われる男達の放つ弩は連射できないが、ほぼ全員が弩を持っていたのだ。息の合わない自分勝手な応射ながら、六十本の矢は五本の矢を圧倒する。
「うぐぅ」
「いってぇ、ちくしょう!」
狙いが甘い上に統率されていない散漫な射撃、それでもバッツの部下は次々と矢を受けて苦悶の声を上げる。
(なんだコイツら……揃いの革鎧を着てやがる)
敵は撃った後の弩をその場に放り投げると、剣や盾を構えて荷馬車へ向けて殺到してくる。迎え撃つバッツの目には、それらの敵は野盗と言うよりも軍の兵士のように映った。武器は
「クソ! 王弟派か? 何としても守り通せ!」
バッツの号令に応じるように、配下の戦士達は果敢に応戦している。最初の矢の撃ち合いで十人程度が負傷していたが、突き立った矢をそのままで武器を振るっている者もいる。しかし、敵は数が多かった。五月雨式に森から飛び出して来て戦線に加わる敵の数は最終的に六十前後、護衛の戦士の倍の数が居るのだ。
バッツの部下達は基本的に荷馬車と乗用馬車を守ろうと展開している。そのため、横に長く一人一人の間隔が開いた横隊と呼べないような配置になる。そこへ数で勝る敵が押し寄せてくるのだから、場所によっては一人で三人も四人も相手にする箇所が出来てくる。護衛の戦士は皆手練れだが、流石に三人以上を一気に相手にするのは酷な話だった。最初こそ持ち堪えるが、ちょっとした油断、隙を突かれて打ち倒されていく。
「くそぉ! お前ら俺が相手だ!」
部下であり仲間の戦士達が倒される光景に、バッツは大声を張り上げると、自ら巨大な両手斧を握り前線へと駆けていく。そして、手近な敵に目掛けて武器を叩き付ける。
バキィン!
バッツの両手斧を受け止めようと剣を掲げた敵は、その剣を折り飛ばされて、まともに斧の一撃を受けると、上半身を殆ど両断された格好で崩れ落ちる。素晴らしい膂力が繰り出す強力な攻撃だった。だが、強力な攻撃には隙が多い。
「取り囲んでぶっ殺せ!」
敵の一人がそう叫ぶと三人ほどが呼応し、バッツへ挑み掛かる。繰り出される剣や槍の穂先を何とか躱したバッツは再び両手斧を振りかぶるとその内の一人に叩き付ける。
「ぎゃぁ!」
右肩を根本から切断された敵は血飛沫と悲鳴を上げるが、他の二人がその隙を突いて飛び掛かってくる。
「しまっ――」
バッツは何とかその内一人の剣を両手斧の柄で弾くが、左から槍を構えて突っ込んでくるもう一人には対処しきれない。身体に突き立つ槍の穂先の感覚を覚悟し、反射的に目を閉じかけた、その時――
ヒュン!
鋭い風切り音と共に一本の矢が左から飛来すると、バッツ目掛けて突進していた敵の首筋に突き立つ。その敵は矢をまともに受けて、その場で足を縺れさせると転倒していた。
「なんだ?」
バッツの疑問に答えるように、再度矢が飛ぶと、少し離れた所で剣を振るっていた敵の背中に突き立つ。そして――
「うぉらぁ! 盗賊ども! 死にたい奴から掛かってこい!」
勇ましい大声と共に一騎の騎士が矢のような突進で敵に突っ込んでいく。それは、常識的な軍馬の速力を上回る突進だった。
「え、援軍だと? どこのだ」
事態が呑み込めないバッツは、しつこく斬りかかってくる敵の剣をもう一度弾き飛ばして、そう呟くのだった。
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前方で襲撃を受ける隊商、殆ど本能的な反応で駆け出したヨシンを、一拍遅れて追いかけるユーリーだが、彼の方が目方が軽く、直ぐに追いついた。そして、
「ヨシン、馬にも強化術を掛けるよ!」
「頼む!」
馬上のユーリーは手綱から手を離すと軽く意識を集中させる。そして手ぶらの左手で空中に複雑な図形を描いた。念想の力によって虚空に浮き立つ魔術陣はユーリーの補助動作に従い順に形を変え展開の行程を進むと、直ぐに発動する。ヨシンとユーリー、それに二人の乗る二頭の馬に効果対象を拡大した基礎的な付与術の一つ「加護」が付与される。身体能力と五感を強化し、物理・魔力の両方に対する耐性を高める効果がある。万能な効果がある反面、夫々の威力は専門の術 ――例えば「
「よっしゃ! 突っ込むぜ!」
「こっちは弓で牽制してから行く!」
そう言い合うと二騎の騎馬はパッと散開する。ユーリーは突撃するヨシンを射線に入れないよう、やや北側に進路を取ると矢を番える動作をしながら戦闘を繰り広げる集団を観察する。デイルとハンザから送られた若い軍馬はユーリーの両足の加減から、まるで彼の内心を見透かしたかのような絶好の場所に付ける。
(ん……あれ、ゴーマスさんの隊商のバッツさんじゃないか!)
ユーリーは、固まった荷馬車の中心に見覚えのある戦士 ――バッツ―― の姿を認める。そのバッツは三人の敵を相手に苦戦していた。
(危ない!)
と思うと同時に矢を放つユーリー。神秘的な力を持つ古代樹の落ちた枝から作られた短弓は低く鋭い弾道で矢を撃ち出し、今まさに槍をバッツに突き入れようとしていた敵の首筋に突き立った。
「一人……」
ユーリーはそう呟くと、もう一射、今度は別の戦士の窮地を救うために射掛けた。
「二人」
そして、弓を背中の留め金に掛けると腰の「蒼牙」を抜き放つ。昼の日差しを受けた片刃の剣は、独特の青色掛かった刀身にギラリと日光を反射させる。
「今日は大人しくしてくれよ!」
ユーリーは誰に言うでもなく、そう叫ぶと左手で兜の面貌を下ろす。ユーリーの兜は、視界が大きく取れるように目の部分が大きく開いた形状にはなっている。つまり、下ろされた面貌は鼻の下から首元を守ることに特化しているのだ。黒革をベースに鼠色の薄い鉄板で補強した兜を被るユーリーは、一度前方を見渡すと、大分距離の離れたヨシンを追い掛けるように馬を走らせた。
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