Episode_11.15 街道の野盗
ユーリーとヨシンは、その日の午前中早くにダーリアを出発していた。トトマの街を出発したのが二日前、そして同じ日の夜遅くにダーリアに到着していたが、トトマと違いダーリアは活気のある街だった。王子派の拠点であるアートンに近く、アートン国境伯の領地の中では、本拠地に次ぐ規模の街ということで、色々と情報を集めたり、必要な物を買い足すために丸一日滞在したのであった。
街道を進む二頭の馬の足取りは、パカ、パカ、と一定のリズムを刻む。そして、その背に括り付けた野営具の鍋と黒っぽい革に金属板を張り付けた兜がカチャカチャと調子を合わせるように鳴る。ユーリーはその音を聞きながら曇りがちの空を見上げる。時折顔を覗かせる日は温かい光を投げかけて来るが、それでも空気は何処か肌寒さを感じさせるものだ。既に季節は初夏と言ってもいい時期だが、まだ種籾が蒔かれたばかりの田畑は土の色のままで、頭で分かっている季節感とは合わない光景が広がっている。
そんな街道沿いの風景を馬の上から見渡すユーリーとヨシン、ふとヨシンが声を発した。
「アトリア砦を迂回すると……やっぱり二回は野宿になるんだなぁ」
「そうだね」
ヨシンの問い掛けは既に何度目かのものだった。野営が嫌という訳ではないだろうが、出来ればちゃんとした宿に泊まりたい。その思いはユーリーも一緒だった。しかし、先月の敗戦以降、アトリア砦周辺の警戒が強くなっており、冒険者鑑札では通過できないかもしれない、という情報を事前に得ていたのだ。
街道はこのまましばらく東へ向かって伸びるが、やがて丘陵地帯へ入るという。そのまま東へ進めば山岳地帯へ入ることになるのだが、街道はその端をなぞるように南へ折れ曲がると、さらに進めば今日の夕方にはアトリア砦というのが道順だった。
ユーリーとヨシンの計画では、東の山岳地帯へは入らずに、逆に南西に広がる森林地帯を街道沿いに進むことになっている。行程としては一日余分に森の中を進むことになるが、砦の兵士に追い返されるよりはマシという判断だった。
そのまま進む二人、街道はやがて緩やかな起伏を帯び始めていた。二人の真上では、日の光が空の高い所から束の間の陽気を街道へ投げ掛ける。そろそろ正午を過ぎるという時刻に、ヨシンはモゾモゾと馬に括り付けた袋の中から何かを取り出して口に放り込む。そして、そのままもう一度袋に手を突っ込むと中の物を取り出し右側を進むユーリーに差し出す。
「ホイ、どうだ?」
ヨシンは口をモグモグと動かしつつ、手に持った物をユーリーに差し出す。食うか? と聞いているようだ。そんなヨシンが差し出したのは、ダーリアで買い求めた鯰の干物だった。本来は炙って食べるものだが、そのまま食べても腹が丈夫なら多分大丈夫、と店主が自信無さ気に言っていたのをユーリーは思い出す。そして、その干物の切り身を受け取るかどうか少し逡巡したその時、ヨシンがサッと手を引っ込めた。
「ユーリー!」
「あ、貰うよ」
「そうじゃない、あっちを!」
その声にユーリーは街道の先を見る。なだらかな上り坂の上には、いつの間にか人の集団が姿を現していた。それらは、自分達の方へ向かっているように見えた。
(旅人? 隊商かな?)
ユーリーはその集団の正体を考えるが、ヨシンが注目したのはそこでは無かった。街道の北側に沿って走る森の切れ目から、何かが飛び出して来て街道を進む人々に襲い掛かっているのだ。
「野盗だ、隊商が襲われている!」
ユーリーよりもヨシンの方が目が良い。だからこそ、街道の先で起こった事変にいち早く気付いたと言う訳だ。ヨシンはそう言うと、背中の荷から兜を掴んで素早くそれを被る。そして、ユーリーの返事も待たずに馬に拍車を掛けた。
「ちょっと……ああ、もう!」
ユーリーは先行したヨシンの背中に何か言い掛けるが、途中で止めると自分も同じように馬の速度を上げる。そして背中の留め金に掛けてあった
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「襲撃だ! 野盗か? 王弟派か?」
「ゴーマス様は下がって!」
「バッツ、何としても『貴婦人』をお守りするんだ!」
「承知!」
ゴーマス隊商、三十人の護衛戦士を伴い、十台の荷馬車と一台の乗用馬車を伴った集団は突然の襲撃に隊列を変更しようとするが、上手く対処することが出来ない。前後の荷馬車が壁のように街道を塞ぎ、一台だけの乗用馬車はそれらに囲まれて身動きが取れなくなる。丁度、荷馬車五台ずつで真ん中の乗用馬車を挟むような隊列を取っていた事が災いしたのだ。結局街道に固まって停止した十一台の馬車を守るように、バッツ率いる護衛の戦士団が北側へ展開する。
「ゴーマス殿! 何事か?」
「アーヴィル卿、襲撃のようです」
「襲撃、王弟派か?」
「わかりませんが、とにかく
立ち往生した乗用馬車から飛び出してきたのは、騎士風の甲冑を身に着けた中年の男だ。アーヴィルと呼ばれたその騎士は、ゴーマスと言葉を交わすと、一度馬車の中に居る
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「解放戦線」の進駐部隊から派遣されたダレス率いる食糧調達部隊。その大半を占めるのは「解放戦線」の一般兵である。彼等は奇しくも指揮官マーシュが言ったように寄せ集めの食い詰め者の集団だった。そんな兵士達にとって「国を民衆の手に取り戻す」という理想は二の次、三の次の話である。先ず自分の腹を満たす。それこそが最も重要な問題だった。
そんな兵士達六十人の集団は、森の切れ端から見えた大規模な隊商の姿に
「あいつ等なら、食糧を持っているに違いない」
と口々に言い合った。誰か中心となって扇動した者が居た訳ではない。飢えた兵士の一部が森を飛び出していくと、後は集団心理、抑えの利かなくなった兵士達は雪崩を打って森を飛び出し、街道を行く隊商へ襲い掛かったのだった。
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