Episode_11.14 ダレス・ザリア


 ダーリアの近郊、街へ続く道に沿うように、その北へ広がる鬱蒼とした森の中では、正午過ぎの日差しが作る木漏れ日が光柱のように下草に覆われた地面へ投げ掛けられている。そんな森には、今数十人の男達が潜んでいる。全部で七十人程だろうか? そのうち五人が騎兵で、残りが歩兵という組み合わせだ。彼等は一か所に集合している訳では無く、周囲一帯に散らばっていた。全員が武装しているが、雰囲気としては戦いに備えていると言う風ではない。どことなく緊張感の欠けた雰囲気が漂っている。


 オル村でマーシュ達進駐部隊の幹部が作戦前の打ち合わせをしていたのが昨日の事だ。その時話題に上っていた食糧調達隊が、この七十人程の集団だった。そんな彼等を率いるのは大柄な青年だ。歳の頃は二十歳を過ぎた頃だろう、同じ位の歳頃の青年数人と共に森の木々が開けた場所に陣取っている。


「ダレス、腹減ったな……」

「あぁ……」


 騎兵の一人が、その青年に声を掛ける。それは何度となく繰り返した意味の無い会話だった。そんな言葉に生返事を返したダレスという青年は、自分の馬に括り付けられた五羽の兎を見る。全て昨日の内に仕掛けていた簡易的な罠に掛かっていたものだ。因みに、もう一人の馬には籠が括りつけられていて、野草の類が入れられている。しかし、栄養価の高い木の実が採れる季節では無いため、食糧調達は難航していた。


「まぁ、最悪はこの七十人だけでも食える分が獲れれば、本隊の食糧を節約できるんだ」

「でも、俺達狩りの専門じゃないし……マーシュさん達が森人の連中を追い出すから……」

「だめだぞ、マーシュさん達を悪く言っちゃだめだ!」


 ダレスの言葉に騎兵が不満気に答えるが、ダレスの制止でそれ以上は口を噤んだ。一応部下七十人を率いる部隊長として、上位者への不満は止めて欲しいと言うのがダレスの想いだった。


「……そう言えばダレスは確かリムルベートの出身だったな? 帰りたくはならないか? 俺はさっさとトリムに帰りたいよ!」

「お前の親父さんとお袋さんは元気なのか?」

「はは、元気だぜ。毎日毎日野良仕事だろ、親父なんてきっと今でも俺より強いぜ」


 そう言う騎兵は農民出身だった。ただ、少し裕福な農家だったため読み書きが出来て、馬の扱いも知っていたので、下士官として解放戦線の騎兵隊に所属している。特に身分が高いから騎兵になった訳では無い。それは、ダレスにも共通していた。


 ダレス・ザリア。二年前にリムルベート王国の王都で起こった「黒蝋」事件で「白銀党」の一員として捕えられ、温情を得てリムルベート国外追放となった青年は、あれから二年の月日を経てコルサス解放戦線の下士官として活躍することになっていた。それは、ダレスと共に追放された元白銀党の仲間セブムとドッジも同じことだった。実際は他にも十人以上の仲間が一緒に国外追放となっていたのだが、ダレスと共に行動する仲間は結局その二人だけだった。後の連中とは、デルフィルの街で別れたのだった。


 そんなダレスは仲間の騎兵が発した「帰りたくならないか?」という問いに、森の木々に邪魔されて見えない街道の方を見詰めながら考え込んでいた。別に帰りたいと思う訳では無い。追放されてから今日に至る日々を思い出していたのだ。


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 リムルベート王国とデルフィルの国境まで移送された彼等は、国境から蹴り出されるようにして国外に出されていた。当然行先は近くの大きな街、デルフィルだった。金も無ければ、爵家の息子という立場も効かない。そんな状態で、当時不景気の真っ只中だったデルフィルに辿り着いたダレス達は直ぐに困窮した。そして、その困窮は仲間同士の諍いに発展し、結局「王立アカデミー」を我が物顔で闊歩していた「白銀党」はデルフィルの街であっけなく喧嘩別れになってしまったのだ。それからは、市場の小間使いや港の荷役作業といった日雇いの仕事を見つけ何とか食い繋ぐ日々が一か月ほど過ぎた。


 そんな或る日、港の荷役作業中に足を滑らせたダレスは積み荷の上から落下するという事故に遭った。即死では無かったが、両足の骨を折る大怪我に見舞われたダレスは当然医者に掛かる金も無く、ましてや神殿の聖職者らによる神蹟術を受けられるはずもなかった。只、成す術の無いセブムとドッジに見守られ、骨折による痛みと発熱でこのまま死を待つのみとなったダレスは、これまでの自分の所業を心底悔いていた。


 ――お前の事は本当に憎たらしいが、新天地で必ず真っ当に生きると信じている――


 そう言って、リムルベートを送り出してくれた見習い騎士の顔が、熱に浮かされた彼の脳裏をチラついた。彼にとっては、舎弟であり仲間であり、裏切られもしたが、それでも罪を減じるように嘆願してくれた恩人であった。


「すまないユーリー、折角チャンスを貰ったのに……」


 力ない彼の、囁きのような贖罪が奇跡を呼んだのだろうか? それは分からない。だがその日、労働者達が住み暮らす安宿とも呼べないような粗末な小屋が立ち並ぶ区画を、或る団体が慰問に訪れていたのだ。


 ――パスティナ救民使「白鷹団」――


 彼等の訪問を聞きつけたセブムとドッジは、藁をも掴む想いで彼等を呼びに走った。そして、二人の親友に腕を引かれてダレスの前に現れたのは、西方辺境には珍しい、艶成す黒髪に黒曜石のような黒い瞳、細面で小柄だが一種神々しい美しさを持った少女だった。しかしダレスは、その顔を見た瞬間、恐れるように呟いていたのだ。


「ユーリー……なんで、ここ……に?」


 その少女 ――パスティナ救民使「白鷹団」の少女リシア―― は、それっきり気を失ったダレスに対して、短く一言。


「治りなさい。目覚めたら立って歩きなさい」


 と、軽く命じるように言ったのだ。手をかざす訳でも、仰々しい祈りを捧げる訳でも無かった。まるで「外から帰ったら手を洗いなさい」とか「食べ物は良く噛んで食べなさい」と言うような、何気ない言葉。それで、ダレスを苦しめていた両足の骨折は嘘のように跡形も無く治っていたのだった。


 それから紆余曲折はあったものの、ほぼ押し掛けに近い状態でパスティナ救民使「白鷹団」に同行したダレスら三人は、その後間も無くコルサス王国へ入る事となった。そして、リムルベートを追放されて半年が経過した頃、旧王都であるコルベートの都で「白鷹団」と別れ「解放戦線」の本拠地であるトリムの街に流れ着いたのだ。


(運命というものがあるならば、ああいうのを運命というのだろうな)


 そんなダレスの思いが示すように、トリムの街でダレスら三人はマーシュとロージの兄弟と知り合い、そのまま「解放戦線」の兵士になることを選んだのだった。「心を入れ替えて人のために成る事をしたい」心底そう思った青年達は何かに導かれるように、この場に居るのである。


****************************************


 ダレスがそんな事を考えている時、食糧調達のために周辺に散った兵士達をまとめる兵長の一人が慌てた様子で駆け寄って来た。


「ダレス! 大変だ」

「どうした!?」


 切羽詰まった声に、ダレスの隣に居た騎兵が声を上げる。


「兵達が暴走した。街道を行く隊商の姿を見かけて……制止したんだが、皆『食糧があるに違いない』といって聞かなかったんだ!」

「ちっ、不味いな……」

「ダレス、どうする?」

「どうするって、止めるしかないだろ!」


 言うが早いかダレスは馬の手綱を引く。馬は一瞬抗議するような素振りを見せたが、ダレスの手綱捌きに従い森の中を駆け出していくのだった。

 


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