Episode_11.13 解放戦線



 ゴーマス隊商がダーリアの街を出発した日、北部森林地帯の最南端、街道に近い森の中にある「森人」の村オルには、武装した五百人前後の兵士達の姿が見られた。彼等は、アートンに本拠を置く王子派でもなければ、コルベートに本拠を構える王弟派でもない。遠く東、ベートとの国境沿いの街トリムから遠征してきた「コルサス解放戦線」の進駐部隊である。


 オル村は元々森人二百人程度が暮らしている質素な村だった。その村へ北部の森林地帯、山岳地帯を踏破して「コルサス解放戦線」が進出してきたのは今年の三月の事だ。元々先遣隊として派遣されていた冒険者たちによって手引き、案内された一団は、オル村に到着すると、村の近くの空き地に「夏まで」という約束で居座ることになった。


 しかし一旦居座ってしまうと、武装した五百人の兵士、というのは並みの圧迫感ではない。自分達よりも倍以上数が多い男達が、昼間から完全武装で村をうろつく光景に住み難さを感じたオルの村人達は、一つの条件と引き換えに村を明け渡していた。


「北西の森に巣くった魔物を退治してくれれば、村は自由にしてもらって構わん」

「魔物か……我らの任務が終わる六月末に必ず討伐しよう」


 進駐部隊の指揮官とオルの村長の間で合意が成された。そして、森人達は近くにある別の村へと去って行ったのだ。易々と土地を手放したように聞こえるが、森人達はそもそも狩猟と採取を生活の基礎に置いている。定住地には余り重きを置いていなかった、というのが「解放戦線」には奏功した格好となった。それに、これは「解放戦線」の進駐部隊を指揮するマーシュ指揮官の策略でもあった。秘密裏に何度も村の代表へ贈り物をし、酒を振る舞い、そうなるように仕向けた努力の成果でもあった。


「作戦の半分は成功したな。魔物の討伐とは少し余計な手間かもしれぬが、無理矢理追い出すよりは遥かにマシだ。弓の名手揃いの森人達と敵対しなくて済んだのは何より。上手く向こうから出ていってくれて本当に良かったよ」


 村人達を送り出した後のマーシュ指揮官は、そう言うと、ホッとした表情をしていたものだった。


 そして今、そのマーシュ指揮官は、森人達の住居である粗末な掘っ建て小屋の一つに進駐部隊の幹部を集めて作戦準備の進捗を打ち合わせている。どことなく気品が感じられる風貌だが、額には長年の苦労を物語るような皺が深く刻まれ、年齢と共に威厳めいた迫力を醸し出していた。そんなマーシュの鋭い声が狭い屋内に響く。


「トトマに潜入している若者・・からは?」

「セブムとドッジからは、先程報せがありました。『宣教師共々無事、作戦決行を待つ』とのことです」


 伝令担当の兵長からの報告に、満足気に頷き返すマーシュは、次いで最も気になっている事の一つを確認するため、輜重担当の兵長に質問をぶつける。


「食糧の方はどうなっている?」 

「はい……ダレスを中心に若い連中が調達に出ていますが、何とも……残っている分では限界まで切り詰めても一か月持ちません」

「そうか……引き続き兵達の中から食糧調達隊を出すように」

「了解です」


 長い遠征である。食糧の準備は万全にしたつもりだが、予想以上に現地オル村の食糧事情が悪く、余裕を持っていたはずの兵糧は尽きかけていた。今も厳しい摂取制限を敷かざるを得ない。ここ一週間、兵士達は朝と夜の二回の粗末な食事で我慢している状況なのだ。


「兄貴、作戦遂行と撤退時間、それに森人達との約束を考えると、あと一週間分は余裕が欲しいところだ……だがな」


 輜重担当兵長の報告を受けて考え込んだ風になるマーシュの横から、一人の男が声を掛けてきた。騎兵部隊の隊長でロージという男だ。指揮官のマーシュを「兄貴」と呼ぶのは本物の兄弟だからのようで、そう言われてみると、何処と無く顔つきや体格が似ている。


「ああ……下士官や兵の一部で、強いこころざしを持っている者は耐えられるだろう……だが兵の大部分は、元は食い詰めた傭兵や冒険者、それに浮浪者だ。『飯が食える』という理由で集まって来た連中を飢えさせるのは……」


 マーシュの言葉は「解放戦線」の内情を端的に表したものだった。兵の大部分は彼が言うような者達で、それらが「祖国を民衆の手に取り戻す」という大義に目覚めるには未だ時間が掛かると言うのが実情なのだ。


「飢えた兵が統率を乱す恐れがある……兄貴、食糧の見張りに騎兵を増やそう。作戦まで後四日だ……凌ぐためには、ダレスの食糧調達隊に踏ん張って貰うしかない」

「飢えるか飢えないか……ギリギリ、だな」


 マーシュは、ロージとの会話を一旦区切ると、再び伝令担当の兵長へ問い掛ける。


オークの族長・・・・・・とは連絡は取れているな?」

「はい、しっかりと『四日後の未明に行動開始』と言い聞かせてあります」

「よし……今回の作戦の肝だ。早過ぎても、遅すぎてもいけない。三日後の昼には念押しが出来るよう、もう一度伝令を出すのだ」

「心得ております!」


 その返事を聞きマーシュは再び集まった面々の顔を一人一人見る。そして、溜息を吐く。目尻と眉間の緊張した力が抜けると、フッと優しい顔に成る。


「はぁ……お前達には済まないと思っている。こんなクソみたいな作戦……武門の誉れ高いロンド家がする物ではない……」

「マーシュ様、お止め下さい」

「そうです、我らは最後の一人になってもマーシュ様と共に!」

「兄貴、皆こう言っているのだ、弱気になるのはよそうぜ」


 二人の兵長の言葉と、弟ロージの言葉に、マーシュは下げていた視線を上げる。


「我らロンド家、亡き父の遺言に従い王子、王弟、双方に付かず、常に民衆の盾であろうとした……その結果が……」


 そこまで言うと、マーシュは口を噤んだ。しかし、心の中は今回の作戦への反発心で一杯だった。他の解放戦線の面子には見せない側面が、昔から続く主従関係にほだされて顔を覗かせたのだ。


***************************************


 マーシュとロージ、二人はれっきとした地方領主、つまり騎士の家系の出だった。元々の領地は、現在ベートに占領されてしまった地域にあり、その主家あるじは当時東方国境伯に任じられていた王弟ライアドール・エトール・コルサス、つまり現在の王弟派の首領であった。そんな二人の生家であるロンド家がその封土を失ったのは、コルサス王国が内戦状態に陥る三年前に勃発したコルサス・ベート戦争によってだった。


 マーシュとロージの二人は、当時まだ十八と十五という年齢だった。詳しい事は分からないまま、手回りの兵達と共に、当時東方国境伯の拠点があったドンザへ逃れるように移っていたのだ。そして、戦争はそのまま膠着して終わるかと思われたが、東方国境伯であり王弟のライアドールの不味い・・・采配によって、コルサス王国側はベートに押されまくっていた。国境の街ドンザを守るために、周辺の小領主を呼び寄せた結果、郊外が手薄になり、次々と領地を奪われていたのだ。


 結局、奪われた土地の主である小領主達は、反撃の動きを見せない王弟ライアドールを見限ると独自の反攻作戦に打って出た。そして、その結果は手酷い惨敗だった。


「あれは……間者が潜んでいたに違いない……」


 酷い傷を負い、後方のトリムへ帰還したマーシュとロージの父親は鮮血に塗れたままそう言うと、次いで


「良いか、お前達兄弟は……コルサスの民の盾なのだ……一つ破れてももう一つ有る、己を捨てて、雄々しき大盾に成るんだ……ぞ……」


 そう言うと息を引き取ったのだ。それから、マーシュとロージ、そしてロンド家の苦難が始まった。失地回復運動に参加する傍ら、高潔な騎士であった父の遺言を守り、特にドンザから逃げてきた民を保護する活動をしたのだ。しかし、


「兄さん! あいつらは馬鹿だ! こんな時に跡目争いだと、ドダンもトリムも飢えかけた民で一杯じゃないか!」


 国王逝去、次期王不在。そんな報せをトリムの街で知ったマーシュは、その時発したロージの言葉を今も忘れていない。


「結局、王家とは、自分達の事しか考えぬ詰まらぬ人間・・・・・・の集まりなのだな……民も臣下も辛苦を舐め尽くす状況で、尚権力闘争とは恐れ入る……」


 それが、ロンド家と王家の訣別の辞であった。それ以降ロンド家の二人の息子と残った家来達は、盛り上がりつつあった民衆の王家排斥運動に加担することとなって行ったのだ。それはロンド家に限ったことでは無い。王家排斥運動、後に民衆運動や解放運動と呼ばれる大きな時代のうねり・・・に、他の多くの失地領主、そして王家の権威失墜に絶望した元臣下が加担していった。


 しかし、そのうねり・・・がもっと別の大きな陰謀に利用されつつあることを人々は知らない。だから、純真で真っ直ぐな兄弟は語り合う。


****************************************


「兄貴、成功させよう……それが、死んでしまった者達、そしてこれから死ぬ者達へのせめてものはなむけになるんだ……」

「ああ、たとえ戦場に倒れ、ロンドの名さえ忘れ去られようとも、我らの魂が未来の民の糧になるんだ!」


 哀しいほど強い決意は、悲しく引き裂かれた大国の運命を動かそうとしていた。


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